3-16
(あー。指も呪文もなしでやっちゃった。……まぁ分からんだろ)
クラスから見れば、少なく見積もってもは10以上年下であろう2人が、まさか笑いながらヒトを血祭りにあげる魔業士だとは露知らず、クラスは気楽に考えていた。
カルナが硬銀石に硬化を掛け続けて、10年以上になる。
故郷を出てから、旅の途中でも忘れた日は無い。
その前は、カルナの母親が15年。
元の大きさは、大人2人が両手でやっと抱えられるほどの大きさだった。
30年近くを掛けて硬く小さくなっていった石が、カルナの目の前で2つになって揺れている。
「こんなに小さくしてしまって。旦那様をこれで見つける気なの?」
懐にしまえるほどの大きさになってしまった硬銀石を手に、母親がカルナに笑って問いかける。
「ええ。父さまより強い男でなければ」
「私が父さまに渡した時でさえ、ほんの少し傷ついた程度だったのにね。
ならば笑いなさいカルナ。そんな顔では強い男は寄ってこないわ」
「笑っているでしょう?」
「そんな作り笑顔で寄ってくる男なんて、たかがしれているもの」
「作り笑顔?」
「アナタのそんな笑顔では、カルサも笑わないでしょう?」
「……」
「父さまの仇をとるつもりなのね?」
「ええ。私が駄目だったとしても、その石を砕くような男との間に出来た子供ならきっと」
「そんな考えならば無理よ」
「いいえ。必ず仇をとってみせるわ」
「無理よ。たとえこの石を、紙のように切ることができる男が現れたとしても、アナタの笑顔では力を貸してくれないもの」
「大丈夫。だとしても子胤を下さいって言えば、どんな男でも寝てくれるはずよ」
「アハハハ。今までだって恋人の1人も連れてきたことのないアナタが? まぁいいわ。そうね、カルサといっしょに行きなさい」
「カルサちゃんと?」
「あの娘の笑顔を見て勉強なさい。笑うのよカルナ。そんな作り笑顔ではなく、本当の笑顔を見せつけるの。父さまの為じゃなくて、アナタ自身の為に。」
(大丈夫よ母さま。私の作り笑顔だって父さまの仇は……)
カルナは椅子から立ち上がり、片膝をついて、クラスに向かって頭をたれた。
「私に御力をお貸しください。貴方様が望むものは、私の可能な限り差し上げます」
いきなり傅かれてクラスは、
「貴方様? ち、ちょっと待ってください。話が見えませんよ?」
「私は、父の仇を取らなければならないのです」
「父親の仇?」
「はい。御力を貸していただけないのなら、せめて貴方様の子胤を私に」
「コダネ!? ちょっと落ち着こう? ねっ? カルサちゃんも何か言ってあげてよぅ」
カルサはにっこり笑って、
「おじさんは何でもするんだよ」
「い゛っ!!」
クラスは、カルナから詳しい話を聞いた。
殺された父親の仇を探して、カルサと旅を続けていること。
父親は故郷の武闘祭で、決勝に残るほどの強い男だったこと。
各地の大きな戦に、父親が使っていた武器を使う魔業士が現れること。
その魔業士が父親の仇に違いないと思っていること。
石は魔業によって強化されており、石を傷つけられる程の実力者なら、父親よりも強い男のはずだということ。
そして血筋による魔導継承の話。
「もちろん子供が出来ても、貴方様にご迷惑は決してお掛けしません。お金をお望みなら可能な限りお支払いいたします」
カルナの目は本気だ。
そんなカルナの目をクラスは見つめて、
(顔は笑ってるけど、泣き出しそうな目だ)
カルナは目を逸らしたくなる。
だが、負けじとしっかりクラスの黒い瞳を睨むように見る。
(……吸い込まれてしまいそう)
クラスは腕を組んで、
「んーむ。なんでもするとは言ったけどね。俺はヒト殺しの依頼ならお断りします。他を当たって欲しい。あとね、正直に言えば俺の能力は魔法じゃない。それははっきりしている。魔導の血筋とやらも俺には流れていないはずだ。つまり俺の子胤なんてもらっても、ご期待に沿えるような子供は生まれない」
「え……」
「がっかりさせたかな?」
クラスは2つになった石を両手に取った。
切断面にクラスの顔が映る。
その顔は、手伝ってやれよと言っているように見えた。
(復讐、か。いい加減な手伝いはできないし……。この娘の手伝いがこの世界に来た理由? まさかね)
それから切断面を合わせると、クラスは『元に戻す』を選択した。
「これでまた、実力者探しはできるはず」
クラスは石をカルサに渡した。
昨晩と同じように、2つになったはずの石は跡も残さず元に戻っている。
カルサがくるくる回して、石を見る。
「お~!」
「仇討ちの旅に同行することもできそうにないですし。俺にもやらなくちゃいけない事が……たぶん……あるはず……」
どんどんボリュームが下がっていくクラスの言葉。
(母さまの言うとおりだって言うの?)
