3-11
町のあちこちに街灯のように設置されている篝火に照らされて、近寄ってきた2つの影はその相貌を見せた。
影の1つが背負っていた小山が2つに別れる。
小山を成していたそれは2つの大きな鉄塊。その鉄塊の中央から頼りないほど細い鉄の棒が延びており、男の両手にそれぞれ握られていた。
握っている男の身長をゆうに越える大きさの鉄塊が、ゆらゆらとカルナのほうへ向けられている。
にぃっと口角を上げ、楽しそうな顔をした男は、
「簡単に終わらせてくれるなよ?」
とカルナに笑いかけた。
もう片方の男は体に交差して巻きつけてあった、軟式野球ボールほどの大きさの鉄の玉が繋がった鎖を地面へジャラジャラと落とす。
「俺っちも旦那の相手の方がよかったなぁ」
これから戦闘が始まるかもしれないというのに、全くやる気のない感じでダランとしている。
「おじ様? 仕事と聞こえましたが、誰か私達に恨みのある方がいまして?」
背中の武器に手をかけてカルナが問いかける。
「魔業士相手に止めを刺さないとはな。山道で見たように潰してしまえばよかったものを」
その言葉を聞いてカルナが眉根を寄せた。
「・・・斜面に落ちた方ですか」
「死に損ないだったがな。最後に俺を雇うぐらいの元気は残っていた」
カルナは背中から大剣を抜く。
「カルサちゃん。切ってもいいよ」
カルナの声に、眠そうな目をしていたカルサがにっこりと笑顔を見せる。
担いでいた宝箱と袋を放り投げて、カルサも背中から大剣を抜き放った。
「ほう。その武器。大鋏の娘か」
「父をご存知で?」
「もちろんだ。息子の仇を忘れるものかよ」
「父が今どこにいるかは?」
「そうだな。俺に勝ったら教えてやろうか」
待ちきれなかったカルサが鎖の男に向けて突きを放つ。
「おほ。元気がいい事で」
鎖の男は鉄の玉を1つ握ると、カルサの突きを正面から鉄の玉で受け止めた。
受け止められたカルサは、地面を蹴り、前方宙返りのまま鎖の男の頭上から大剣を振り下ろす。
だがその斬撃も掲げた鉄の玉1つで受け止められる。
剣を受け止められた玉を蹴り、カルサは距離を取った。
「はぁぁ。ただの力押しかよ。やっぱりそっちの色っぽい姉ちゃんのほうがいいなぁ。ダンナ代わってくださいよ」
一般のヒトには、目にも止まらない速度で繰り広げられた今のやり取りも、鎖の男には欠伸がでるぐらいの事でしかないようだ。
「悪いが仕事でな。遊んでいろ」
まるで重さがないように右手の鉄塊が振り上げられる。
そしてカルナへ向かって鉄塊が振り下ろされた。
カルナをすっぽり覆って余りある大きさの鉄の塊によって、カルナの居た場所が大きく陥没する。
だがカルナはその場所に居ない。鉄塊の間合いを読み、少し後方へ移動していた。
「!」
そこに鉄塊が降ってくる。カルナは避けるためにさらに横へ移動する。
移動先を読んだかのようにまたも鉄塊が降ってくる。
「くっ!」
今度は避けきれずに大剣で受け止めた。重い衝撃がカルナを襲う。
「ケェッ!」
受け止められた鉄塊にもう片方の鉄塊が打ち込まれる。何度も何度も。
鑿を打つ玄翁のように。
受け止めたままのカルナが地面へ埋まっていく。
(・・・いいかげんに!)
受け止めていた鉄塊が、まるで巻き戻し映像のように跳ね返って吹き飛んでいく。
カルナが武器に込めた業は「反発」。
向逆の魔法のように返す力を増幅はしないが、同じ力を跳ね返す業だ。
鉄塊と共に吹き飛んだ男は、やはり持っている鉄塊の重さを感じさせずに着地した。
「もう業を使うのか? 力比べはお終いか?」
「ええ。あまり汚れるのは好きではないんです」
埋め込まれた地面からふわっと飛び出したカルナが膝下の土を払う。
「両槌のガウレ様ですね。すると今の技が噂に聞こえた『巨人の足跡』ですか?」
「貴様のような小娘にまで知れ渡っているとは考え物だな」
振るった槌の重さに任せ、体ごと対象に接近し槌を打ち込む。万一避けられたとしても、打ち込んだ槌を軸にもう片方の槌を対象に振り下ろす。
この動作の繰り返しにより、まるで巨大なヒトがつけた足跡のように、打ち込まれた槌が地面に穴を掘る。
槌と呼ばれながらも、鉄塊が槌の体裁をしていないのは軸と成ったときにあらゆる方面への発射台となる為だ。
「貴様こそ父親のように鋏を使ってみればどうだ。俺の槌も切り裂けるかもしれんぞ?」
「そうですねぇ。やってみましょうか」
カルナの大剣の持ち手が折れ曲がり、剣先が開いていく。
少し離れた場所でその光景を見ていた鎖の男は、
「大鋏かぁ。やっぱりあっちの方が楽しそうだなぁ」
余所見をしながらも、カルサの猛攻をすべて片手に握った鉄の玉で防いでいる。
カルサの顔からすでに笑みは消えていた。
「・・・確かにそのぐらいの年齢じゃ考えられない業だけどねぇ。ちょっと経験が足りないかなぁ」
今までどおりにカルサの斬撃を受け止めようとした男の片手がピクッと止まり、男は大きくその場から後退した。
ジャキン!
