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討伐隊がついに山賊団の狩場だといわれている場所の近くに到着した。
広い窪地になっており、こちらは隠れるのに絶好な場所だった。
集団の中の各まとまりから取りまとめ役が1人呼ばれ、方針を隊長から伝えられる。
戻ってきたドルプは連れてきた5人に向かって、
「魔導士が山賊の人数を「探知」で今確認してるそうだ。包囲戦で行くらしい。切り込みは魔導士が一発でかいのをぶち込んでから魔業士に続く形だ。まぁ俺達は派手に騒いで奴らに見かけ以上の人数に見せるだけだ。むこうの頭を倒しちまえば奴らはバラバラになって逃げるだろう」
「上手くいきますかね?」
小声でドルプが答える。
「それはどうでもいいだろう。命を賭けるには値しねぇ。引き際を見逃すなよ。・・・お、数が分かったかな?」
討伐隊の1人がこちらへ向かってやってくる。
「どうだ? 数のほうは」
ドルプの問いかけに、
「どうも妙でな、30人を超える気配は掴めたんだが1人も動かないんだと。それでも突っ込むってんで準備をしろとさ」
そう言うと他の集団に向かって行ってしまった。
「ばれたってか? まぁ仕方ねぇさ。お前ら準備しろい」
クラスはシースからナイフを取り出した。
他の仲間も剣を鞘から抜いたり、槍を脇に挟んだりして戦闘準備をとる。
じりじりと集団は山賊の狩場へ近づいていく。
先頭集団にいる魔導士が、呪文を唱え始めた。
「踊れ炎よ! 「炎囲」!」
辺り一帯が瞬時に火の海と化した。
(おおー。すげぇ迫力!)
クラスが初めて見る職業魔導士の魔法だ。
(山火事って感じか? ・・・動きが激しくてコピーができないな)
展開されている魔法の炎は選択した途端に選択解除されてしまう。コンテキストメニューが間に合わない。
「突撃!!」
討伐隊長の掛け声と共に1人の長剣を持った男が飛び出した。
ドルプが飛び出した男を顎で指しながら、
「アレが魔業士よ。目で追いきれないぐらい速いだろ?」
顎で指された男は、弱火になった火の海の中に消えた。
(そうかな? まぁ俺はあんなに速く走れないけども。選択する事はできそうだな・・・)
ドルプの目には突撃した途端に消えたように見えたが、クラスの目にはそうは見えなかった。
「騒げ! お前ら!」
ドルプの掛声と共に他の4人は大声を上げ始める。
周りの賞金稼ぎたちも同じように鬨の声を上げる。
クラスはドルプの背中を見失わないように、疲れた体に鞭を入れた。
集団は火の消えた窪地に突入するが、何か様子がおかしい。
予想された反撃が一向に来ないのだ。
警戒する討伐隊に向かって、先に突入した魔業士の男が歩いてやってくる。
そして隊長に向かい、
「どういうわけかすべて死んでる。先客がいたらしい」
クラスはドルプが立ち止まったので何事かと辺りを見回した。
「逃げるんですか?」
「なんだこりゃぁ・・・」
ドルプが何か見つけたようだ。
クラスはドルプの視線を追って、その先を見る。
染みのようなものがいくつか見えた。
どの染みもその中心にある何かを囲んでいる。
なんだろうと見ていると、火に炙られ半ば炭化しているその何かが崩れた。
そこにヒトの片手が見える。
染み一つ一つがヒトの死体だと気付いたクラスはふらふらと脇へそれて行く。
「おいクラス! どこへ行くんだ」
ドルプが追いかけていくがクラスは、
「オゥエエエェ!」
胃の中の物を盛大に吐き出した。
(グロい! グロすぎる!)
クラスの職業は、葬儀屋ではないので職場で死体を見ることはない。
殺人事件なども目撃したことはない。
死体を見る事があったとしても親類の葬式ぐらいで、バラバラになった死体は見たことがない。
歴史の教科書で、爆撃で焼かれた死体を見たことはあったとしても、目の前でこうも生々しくその風景を見せられると堪ったものではなかった。
「うぅぅ! おえっ! ゲホッゲホッ!」
ドルプが背中を擦ってくれているが、今見た光景が頭から離れない。
「大丈夫か? そうか戦場は初めてか。普通だぞこんなもん」
(これが普通だって?)
吐く物がなくなり胃液しかでなくなったが、えづきも涙も止まらない。
クラスがようやく腰をおろしたのはさらに時間がたってからだった。
「おい! あいつ・・・」
「あぁ。ケリーの奴か・・・」
「ケリー? 嫁さんをこいつらに攫われた奴か?」
クラスが一目見ただけで吐き気に襲われた山賊の死体らしきものに、執拗に剣を突き立てる者がいる。
何度も何度も突き立てる。
刻むところがなくなると近くの別の死体に向かって歩き始める。
そしてまた剣を突き立てる。
「ケリー・・・」
突き立てる手を止めずに、仲間からケリーと呼ばれた男は、
「わかってる。わかっているさ。こんなことをしたってタスカは戻ってこないよ」
泣きながら剣を突き立てる。
「でもよぅ。でもよぅ・・・」
クラスは変わった男の行動を見つけ、腰を下ろしたままドルプに問いかける。
「ドルプさん。あのヒトは?」
「ん? あぁ。ケリーの奴もきてたのか・・・。嫁さんをこいつらに殺された奴でな。仲のいい夫婦だったんだがよ」
(復讐・・・か)
気持ちは悪いが、もう吐き出せる物がないクラスはいくらか死体に対して耐性を持ったようだ。
(復讐でならヒトをミンチにするほどの殺し方もあるのかね)
あたりに散らばる死体に五体満足な死体がない。
どれもこれも潰す、引きちぎるなど到底普通の力ではできない芸当だ。
(それともマゴウって力ならこうなるのか?)
ケリーはその場に座り込み、声を上げて泣き出している。
(ヒトの大事な物を奪った奴の死に方なんざミンチがお似合いなのかもな)
「住処の中にも誰もいねぇ」
「金目のモノも無かったぜ」
次々と明らかになっていく事態に隊長は腕を組んで考え込む。
「生き残りはいないって?」
「「探知」でも他の気配は見つかりません」
「業で隠れてるのもいないよ」
魔導士や魔業士で見つけられないのなら無理かと結論づけた。
「引き上げよう。休憩した中腹で今日は夜を明かす。死体は魔物が片付けるだろう。めぼしい物があれば見つけた者の自由とする。もうしばらくしたら出発だ」




