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トム一家は俺を訝しがりながらも家へ上げてくれた。
木造の家は昔見た西部劇の開拓者の家を思いださせた。
トムさんは上の肌着も俺に着ろと渡してくれる。
「ありがとう」
「さぁ教えてくれ。お前さんが何者で畑で何をしてたのかをな?」
何者なのかは少しはわかる。何をしてたのかは頭をひねって考えてもわからない。
分からないことは考えてもしょうがない。正直に全部話すことにしよう。
「私は日本の会社員。奥戸繰主33歳。地球の西暦2012年9月18日にトイレで用をたし、
水を流したら全裸になってトムさんの畑に。簡単ですが以上です」
トムは腕を組み、しばらく眉根にしわを寄せて考え込んでいたが、
「聞いてもわからねぇな。マコわかるか?」
マコさんは両手を開き、肩のあたりに持ち上げた。
外人特有のジェスチャーをテレビ以外で初めて見て少し感動する。
「チコお絵かき帳を持ってきな」
「はーい」
元気よくチコちゃんは飛び出していった。
「今言ったことを書いてみてくれ。しかし33てのは本当か? マコ見えるか?」
「見えないね。ガイス兄貴と同い年なんて」
ガイスさんとやらはここにはいないようだ。
チコちゃんが大事そうに帳面を抱えてきた。
「昨日はねー。おとーさんを描いたんだよー」
力作をトムさんに見せている。
「チコは上手だなー。1枚だけクラスのおじさんに描かせてもいいか?」
「いいよー」
マコさんから鉛筆のような物を、チコちゃんからは帳面を受け取り書き始める。
私は・・・
書きおわった帳面を見てトム夫妻は顔をしかめた。
「どこの国の文字だ?」
予想はしていたがやはり読めないらしい。
英語やカタカナを追記してみるがわからないとの返事だ。
試しにマコさんにいくつか数字や文字を書いてもらう。
EXEをテキストエディタで開いた時のように規則性がわからない。
言葉が通じるのに。
書いた文字を指差しながら説明する。
日本という国は聞いたことがなく、西暦もわからないと言う。
地球という惑星の考え方は笑われてしまった。
「ヒッヒ。地面が丸いってゆーのは面白いが、住んでた場所がこの国じゃないってゆーのは
嘘をついている様には見えないな」
文字をみながらトムさんは教えてくれた。
「ここはミゼリア王国西のはずれ。午車で2日ほど東にいけば町がある辺境だ。暦はあるぞ。今は王国暦323年申の月だ」
説明を受け思考が止まる。ミゼリア王国とやらをすぐにググりたい。
「世界地図とかありますか?」
差し出されたコーヒーらしき飲み物で喉をぬらす。
「爺さんが持ってたかな」
頭を掻きながら、奥の部屋にトムさんは入っていった。
「不思議な文字ね。直線と曲線の組み合わせが複雑で」
マコさんは俺の書いた文字をなぞりながらそんな事を言った。
となりではチコちゃんがお絵描きを始めている。
「おう。古いがこれでいいか?」
丸められた羊皮紙のような物をトムさんが数本持って来てくれた。
「ひい爺さんがここに落ち着くまでには、かなりあちこち行ったって爺さんが言ってたな」
破かないように開く。
「これはウインザットのほうだな。かなり北のほうだ」
地図を見て驚いた。海岸線が恐ろしく細かい。
入江の湾曲などが航空写真のようだ。
「ミゼリアはーっとこれだ。このあたりがここら辺だな」
指でトントンと指された辺りを見る。どの地図も地球上じゃないっぽい。
地理の成績が良かった訳じゃないが、地球にある大陸の形はだいたいはわかる。
数枚の地図を縦横斜め、あらゆる方向から再度、頭の中の地球地図と比べる。
認めざるをえない。
俺は異邦人になってしまったのだと。