たしかに石を紙のように切り裂くことのできる男は現れた。
しかしその男は、子胤すらくれないという。
作り笑顔のままのカルナの右頬を、何かが伝っていった。
クラスは、カルナの顔を見てギョッとする。
(あーあー。泣かせちゃったよ。参ったな……)
クラスは、尻のポケットから手布をカルナに差し出した。
綺麗ではあるがしわくちゃだったので、しまったという顔をする。
差し出された手布に気付いたカルナは、笑顔のまま受け取り、
「あっ。すみません。なんででしょうね。こんな……」
涙を拭き始める。
クラスは、
「お力になれそうに無くてすみません。そういえば、ガウレさんに聞くことがあったんじゃないんですか?」
手布を返してもらおうとクラスが出した手に、カルナは首を振って、
「洗って返します。そうですね。昔の父の事を知っていそうな感じでした」
「俺も誘われていますし、どうでしょう一度お戻りになっては? 後で酒場で合流しましょう」
カルナは顔を洗うため、カルサと宿へ向かい歩いている。
手にはクラスの手布を握り締めて、
「カルサちゃん。これをクラスさんに返したら、次の町に行こうか」
カルサはカルナの顔をちらりと見ると、
「おじさんもいっしょに?」
「え?」
「大丈夫。おじさんにお願いすれば」
「だって、クラスさんは手伝ってくれないって」
「お姉ちゃんの顔、怖いんだもん。今度はアタシが頼んであげる」
そう言って笑ったカルサの笑顔は、やはり今まで見たことの無い笑顔だった。
夕方になり、クラスは酒場へ向かった。
カイミには、昨日行った酒場も含めて、4件の飲食できる店がある。
どの店にガウレがいるかは一目で分かった。
店の横、午留めのスペースに繋がれている何頭かの午の上に、持ち手を地面に刺して巨大な鉄塊が浮いているからだ。
(こうして見ると割れた隕石? いや串に刺したジャガイモみてぇだな……。よくもまぁこんなモン振り回せるもんだ)
ガウレが串に刺したジャガイモをこちらに出し、「焼けたぞ!」なんて光景が脳裏に浮かびクラスは噴出した。
(なんかに使えそうだなコレ)
クラスは、辺りに人目が無いのを確認し、クリップボードにあった元のガウレの鉄槌を、できるだけ地面に近い空中に貼り付けた。
現れた鉄塊に、
(持ち手は要らないな)
持ち手を切り取る。
(もう少し小さく)
サイズを2m程に変更する。
(3Dモデリングツールでも、メニューにあればなぁ……ってあるのか。後で形も変えたろ)
クリップボードの中身を入れ替えて、クラスは店に入っていった。
店の中で、ウグリがクラスに気付くと大きく手を振って
「クラスのダンナァ、こっちこっち」
クラスが呼ばれた席に行くと、すでにカルナカルサ姉妹も座っており、カルサはもりもりと料理を食べていた。
ウグリはカルサに向かって、
「あっテメェ! 自分の皿から取ればいいだろ!」
カルサはそんな言葉を無視して、ウグリの前の皿から腸詰らしきものを4本持っていく。
クラスは、ガウレとカルナの間に座らせられた。
ウェイターがやってくる。
クラスは机を見渡して、ガウレが飲んでいた大麦酒に目を止めて、
「アレと同じのを」
と注文した。
ガウレはクラスに向かって、
「適当に摘んでくれ。足りなければいくらでも頼めばいい。なぁに金の心配はするな」
「はぁ。お招きいただきありがとうございます」
「固いなクラスよ。昨晩のように砕けた言葉でかまわんのだ」
「それはもう言わないで下さいよ」
5人の顔が笑顔になった。
クラスがふとカルナの顔を見る。
「何か?」
「いえいえ。そっちの笑顔の方がさっきより断然いいですね」
「えっ?」
「おっと。飲む前から酔っ払ったみたいだ。とりあえず乾杯しましょう」
ウェイターが大麦酒と料理を持ってきた。
ガウレが、
「カンパイ? なんのことだ?」
「あー。ラジムさんは知ってたんだけどな……。グラスを皆で合わせるんですよ。こうやって皆さん、飲み物を前に出して」
クラスの言うとおりに4人が、飲み物を前に出す。
「じゃーご一緒に。カンパーイ!」
「「「「カンパーイ!」」」」
ゴチンと容器がぶつかった。
料理を食べながら色々な話が飛び交う。
