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火達磨と化したイビザは全身を焼いたその火が消えても、倒れた状態そのままでその場に放置されていた。
攻性魔法の検知警報もイビザが自分で潰していなければ、学校中に異常を知らせたはずだが。
その場にいた子供たちは、仲間をイジメた悪い奴として彼を敵視していた為、大人に声をかける事もなかった。
学校昇降口の掃除に来た用務員がイビザを見つけたのは日が落ちる頃だった。
すぐさま魔法病院へ担ぎ込まれたイビザは治癒魔法により一命を取り留める。
しかし治癒魔法は心までは癒せない。
イビザは火を見ると怯えて泣き叫ぶようになってしまったのだ。
火を扱う魔導士としては再起不能と言える。
イビザはその後、屋敷の薄暗い自分の部屋から出てこようとはしない。
「ええ。わかっていますよ義父上。しかし私はこの国のためすべてを捧げたのです。いくら息子が魔法を使えなくなったといっても五体満足なのでしょう? 仕事を放り出すわけにはいきません」
「・・・・・・・・・・・・!」
「それでも息子は義父上の孫でもあるのです。ミガル家の血を引いているのです。きっと立ち直ってくれるでしょう」
「・・・・・・・・・・・・!!」
「はい。その件は。必ずミガル家を貴族にしてみせますよ。しかし資金が少し心許なくなってきましてね。ええ。できれば」
「・・・」
「いずれ暇を見つけ家に戻りますよ。その時にまた。お体をお大事に義父上」
ベッドサイドテーブルへ魔通石を置く。通信可能回数を示す魔法光が一つ消えた。
魔道付与士による「遠話」の魔法を封じられた魔通石は、距離に関係なく相手と意思疎通が可能だ。魔法を使えない一般人でも使える為、一定の富裕層にも広まっている。
「金づるとはいえ、こうもやかましくてはな」
「大丈夫なのですか?」
腰掛けているベッドから、悩ましい下着姿の女性が声をかける。
「駄目だろう。火を恐れる魔導士か。いい笑いものだ」
「お世継ぎなのでは?」
「生きてはいる。家を継ぐことができないわけではない」
そう言うと向き直り女性を抱き寄せる。軽く背中を撫でながら女性の耳元で、
「魔導士が1人減ってしまったのなら、1人増やせばいいと思わないか?」
「あっ・・・。マウロ様・・・」
ミガル家現当主マウロ・ミガルは、息子が魔導士として再起不能となってしまっても意に介さない。
今はマーグ進攻の計画を進めること以外はすべて2の次だ。
(しょせんは魔導の血を持たぬ女が母体か。育てば壁ぐらいには使えると思っていたが)
ミガル家の資産を狙い、入り婿として当主になったマウロは王都での地位確立が成った今、ミガル家の名前を邪魔に思い始めている。
(いっそ捨ててしまうか?)
乱暴に女性の下着を剥ぎ取るマウロ。
「ま、また・・・。先ほどもあれほど激しく・・・」
「遠話で邪魔されたろう?」
「せめて明かりを・・・」
「明かり? そうだな」
執拗に女性の体を這っていた手を離すと、指を組み短く呪文を唱える。
部屋中の明かりが一斉に灯り、煌々と部屋を照らした。
「ち・・・違う・・・」
「違う? 何も違わないさ。副官であるお前が俺に体を許したときからな」
ミゼリアで一定の地位を持つものには副官がつく。
見張りも兼ねての制度だが、男女の関係になるケースは珍しくはない。
マウロは副官を押し倒し、耳たぶをきつく噛んだ。
(この女も貴族の娘だったな・・・)
義父であるミガル老は知らないが、マウロには別々の魔導士との間に4人の子供がいる。
いずれの魔導士も貴族であり、2級以上の魔法技能を持つ女性だ。
(使える手駒は増やせるだけ増やしておくとしよう)
ミゼリアの夜は更けていく。
あれから数日がたつ。
クラスは魔法により荒れてしまった花壇に来ている。
(大人げなかっただろうか・・・)
イビザがその後どうなったかをクラスは噂程度でしか知らない。
だが荒れた花壇を見ていると、あの魔法がイネアや子供に当たってしまったらと嫌でも考えてしまう。
イネアを庇った時の事などは自分でもよく飛び込めたものだと思うのだ。
花壇の縁には、魔法から免れた小さな花が揺れている。
ふと思い立ったクラスは、囲いもなくただ土を盛ったような花壇を実体操作により整えていく。
(植物に心はあるんだろうか・・・)
何の気なしに始めた花の複製貼り付けにより、今や花壇は魔法で荒らされる前よりも多くの花で覆われている。
クラスは花壇の端に腰を下ろし、子供達が遊んでいるのを見る。
いつのまにか、その日その日をなんとなく過ごすようになってしまったクラスは、この世界へやって来た理由がいまだに手がかりすらつかめずにヤキモキしている。
(この世界の文字が理解できたとき何かが進むのだろうか・・・)
陽射しはポカポカと暖かく、難しい事を考えているクラスはうとうとし始めた。
(イネアさんに・・・服・・・返さないと・・・な・・・)
クークーとクラスは鼾をかき始めた。
長かった講師会議がやっと終わったイネアが、花壇の手入れ道具を持って花壇へやって来る。
イビザの件は魔法の暴走事故として処理された。
目撃者が子供しかいないのだ。イネアも気を失ってからの事は分からない。
クラスが何をしたのかはもちろん誰にも分からない。
花壇を埋め尽くす花を見て絶句するイネア。
花壇の端ではクラスが気持ち良さそうに船を漕いでいる。
何が花壇にあったのか問いただそうかと思ったが、起こすのは悪いような気がしてしまって、イネアは明日でもいいかと思い直し、音を立てないよう花壇へ静かに入っていく。
暖かい太陽の陽射しはもうしばらく続くようだ。




