3-12
宙に浮いたまま玉鎖の攻撃を受けたカルサは、後頭部から地面に叩きつけられる寸前に、後方宙返りの要領で着地する。
「ううう~」
カルサは目に涙を溜めて顎を擦っている。
「お、泣くか? 泣くか?」
ウグリは玉鎖を戻しながら、ニヤニヤと笑ってカルサをからかう。
「寸前に顔を上げて、直撃は避けたんだねぇ。でも業を纏っていない玉で良かったねぇ?」
「泣かないもん!」
カルサは持ち手を折り曲げ、剣先を開く。
「そうそう、力押しなら一番得意な攻撃をしなきゃ」
ウグリの顔からニヤツキは消えない。
避けても避けても、鉄槌は動きを予測したかのようにカルナの移動先へ降ってくる。
(受け止めるのはまだ。隙を見つけてあの持ち手を切る!)
槌に比べれば、そこから伸びている持ち手の棒は細く脆そうに見える。
幾度かの鉄槌の雨を避けたとき、ガウレがカルナの行き先を見失ったかのように、鉄槌を地面に打ち込んだまま止めた。
「そこ!」
カルナの鋏が鉄槌の持ち手に向かって開かれ、そのまま切断しようとカルナごと飛んでいく。
だがその目論見は砕かれる。
ガウレが鉄槌から持ち手を引き抜く。
持ち手の先端は鋭利な槍となっていた。
その先端がカルナに向かって差し出されている。
「くっ!」
咄嗟に鋏を閉じ、剣先を差し出された槍の穂先に合わせる。
あわや串刺しかと思われたカルナだが、合わせた剣先を軸に体をずらし、槍の側面を蹴って地面へ着地した。
「何か企んでいると思えばつまらん。そんな動きでこの持ち手が奪えるとは思わないことだ」
ガウレはため息をつきながら、槍を鉄槌に戻し肩に担いだ。
姉妹は追い詰められ始めている。
夜中とはいえ、町の住人がこの戦いに気付いていない訳がない。
だが窓を開け文句の一つでも言ってやろうかと外を覗いた住人が見たのは、目で捉えることなどできない嵐のような戦いと、その戦いが生んだであろう痕跡。
黙って窓を閉め、布団の中で震えることぐらいしかできない。
だが。
バターン!
扉が勢いよく開かれた音がする。
4人は一斉にそちらを振り向いた。
そこには。
肌着1枚にズボン型の下着。
足にはサンダル。
頭をボリボリと掻きながら、片手をポケットよろしく下着につっこんだ黒い髪の男が立っている。
不機嫌そうな顔で、辺りを見回して4人の人影に視線を向ける。
「何か用か?」
水を差されたガウレが心底嫌そうに男を睨み付ける。
並の男なら震え上がりそうな視線だ。
だが一切気にした様子は見せずに、頭をボリボリ掻いたまま男は言い放つ。
「……ドンドンうるさい」
ガウレはにぃっと笑って、
「それはすまなかったな。すぐに済ましてやるから家に入っているといい」
ガウレにしてみれば精一杯の優しさだった。
(俺の殺気に微塵も反応せんとは)
男はその言葉に、
「げぇ~っぷ。まだやるっていうのか? 何時だと思ってんだ。うるせぇって言ってんだよオッサン」
ゲップをしながら答えた。
さらにウグリの近くまで歩いてくる。
「飛んだ乱入者が来たもんだ。うっ酒クセェ!」
「飲んでるんだから当たり前だろう。お前もドンドン騒いでる馬鹿か?」
ウグリに対しても男は言い放つ。そしてガウレへ向かってトコトコと歩いていく。
(ただの酔っ払いか……)
ガウレは、鉄槌を振り上げる。
「クラスさん!」
「おじさん!」
突然戦いの場に現れた乱入者。それはクラスだった。
まさか戦いの相手以外、しかも一般人に攻撃を加えるとは思っていなかったカルナは動けない。カルサも似たようなものだ。
戦いの邪魔をした酔っ払いにガウレは容赦をしない。
クラスに向けて鉄槌が降ってくる……はずだった。
「それか? ドンドンうるさく騒いでた楽器は」
ガウレが持っていた鉄槌が持ち手ごと突然消えうせた。
「何!」
「そっちもか」
もう片方の鉄槌も、しっかりと握っていたはずの鉄槌も同じように消えうせる。
「あーあーあー。こんなに地面に穴掘っちまって。そんな年して元気良すぎじゃねぇのかオッサン」
「貴様! 何をした!」
ガウレは半狂乱で男に掴みかかろうとした。
だが。
「ぬっ!?」
足が動かない。いや、足は動く。動かないのは履いているブーツだ。
まるで根を張ったようにピクリとも動かない。
「一晩立って反省してろ」
クラスは地面とガウレの履いているブーツを、コンテキストメニューから「1つ」にしたのだ。
「ダンナ!」
様子がおかしいとウグリは気付き、ガウレの傍へ行こうとした。
だがウグリの1歩目も踏み出せない。
「なっ!?」
「お前ェもだよ。一晩立ってろ! そしてジャラジャラ五月蝿いそいつもボッシュート」
ウグリの玉鎖もかき消える。
「いい子にしてたら2人の楽器は返してやるよ。まったく。こんな時間にまったく」
「ウォォ!」
渾身の力を込めてガウレが足を持ち上げようとするが動かない。
足の指先ほんの少しの動きでは、いかに増強をしているといっても踏み出せはしない。
いくらジガヒツでも、素手の手足に攻性魔業を纏わせてしまえば、肉は裂け骨は砕けてしまう。
ブーツを砕こうと手に嵌めているグローブに業を込め始めたその瞬間、ガウレの首筋にひんやりとした鋏の刃先が当てられる。
「カルサちゃん! 切っちゃダメ!」
カルナがガウレに鋏を当てたように、カルサもウグリの首を鋏で切ろうとしたところだった。
「小娘……」
「私としてはこのまま鋏を閉じてもいいのですが」
「言い訳はすまい。負けだ」
ウグリの肩に乗り、今にも鋏を閉じようとしているカルサに、ウグリが情けなく許しを請う。
「悪かったよぉ。ちょっと力が入っちまっただけだよ。な? な? 許してくれよぉ」
「顎が痛い」
そう言うと、カルサはウグリの顎を蹴り上げた。
「きゅぅ」
情けない声を出し、ばたっとウグリは動かない膝を立てたまま倒れて気絶してしまった。
「そっちの……ん? カルサちゃんか?」
「おじさん!」
「こんな夜遅くまで女の子が外を出歩くんじゃない。とっとと家に帰って寝ろ!」
クラスはそう言い残すと家の中に戻ってしまった。
探していた男を呆然と見送ったカルナは、
「カルサちゃん帰ろう。クラスさんのお家も見つかったし。お風呂にも入りたいしね」
「ん」
2人で投げ捨てたお金を拾って、宿へ帰っていった。
「……おい。おい! このブーツをなんとかしろ!」
ガウレが、クラスの戻っていった方向へ向かって叫ぶ。
バターン。
またも扉が開かれる。
「うるせぇって言ってんだろ! この馬鹿!」
クラスが投げつけたサンダルは、綺麗な放物線を描いてガウレの顔に見事命中した。
お気に入り登録ありがとうございます。
感想もありがとうございます。
とりあえずはいけるところまでいってみようと思います。