カルサは同じような斬撃を繰り返し、男を油断させたところで一気に鋏で真っ二つにしようとしていたのだ。
男が居た場所は鋏により大きな亀裂が出来ている。
「・・・今のはいいね。俺っちも少し焦った。なんだよちっこいのも鋏もってんじゃん。よく見りゃ同じ武器か?」
「避けるな」
「おー怖い。これから面白くなりそうなのに。ついでに名乗っておこうかな。俺っちはウグリ。玉鎖のウグリさ。今は無名でもそのうちダンナぐらいに有名になる予定だよ」
「アタシ・・・」
「あー。いいよ。殺した相手の名前は覚えておかない主義だから。じゃあ精一杯がんばってね」
ウグリは玉鎖の1番端の玉を掴み、無造作にカルサに向かって放り投げる。
投げられた玉に連れられて繋がれている無数の玉も宙に浮いた。
向かって飛んでくる鉄の玉の速度は遅く、弾く必要は無いと判断したカルサは玉の射線から外れてウグリに切りかかろうとした。
カルサの横を飛び去っていく玉。だが先頭の玉が突然宙に留まる。
行き場をなくして連れられていた玉がその名の通り、玉突き事故のように次々とぶつかっていく。
ぶつかった鉄の玉は、いつのまにかカルサへ向かい曲線を描いているが、カルサは気付かない。
ついにカルサの耳の後ろ辺りに鉄の玉が触れる。
突然後頭部に衝撃が加えられ、カルサは地面へ勢いよく倒れた。
「?」
カルサは後ろを振り向くが、そこにはウグリに向かって引き戻される無数の鉄の玉だけが宙に浮いている。
「ほらほらよく見ないと。もし今の玉が破砕なんて纏っていたら大変だよ?」
引き戻された鉄の玉は、蛇が塒を巻くようにウグリの横で纏められた。
(あれは玉鎖。厄介な武器ね・・・)
カルサの方をちらりと見たカルナは、1目でウグリの武器を見定めた。
「余所見をしている余裕があるのか?」
視線をガウレに戻すが、すでにカルナの視界いっぱいに鉄槌が迫っていた。
その鉄槌に向かってカルナは広げた鋏を閉じる。
ガキッと音が鳴り、鋏の刃が鉄槌に食い込んでいく。
鉄槌への食い込みが徐々に深くなっていく。
「オラァ!」
ガウレが空いているもう片方の鉄槌を鋏の食い込んだ鉄槌に打ち込む。
しかし今度はカルナが地面へ埋まってはいかない。
ギリギリと嫌な音を発しながら、鋏の刃元から鉄槌が徐々に遠ざかっていく。
鋏が切れない硬いものを押し出すように。
「えぇい!」
結局は両断できなかった鉄槌を蹴って、カルナは後方へ大きく距離を取った。
ガウレは追撃をせず、鉄槌に入った小さくはない亀裂を見て、
「父親には及ばないが、良く練られた業だ。俺もヒヤリとしたぞ」
一方のカルナは、
(腕がしびれてる・・・。防刃だけじゃない、他の業も纏ってるみたいだわ。無茶をしすぎたみたい)
「まだだ。まだ楽しませてくれるだろう?」
カルナの頭上からまたも鉄槌が降ってくる。
「そーら」
ウグリが玉鎖の先端の玉をカルサに向かって投げつける。
今度は避けずに弾き返そうとカルサは構え、向かってくる鉄の玉を切り払った。
先端の玉を弾けば、残りの玉も連れられてカルサから逸れていく。
だがまたも先端の玉が宙に留まり、先程と同じようにカルサに向かって曲線を描いた。
カルサは向かってくる玉の一つをさらに弾こうと大剣を振るう。
ボム!
大剣が鉄の玉に当たった瞬間、鉄の玉が破裂する。
爆風によりカルサは吹き飛ばされた。
「ほらー。何も考えないで打ち返すからそうなるんだよー」
ウグリは玉の1つに「触爆」の業を仕込んでおいたのだ。
玉鎖の鉄の玉1つ1つに異なる業を仕込むことも出来る。
カルナが厄介だといったのはこの事だ。
土埃の中から、カルサが剣先をウグリに向けて飛び出してきた。
まるで矢のように体ごと突っ込んでくる。
「だから力押しはダメっていったろー?」
ウグリは手元の鎖をグルグルと回す、するとカルサの前に蛇のトグロの様に玉鎖でできた盾が現れる。
剣先が盾を成している玉に当たった瞬間、ツルンとカルサは上空へ方向を無理矢理に変えさせられた。
当たった玉には「曲向」が仕込まれていた。
方向指定は出来ないが対象の進行方向を直角に捻じ曲げる業だ。
時には対象の進行方向が捻じ曲がらず、加速してしまうギャンブル性が高い業の為、使う魔業士は滅多に居ないが、ウグリはこの業が好きだった。
「運が悪いねぇ。まさか上に行くとは」
ウグリは先端の玉を上空のカルサに向かって投げる。
カルサは空中でなんとか体勢を整え、大剣を横に構え向かってくる玉を防ごうとした。
だが先端の玉はまたも宙に留まり、連れられた玉はカルサの下方向へ曲がっていく。
振り子のように動いた鎖玉は、まるでアッパーカットのようにカルサの顎を下から撃ち抜いた。
お気に入り登録ありがとうございます。
1日で2000件増えるって何・・・?




