3-3
「ん~。どうしよーかな?」
カルナと彼女に剣を突き出した山賊の間にカルサが突然現れた。
カルサの動きが見えた者は山賊達の中にはいない。
うずうずしながら山賊を見ているカルサ。
顎に指を当て考える振りをしていたカルナが、
「いいですよ」
カルナの返事にカルサが満面の笑みを見せた。今までの仏頂面が嘘のよう。
その笑顔に山賊の数人が見蕩れるほどだ。
クシャッ!!
固い果物を潰したような音を頭は聞いた。
姉妹を取り囲む山賊たちの少し後ろ、すべてを見渡せる位置にいた頭は子分達が取り囲み、真ん中に居た筈のカルサの姿が見えないことに気付く。
取り囲んだ輪の一角が赤く染まる。
山賊達が見たのは頭部から背骨を通り腰までが消失した片方ずつの仲間の姿だった。
グラリ、と両手両足だけが赤い水溜りへ倒れる。
それが血溜りだと理解できたのは何人いるだろうか。
クシャッ!、クシャッ!という音はなおも続いている。
その度に姉妹を取り囲んだはずの輪はどこかが赤く染まっていく。
「な、なんだ!?」
「おい! やられたのか?」
「ひぃぃぃ!」
山賊達は半狂乱になりあたりを見回すが、クシャッという音しか聞こえない。
隣に居た筈の仲間の頭部が突然消える。
「ひゃぁぁひゃあ!!」
やみくもに持っていた剣をふりまわす山賊。
だが振り回していた剣がいつのまにか半分の長さになっている。
ポトリと何かが地面に落ちる。
それが自分の持っていた剣の剣先だと理解する前に、山賊は赤い血溜りと化した。
頭は「増強」の業を自らに纏っていた為、うっすらと目の前で何が起きているか見えていた。
(あんな小娘がなんて速さで業を使ってやがる!)
頭が見えているのは、満面の笑顔で長い棒のような物を振り回し子分達を切り刻む姿だった。
動体視力も強化されてはいるが、それでもカルサの動きは捉えきれない。
「姉思いの良い娘でしょう?」
突然背後から声がかかる。
振り向いた頭が見たのは、にこにこと機嫌の良さそうなカルナだった。
「先ほど襲ってきた短剣使いの方もなかなか良い業を使ってましたけど」
頭は気づく、仲間の中で短剣を使い魔業を扱えるのは斥侯に行ったアイツだけだと。
「てめぇがヤったのか!」
「皆さんと同じく石をお願いしたのですけど、武具強化は苦手だったのかしら? 駄目でしたのでお別れしようとしたら襲ってきたんです。そうしたらカルサちゃんが思わず・・・」
「クソッ!!」
「カシラさんは身体強化が苦手みたいですね。もう少しで石で傷がついたかも知れませんよ?」
(逃げるしかねぇ!)
頭は自身にできる業を掛けるだけかけて、カルナに飛び掛かった。
「防刃」を纏った頭の長剣は、青い残光を残してカルナへ向かう。
(往なされたらそのまま向こうへ!)
カルナの後ろには誰も居ない山道がある。逃げ出しマーグへそのまま向かうつもりだ。
だが頭の剣は、カルナがいつの間にか背中から抜いた片手で持つ棒に、往なされずに飛び掛かった体ごと受け止められてしまった。
それどころか押し返され飛び掛かる前の位置にまで戻されてしまう。
「クッ!」
カルナとカルサの持つ棒は奇妙な形をしていた。
鋭利な剣先だけを見れば、両手持ちの大剣に見えなくもない。
だが緩やかに内側に反った細長い盾が両刃にあたる部分を覆い隠している。
真上から見ればΦのような形をした異形の大剣、いや先の尖った鉄の棍棒といった方が早いか。
各々の背丈を軽く越える長さのいかにも重そうなその武器を、カルナはまるで小枝を持つかのように片手で扱っている。
「ハハハ。俺としたことがジガヒツの傭兵に喧嘩を売っちまうなんてな」
「あら。ご存知でしたか」
「そんな変わった武器を使うのはお前らぐらいだろう。昔見た奴は大きさが信じられんほどの槌を両手に持っていたが。その様子じゃあっちで暴れてるのもジガヒツだろう?」
カルサの周りの五体満足な山賊は、もう数えるほどしか残っていない。
「そして1度剣を交えれば、雇い主が止めない限り相手を殺すまで戦い続けるってな!」
「話が早くて助かります」
「クソッ! なぁ例えばだ。さっきお前を無視して向こうへ逃げていたら追ってきたか?」
カルナはにっこりと笑い、
「いいえ。まったく興味がありませんもの。誰かに雇われたわけでもありませんし。カルサちゃんはわかりませんが」
(自分で寅の尾を踏んだって訳か!)
「ハァ。見逃してくれるって話はないのか?」
「そうですねぇ。ないですね!」
「くそぉぉぉ!!」
やぶれかぶれの頭の絶望的な戦いが始まった。
「防刃」によって硬度を増した長剣を頭は振るい、自分の業を信じて懸命にカルナへ斬りかかる。
だが。
今まで培った経験をすべて駆使してもカルナを傷つけることはできない。
フェイントは読まれる。地面を使った目潰しも避けられる。
青い残光が途切れることなく向かって行ってはカルナの武器に止められている。
離れようとしても間合いが広がることはなく、斬りかかっても一歩も後ろへ下がらせることが出来ない。
カルナは笑顔を浮かべ、カルサの様子をちらちら見ながら汗一つかいていない。
(堪えろ。機会は必ず来る!)
「あ。カルサちゃんも終わりみたい」
カルナは武器を両手で持ち直し、頭に向かって突きを繰り出した。
(これを待っていた。確実に俺の命を奪う一撃を!)
胸に向かって迫る剣先を、長剣の腹で受けようと頭は身構える。
長剣は大金を払って手に入れた魔法武具だった。
回数に限りはあるが魔力を開放すれば、刺突の衝撃に対して「向逆」の魔法効果が得られる。
カルナの刺突が強ければ強いほど、カルナに威力が数倍になって跳ね返る。
命には代えられない。頭は魔力を開放し、カルナの突きを待ち受けた。
それでも。
長剣の腹に当たるはずの剣先が左右に分かれて行く。
奇しくもカルサの武器も、転がっていた金床を両手斧の代わりに振り上げた筋肉質な山賊に向かい上下に分かれていく。
「「ジャキン!!」」
頭の胸から上が長剣ごと両断され、両手斧の山賊は金床ごと左右に両断された。
「増強」による血流の強化により、勢いよく噴出す頭の血。
それでも回復力が強化された頭はすぐに死ぬことができない。
「は・・・鋏か・・よ・・・」
大剣でも棍棒でもなく、2人が扱っていた武器は大きな鋏だった。




