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異世界紳士録  作者: ガー
笑顔と復讐と星空
16/33

3-1

「お姉ちゃん」


「なぁに?」


「切ってもいい?」


「まだ駄目ですよ」


会話だけを聞けば微笑ましい姉妹のやり取りに見える。


だが山賊を生業とした野性味溢れる屈強な男達を前にしての会話だとするとどうだろう。


たちまち喧嘩を売っているようにしか見えないではないか。


「俺らを前にしていい度胸だ。姉ちゃん。そんな態度を取られちゃ、ちっとばかし手加減できないかもしれねぇな」


「ほらカルサちゃん。やっぱり駄目だったじゃない」


カルサと呼ばれた少女はぷくっと頬を膨らませた。






ミゼリア王国とマーグ大帝国を南北に隔てるダバル大山脈。


そしてその山脈を断つように流れるミゴ大河。


その2つが重なる国境の町イネムを通らなくては、この山脈を越えることは至難の業だ。


だがそれゆえに、数えるほどしかない山越えの道を抜けることができれば、イネムで払わなければならない通行税や関税は必要がなくなる。


貿易の類を行えるのならば莫大な利益を出すことが出来るのだ。


美味しい話には裏がある。


山ほど価値のある品物を持った商売人が後ろめたい気持ちで山を越えるのならば、少しでも荷物を軽くしてやろうと山越えの道には山賊がいるのが常だった。


ここもそんな山越え道の1つ。






姉らしき女性も妹らしき少女も、背中にはそれぞれの身長を越えている大きさの、布で覆われた細長い何か・・を背負っている。


もう少しで山を越えられる、そんな山道の途中で山賊に囲まれている2人。


「まぁ。背中の物を置いていってもらおうか。つらい山越えご苦労さん。ここが姉ちゃん達の終着点だ」


かしら。めったに見ない上玉だ」


「妹の方だって高く売れるぜ」


「売る前にまた楽しませてくれよアニキ~」


へらへら笑いながら勝手なことを言い出し始める子分達に、


「てめぇらは黙ってろ。この道をここまで2人だけで上って来たんだ。甘く見るんじゃねぇ」


かしらは心配しすぎですぜ」


軽口を叩いた子分に、いつ抜いたか分からない腰の長剣が向けられる。


「ヒッ!」


「・・・黙っていろと言ったんだ」


有無を言わせぬ迫力に子分は全員黙ってしまう。


「分かるぜ。ずいぶん前に出した斥候が戻ってきてないのは姉ちゃんたちの仕業だろう?」


「もう。お姉ちゃんがいいって言ってないのにカルサちゃんが切っちゃうからこんなことに・・・」


「いいって言った」


かしらの迫力は姉妹には通用しなかったらしい。


「言ってません!」


「言った!」


むぅぅとにらみ合う2人。


子分に向けられていた剣先が2人に向く。


「おうお前ら。構えろ。下手すりゃ俺らやられるぞ」


すでにへらへらと笑う者は山賊の中にはいない。


斥侯に出た仲間は偵察警戒技術も1流だったが、短剣の使い手としても1流だったのだ。


「もう。カルサちゃんのせいで旦那様候補が日に日に減っていくんだから」


「切ったのはお姉ちゃんのほうが多いもん」


姉は外套をめくり懐に手を入れる。


外套をめくったはずみで前垂れから覗く白い太腿があらわになった。


「「「おおっ!!」」」


悲しい男の性か。戦闘態勢に入っていたはずの山賊の数人から声があがる。


「アニキ~もう我慢できねぇよ~」


「てめぇ! この前も女壊しやがったくせに! 売値が見込みの半分にもならなかったんだぞ!」


「へへへ」


山賊たちの話を無視して懐から姉が取り出したのは、鈍く銀色に光るニワトリの卵のような形をしたつるんとした石だった。


「申し遅れました。私はカルナ。訳あって旅をしております。ところでどなたかこの石に傷をつけていただける方はいらっしゃいませんか?」


武器を眼前に突きつけられていながら、おっとりとした口調で自己紹介をするカルナ。


「もしこの石に傷を付けられる方がいたら、このお金は差し上げるのですが。もちろん私達2人も自由にして構いません」


そう言うと背中の細長い何か・・に括り付けられた大き目の袋を外し、地面に置いた。


置いた際のドスンという音と袋の口を開けて見せた中身のマーグ金貨の夥しい量に、山賊たちは2度驚く。


マーグ金貨は使われている金の質がミゼリアの硬貨とは比較にならない為、3倍の価値でミゼリアで換金できるのだ。


「石なんぞに関わらずともお前らをなんとかした方が早いわけだが?」


構えを解いていないかしらが、姉へ向けた剣先を動かさずに問いかける。


「おっしゃる通りですが、お楽しみは多いほうがいいでしょう?」


身じろぎもせずに姉が答える。さらににっこりと笑い、


「血を流す必要もないですしね」


かしらは背筋が凍りつく。


(チクショウ。この女俺らの実力分かってやがる・・・)


自分は分からないが、子分達は確実にこの女に勝てない。


態度から察すれば妹も相当な実力者だろう。


山賊などに身をやつしてはいるが、かしらの男はミゼリアの騎士だった。


魔導士重視になってしまった、近年の軍編成に嫌気が差して騎士団を飛び出したのだ。


同様の考えを持つ元騎士達と、近場の町でくすぶっていたゴロツキを集めて始めた山賊稼業。


被害に業を煮やした者達が使わした討伐隊を何度も返り討ちにした。


今までは無敵とも言える山賊団だった。


(俺でも勝てるか? ・・・せめてアイツが斥侯から帰ってくれば)


斥侯に出した短剣使いは同じく元騎士だった。


(石をどうにかするしかねぇのか・・・)


「面白そうじゃねぇか~。アニキ~俺が一番先だぜ~」


そんなかしらの思いを知らず、両手斧を抱えて上半身裸の筋肉質な大男が前に出る。


「てめぇで終わっちまうのかよ!」


「やれやれ~」


一番手を焚きつける山賊たち。


両手斧の男を前にして、姉はクスリと笑い、


「まぁ。期待できそう。頑張ってくださいね」


ウィンクと共に地面へコトリと石を置いた。


「へへへ。後でたっ~ぷり可愛がってやるからなぁ~」


男は両手斧を上段へ振りかぶる。


両手斧は陽光を浴びて輝く。


上段どころか並みの力では構えることもできない斧が、力の限り石へ叩きつけられる。


ドガッ!!!


姉妹以外の誰もが石を傷をつけるどころか砕けて散ったと思った。


舞い上がった砂埃が晴れる。


そんな中現れたのは、砕け散った地面の上に何事もなかったかの様に鈍く光る石だった。

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