3-10
「ああ・・・」
自慢の鋸の刃が潰れ、肩を落とす男がいる。
カルナの催し物の周りには相変わらずヒトでいっぱいだ。
だが、挑戦者となると数は減ってきている。
挑戦料の金貨3枚というのは決して安くは無い。
始めの頃は何度も挑戦した者もいたが、それは目の前の宝箱とカルナに目が眩んだようなもので、簡単に見えた、石を傷つけるという行為がとんでもなく難しいらしいというのが分かってきた今では冷やかし程度が精々だった。
それでも、ついに宝箱からあふれ出てしまった金貨の為に新しい繊維袋が用意され、そちらの袋もすでに女子供には持ち上げられない重さになってきている。
夜も遅い時間となり、ニコニコと接客しているカルナの横で、カルサはこっくりこっくりと船を漕いでいる。
(今日もそろそろお開きね)
「カルサちゃん。起きて片づけを手伝って」
カルサを起こし、机の上を片付けようとした時だった。
黒い髪をした酔っ払いの男が現れたのは。
「お。クラスのおじさん」
「ん~? そこいるのはカルゥゥサちゃんじゃあーりませんかぁ!」
「おじさん。お酒臭い」
鼻をつまみ嫌な顔をするカルサ。
「おじさんが臭いのはあたりまえでぇ~す。お手伝いちゃんとできたかぁ?」
「やった。ちゃんと横に座ってた」
「えらいねぇ~おじさんがいい子いい子したげよう!」
ぽふぽふとカルサの頭に手を置く。クラスは完全に出来上がっており上機嫌だ。
しばらく横で成り行きを見ていたカルナが、
「カルサちゃんのお知り合い?」
「学校でいっしょのおじさん」
クラスがカルナに気付く、
「おおーアンタがカルサちゃんのお姉ちゃんかい? こらまた別嬪さんだ」
「ベ、べっぴん?」
意味の分からない事を言われて戸惑うカルナだが、
「はじめまして。カルサの姉のカルナです」
「別嬪な上に挨拶もきちんと出来るたぁ感心だ。おじさんはクラスだよぉ~。酔っ払いだよぉ~」
カルナはニコニコ笑顔で受け答えする。
「ご機嫌さんですね!」
「んむ。ちょぉっとだけ飲みすぎたかなぁ? まさかラジムの奴が下ネタ大好きだったとはなぁ~。盛り上がりすぎちまったい!」
「らじむ? しもねた?」
「こっちの話だぁよ。ところで何の商売してんのん?」
「ええ。こちらの石に傷を付けられたらこちらのお金を総取りっていう遊びですよ」
「ほほ~ぅ。この石に! 傷を!」
「クラスさんも挑戦してみませんか? カルサちゃんのお友達なら御代は結構ですよ」
コクコクと隣で頷くカルサ。
突然クラスがカルサに向かって、
「カルサちゃん!」
「ん」
「じゃーんけーん!」
「「ポン!」」
カルサはチョキ、クラスはパーだった。
両腕を上にガッツポーズをとるカルサ。ガックリと膝を地面につけるクラス。
2人の状況についていけずに頭に?を浮かべながらニコニコしているカルナ。
「負けたんで挑戦しまぁ~す」
そう言うとクラスは石を手に取り、いきなり口の中へ放り込む。
「!!!」
あっけにとられるカルナとカルサ。
しばらく口の中でもごもごと石を転がしていたクラスだが、ぱかっと口を開けると石を取り出す。
そこには。
もちろん石には傷などついていない。
「これで売り物にはならないのでぇ~傷を付けましたぁ~!」
ポカンと口を開けていたカルナとカルサが笑い出す。
「プッ! アハ、アハ、アハハハハハ!」
「おじさん! アハハハ!」
「ん? やっぱり駄目か? アハハハハ!」
3人そろって笑い出す。
ひとしきりお腹を抱えて笑ったカルナは、
「残念ですが、傷違いですね。また挑戦してください」
「おう。カルナちゃんもがんばってな」
「ん。おじさんまた」
クラスは石を手布で拭き、机に戻した。
そして手を振って帰り始めたが、立ち止まり何かを思い出したかのように戻ってくる。
「あれ? 忘れ物ですか?」
カルナが不思議に思って見ていると、クラスが石をひょいと拾い上げる。
「?」
黙ってクラスは石を見つめている。
(綺麗な黒い瞳・・・)
黒い髪と黒い瞳のヒトなど見たことが無かったカルナは、まじまじとクラスの顔を見る。
しばらくして何事も無かったように石をクラスが机の上に戻した。
クラスの瞳に見入ってしまっていたカルナは、慌てて視線を机の上に置かれた石に移す。