ウグリを除く3人が、故郷が同じだということにクラスは驚いたりした。
相変わらず、カルサとウグリは喧嘩しながら食べたりしている。
一段落ついたところで、
「そういえば、カルナさんは、ガウレさんに聞きたいことは聞けたんですか?」
「忘れてました。こんなに楽しいのは久しぶりなので……。ガウレ様、よろしければ父の話をお聞かせ願えませんか?」
「面白くはないぞ?」
「それでもいいのです」
ガウレは残っていた大麦酒を飲み干すと、ウェイターを呼びお代わりを頼む。
クラスも便乗して頼んだ。
「6、7年前のことだ」
カルナは首を傾げて、
「10年以上前ではないのですか?」
「ん? 違うぞ。まぁ聞け。この国が傭兵を集めたことがあってな。ウグリと一緒にその仕事を請け負ったのだ。金の良い仕事だった。魔業士のみの傭兵を4、50人集めてな。北の森で辰の卵を集めるという。当時のミゼリアは王国軍の強化に躍起になっていたからな。魔物である辰を飼いならすつもりだったのかもしれんが」
ウグリが割り込んでくる。
「親辰をなんとかしないと卵まで近づけねぇから。その相手が傭兵達だったんすよ」
「魔物如きに遅れは取らん。途中までは上手くいっていた。卵も手に入ったしな。それから5、6個集めたあたりだ。奴が現れたのは」
「全身黒づくめの野郎が、辰でも傭兵でも手当たり次第に殺してまわりやがって、こっちにも向かってきたんすよ」
「ヒトの目が赤く光るなんてのは聞いたこともない。俺も数合打ち合った。そこで気付いたのよ、奴が大鋏だってことにな」
カルナが突然立ち上がった。
「ありえません! 7年前だとしても父はすでに死んでいます!」
ガウレは、大麦酒をグイッと飲み干すと、またお代わりを頼んだ。
「肩を並べて同じ戦場に立ったこともある。間違えはせんよ」
「そんな!」
カルナは椅子に座りなおした。
(父さまが、父さまが……)
「俺は声を掛けたが、奴はニヤリと笑うだけで、他の傭兵や辰に襲い掛かっていった」
「俺っちは、顔は見やせんでしたが、鋏が開くとこは見たっすよ」
「そのうち、殺し飽きたのか奴は止まった。あたりには親辰の死体と傭兵の死体が残る……はずだった」
クラスは、料理を食べるのも忘れて聞き入っていたが、
「はず?」
「奴が大鋏を地面に突き立てると、死体が地面に埋まり始めたのよ。ヒトも辰もおかまいなしにな」
「まるで、奴の武器が死体を吸い込むみたいにですよ。クラスのダンナ」
「気付けば奴は消えていた。あとに残ったのは数人の傭兵だけだ。俺とウグリを入れて4、5人か。それから似たような話を、あちこちで聞くようになった。奴の顔を知っている者もいたからな。最近は聞かなくなったが……」
ウェイターが持ってきた大麦酒をクラスが受け取り、ガウレに渡す。
「似たような話?」
「大きな戦場で、死体を集めるジガヒツがいるってな」
「ジガヒツ?」
「故郷の名前だ。そこから出てくる奴らはそう呼ばれている」
「魔業とか魔法でそんなのがあるのでは?」
「魔業では聞いたことが無いな。魔法ではあるのかもしれんが。大鋏の娘よ、奴は、カレは魔法も使えたのか?」
カルナは目を瞑って、昔を思い出しているようだ。
「わかりません。少なくとも父から魔法を習ったことはありません」
「大鋏の通り名をもつほどだ。魔法も使っていれば、それなりに話は広まっていたはずだがな」
思い出したようにカルナが、ガウレの顔を見る。
「父が、大鋏のカレが、ガウレ様の仇だというのは本当なのですか?」
縋るような目つきだなとクラスは思った。
カルサは眠くなったようで、ふらふらと首を振っている。
ウグリは仕方なさげに、それでもカルサが頭を食器にぶつけないよう、さりげなく移動させている。
ガウレは、カルナの視線から目を逸らし、残っている大麦酒を見つめた。
そして、
「ワハハハハ。息子というのは外にある鉄槌のことよ。打ち合いで割れてしまったからな。だが次はそうはいかん。ん? 妹が眠そうだぞ? 早く連れて帰ってやれ。はじめに言ったとおり金は俺が出しておく」
「カルサちゃん? 大丈夫?」
「眠い」
カルサは半分閉じたままの目で、クラスに
「そうだ。おじさん?」
「ん? 大丈夫?」
カルサはにっこりと笑って、
「お姉ちゃんが笑ったら、アタシの言うこと聞いてくれる?」
「カルナさんが笑ったら?」
「うん。お姉ちゃんが本気で笑ったら母さまより美人だよ?」
「ちょっと! カルサちゃん?」
「そうかー。それは見て見たいな」
「きっとだよ?」
「おう。約束だ」
「もう! カルサちゃん!」
カルサはガウレに向かって、
「槌のおじさん。ごちそうさま」
「おう。またな」
そしてウグリに向かって、笑顔で、
「死ね」
「このガキ!」
すたすたと店を出て行ってしまう。
カルナは頭を下げながら、カルサを追っていった。
2人が出て行ったので、小さなテーブル席に3人は移った。
クラスは、
「ガウレさん?」
「なんだ?」
「カルナさんのお父さんが、仇なんですね?」
ガウレは目を見開いた。だがすぐに目を細めて笑った。
「わかるか」
「黙っておこうかと思いましたが。あの2人とはまだ何かありそうでね。知っておけることは知っておきたい」
「息子の、ガリィの初陣だったんだ。あの辰狩りは」
ウグリも、テーブルの上の料理を見つめて、
「ガリィの奴は、俺っちよりも魔業の腕が良くてね。なにせ模擬戦でダンナの槌を割っちまうぐらいだったから」
「……驕っていたのだろう。ガリィは。止めるのも聞かずに、大鋏の前に立ちはだかった。あっというまに首を刎ねられたよ」
「死体は……」
「同じだ。奴の鋏に吸い込まれたんだろう」
クラスは、大麦酒をグイッと一気に飲み込んだ。
(聞かなきゃ良かった!)
ガウレも、残っていたのを一気に飲み込んで、
「大きな戦があると聞けば、何処へでも行った。奴が現れるかもしれないからな。ミゼリアに来たのもその為だ。近く南のマーグに攻め込むらしい噂を聞いたからな」
クラスは驚いた。
「この国が?」
「まぁまだ噂だがな。傭兵同士の情報だ」
「俺っちは、名を上げる良い機会ですからね」
「しかし、あの娘が言っていた話も嘘とは思えん」
「7年前なら死んでいるって話ですか」
「クラスも見たろう? あの娘の目を」
「ええ」
「あの年の娘が、あんなに悲しそうな目をしている。とても嘘とは思えんよ」
ウグリが、テーブルの上の最後の腸詰を咥えながら、
「カルナちゃんかー。綺麗なんですけどねぇ」
ガウレは、
「まぁいい。若いうちはとりあえず進んでみればいいんだ。ところでクラスよ。お前の黒髪と黒い瞳は親もそうなのか?」
「えっ? はぁまぁそうですけど」
「まるで絵本の主人公みたいだな」
「えっ!?」
「お前も知っているだろう? 黒い髪の勇者さま。俺だって子供に読んでやったことがある」
「ダンナが絵本を? ガリィの奴に? 嘘でしょう?」
「ぬっウグリ。俺でも子育てはちゃんとしていたぞ! 現に故郷の4人は……」
「アハハハ。ウソウソ。アハハハハ」
「ん? どうしたクラス? 小便か?」
急にそわそわし始めたクラスに、ガウリが聞いた。
「すみません。ガウレさん、ウグリさん。急用を思い出しました! とりあえずコレ!」
ズボンのポケットから、適当にお金を取り出すとクラスはテーブルに置いた。
「いいんだクラス。俺が出す……ってもういないのか」
笑い続けるウグリとガウレを置いて、クラスは店を飛び出した。
クラスは町を駆け抜ける。
アルコールの酔いは、すでに生体コピーの更新によって抜けている。
(あった! たしかにあったぞ! 学校の学級文庫に! 黒い髪をした主人公の絵本が! 今なら辞書を使えば読めるはずだ! 俺がこの世界に来た手がかりがきっと!)
学校へ向かって全力疾走するクラス。だがすぐに息が切れる。
「ハァ……。ハァ……。早くしないと学校閉まっちまう」
あとは、学校へと伸びる直線の石畳の道だけになった。
学校の校門から赤いマントをつけた男のヒトが出てくるのが見えた。
クラスはぶつからないよう、大きく距離を取って学校へ入ろうとする。
だがふらついたように、赤いマントのヒトはクラスに向かってくる。
クラスは、避けきれずにぶつかってしまう。
転びはしなかったが、謝ろうとしてクラスは、
「あっ。すいませ……」
クラスの肩を掴んでいる赤いマントの男。
足元に広がる淡く光る紫色の魔方陣。
クラスは、学校の校門前から紫色の光を残して消え去った。