そこには信じられない光景が待っていた。
誰にも傷1つ付けられなかった石が縦に真っ二つになり、机の上に転がっている。
「え?」
切断面は磨かれたようにツルツルで、鏡のように覗き込んだカルナの顔を写すほど。
もう一度クラスの顔を見上げる。
「うっそ~ん。ほえほえ~」
頭に両手の指先を当てて変な顔をするクラス。
「?」
机の上に視線を戻すと、そこには2つになったはずの石が元の形に戻っていた。
「え? え?」
「んじゃ。またねん」
背中を向けて、ヒラヒラと手を振りながらクラスは行ってしまう。
千鳥足で今にも倒れそうな歩き方だが、小脇に抱えた紙袋は落とさない。
(何? 何なの? 確かに2つになって石に私の顔が・・・)
カルナが何度見返しても石には切れ目も無く、力を入れても2つになるようなことはない。
「カルサちゃん! 今の見た?」
カルサは目を見開いて、クラスの立ち去った方角を見ている。
「たっだいま帰りましたぁ~」
「お。クラスか。ん? 酔ってるのか?」
「酔ってませぇ~ん」
「しょうがねぇ酔っ払いだな」
「酔ってませんったらぁ。そうだ! コレ付き合いませんか!」
クラスは紙袋から酒瓶を取り出す。
「おいおい。・・・まぁいいか」
ドルプも酒は嫌いではなく、誰かと飲む酒はもっと好きだ。
「しゃぁねぇ! ちっと待ってろ。ツマミを作る」
「さすがドルプさん! 話が分かる!」
クラスにとっては2次会の宴席が始まった。
(たしかこっちの方に・・・)
すでに普通のヒトであれば布団に入る時間。
催し物の机を片付けたカルナとカルサはお金や荷物を持ったまま、武器を背負って2人でクラスの立ち去った方角へ歩いてきた。
「お姉ちゃん。眠い」
「カルサちゃんはクラスさんのお家を知らないの?」
「今日初めて会った」
「そう・・・。でも黒い髪のヒトなんて珍しいからすぐに見つかりそうね」
「ん」
すでに外を出歩く時間ではないため、辺りには人気がない。
クラスの居場所を聞こうにも、ヒトがいないのでは仕方が無く、手当たり次第に扉を叩いて聞いて回ろうかとさえカルナは思ったが、
「明日も学校に来るかしら?」
「分からない。でもおじさんは子供に大人気」
「そうなの?」
「じゃんけんもおじさんに教わった」
「私にも後で教えてくれる?」
「ん」
コクリと頷くカルサ。
「硬銀石の儀とは古めかしい事を・・・」
2人の背後から突然声がかかる。
瞬時に振り向いた2人が見たものは、2つの影。
一方の影の大きさは小山ほどもある。
「ダンナ、なんです? 硬銀石の儀っていうのは?」
小さいほうの人影が大きな影に問いかける。
「昔流行った恋人達の試練よ。お前のような外で生まれたジガヒツは知るまい」
「へぇ~。なんだか面白そうな話ですねぇ」
「硬銀石を知っているか?」
「たまに防具に使われるあの鉱石ですかい?」
「そうだ。硬化の業だけを溜め込んで、溜め込んだ分だけ小さく硬くなっていくあの石だ。ジガヒツの女戦士が物心ついた時から業で硬くしたその石を、思い人が砕くことが出来たら番になれる。その習わしが硬銀石の儀よ」
「男が砕けなかったら?」
「当然砕けなければ思い人との血は残せん。女が強ければ、それ以上に強い男を求めるが道理」
「俺っちのカカァはオヤジより強かったですがねぇ」
「強い血よりもジガヒツの数を増やすほうが大事になってからは、硬銀石の儀も廃れた」
「はぁ~厳しい時代があったもんですねぇ」
「だが・・・。懐に入るまで小さくなった硬銀石とは、どれだけ溜め込めばなるのだろうな」
小山ほどもある大きな影は、背中に巨大な何かを背負った男だった。
「さて、小娘共。恨みは無いが仕事でな。立ち合ってもらおうか」
「お宝もなかったのに結局やるんすねぇ。俺は小さいほうをもらっても? ダンナ」
「手出しなどいらんぞ?」
「山道であんな殺り方見たら、どんなもんか試してみたくなるじゃないすか」
「好きにしろ」
人気のない路地で4人のジガヒツが相対する。
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読みにくさは自分でも分かっているので日々勉強いたします。




