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曖昧me妹  作者: 栗栖紗那
一章 コンクラ(ー)ベ
8/8

第八節(終幕)

 ざわつく体育館。だが、人の数がそう多いわけではない。単に、これから何が行われるのか、それを理解できていないがゆえの不安だ。

 でも、俺はそんな中、ゆったりとパイプ椅子に腰掛けて時間を待った。時刻は十二時半。昼休みを半分過ぎた頃合だ。

 俺の他には生徒会長選挙に出馬している生徒が集められ、壇上でたむろしている。サポーターも一緒なので、この緊急とも言える招集について意見を交わしているようだった。

 俺はそっと候補者のひとりを伺い見る。木下健。メガネをかけているがガリ勉タイプには見えず、むしろ知的なインテリ風だ。しかし、今日は表情に余裕がなく、苛立ちを隠せないでいる。

「ま、そうだろうな……」

 小声で呟く。その声を聞きつけた飛香はくすりと笑い、

「自らが仕掛けた罠が覆されるかもしれなんですもの。気が気じゃないでしょうね」

「別に、大したことを言おうってワケじゃないんだけどな」

「でも、一般生徒にとっては驚愕の事実ではないでしょうか?」

「そうかね? 常識的に考えてみれば普通にわかる事実だと思うけどな……」

「それは御影くんに興味があるってことが前提じゃないですか。まったく。そんなに人気あると思ってたんですか?」

「……辛辣だねぇ」

 俺は苦笑し、まだここにはいない千華雅を思う。

「大丈夫ですよ。あの子は強いですから」

「俺の心の中を読まないでくれる?」

「読むまでもありません。実に単純すぎて、手に取るようにわかりますから」

「すっからかんだもんな」

 軽口を叩くだけの余裕はある。うん、きっとうまくいくさ。道化になれ、と自分に言い聞かせ、手で顔を覆う。

『では、緊急討論会を始めたいと思いますので、関係者各位はすみやかに所定の席にお座りください』

 選挙管理委員からの放送が入り、サポーターは舞台端に。候補者は壇上へハの字に設けられたテーブルに着く。そして、俺にとってのメインゲスト、新聞部の部長と今回の壁新聞の製作者である須藤がコメンテーターとしてテーブル端に陣取る。

 須藤の表情は……硬い。当然だ。コメンテーターとしてなぜ一年生である彼女が呼ばれたのか。その理由を知らぬわけがない。

 千華雅は少し遅れて体育館に入ってきて、うつむき加減のまま席に着く。当然、周囲からは好奇の視線が向けられていた。

「では、始めようか」

 委員の一人が司会進行を務めるようだ。彼は千華雅を一瞥してから俺に向き直り、

「主な討論内容は先日の壁新聞の一件です。舞島御影候補、あなたが渦中にある、ね。まずはあの写真の事実関係についてはっきりさせたい」

「事実関係、ですか?」

「ええ。あれは、ほんとにあったことですか? それとも、コラージュや合成などによって作成された虚偽のものであるのか? 本人なら当然知っているでしょうからね」

 この司会、なかなかの役者だ。糾弾するような口調でありながら、その実瞳にそういった“色”がない。

 俺は一瞬口をつぐみ、そしておもむろに立ち上がる。ここからは俺の舞台だ。マイクを手に取り、周囲を見回す。

「ええ、あの写真は紛れもなく事実。三日前の放課後に撮影されたもので間違いないでしょうね」

「事実、ですか、なるほど……そうなると、新たな問題が持ち上がりますよね。あなたがたは、血を分けた兄妹でありながら、あのような行為に、しかも校内で及んだ、と。無論、接吻程度を咎める校風ではありませんし、異性間交友も認めています。ですが、それでもやはり法的になりかねない出来事に関して看過するわけにはいかない。それが選管の意思であり、生徒の総意でもありましょう。何か言い訳でもありますか?」

 長口上を淀みなく、表情豊かに述べた彼はどうするのか、と挑発じみた視線を送ってくる。正念場だ。これから言うことを変えることはしない。しても意味がない。更に言えば、言い訳や言い逃れですらない。厳然たる事実を突きつける。ただそれだけ。

 だが、“それだけ”のことを行うがために傷つくかも知れない者がいる。それが心苦しい。

 俺は一度だけ千華雅に視線を向け、それから堂々と顔を上げ、声を張り上げる。

「一つ、司会の言に誤りがある」

 場がざわつく。正面から選管の言葉に一部でも異を唱えたことに対して。そして、これから告げられることに対しての身構えでもある。

 俺は校内放送用のカメラに目を向け、言葉を放つ。

「ただ一つの事実を告げる。俺と真島千華雅は兄妹ではない。この言葉の意味がわからない人間はいないはずだ」

 視界の端。千華雅が身を小さくした。しかし、俺はそれに構わずに言葉を続ける。

「よって、先日撮影された接吻の写真は事実であるものの、俺たちの関係を理由とする俺や千華雅に対する非難やその他の言葉は全く意味を持たないことをここに告げる。逆に、不当に貶められたことに対する謝罪を要求してもいいぐらいだと思われるが?」

 物音がした。それはテーブルの端からであり、その物音の主とは言わずともわかる須藤だ。彼女は顔面を蒼白にし、強く拳を握りしめている。

 俺はそっとため息をつき、ポケットから封筒を取り出す。

「舞島御影候補。それは?」

「写真、だな。なんの、とは言わないが。だがまあしかし、ピンポイントで俺と千華雅を見張っていたことは疑問だがな……」

 大げさに肩をすくめてみせる。すると、候補のひとりが唐突に立ち上がり、口を開こうとした瞬間、体育館内の照明が消灯された。唐突に、すべてが、だ。

 困惑のどよめきが広がる中、俺は唇を持ち上げる。

 選管のひとりがすぐさま電源盤へと走り、照明はすぐさま点灯されたが、出鼻をくじかれた候補は口を開けたまま立ち尽くしていた。

「どうしました、木下候補?」

 不審がる声で司会が声をかけると、衆目を集めていることに気がついて挙動不審になり、さらには余裕を失って言葉を忘れたらしい。慌てふためいて着席し、俯いた。

 彼からの視線を感じながら、俺はマイクに顔を寄せ、

「しかながら――」

 言葉を紡ぐ。

「選挙出馬中に多大なる迷惑をかけたことには違いなく、この度の出馬は取り消すこととします。これは千華雅も同様で、人様に迷惑をかけるような人物が上に立つのは相応しくないと考えた二人の結論です。以上」

「ほう? 今更取り消す、と。ですが、兄妹でない以上咎められる理由もなく、むしろ迷惑を被ったと見るべきでは?」

「いや、迷惑云々は別にどうだっていい」

「御影と同意見です」

 ここで初めて千華雅が口を開いた。そして、誰もが俺への呼び方に違和感を持っただろう。なにせ、いきなり呼び捨てだ。今まではどんな性格で来ようとも、千華雅が妹で俺が兄という立ち位置に基づいた呼称だったから。

「わたしの身勝手が招いた事態ですから、引責して辞退するのが筋でしょう」

「そうですか。まあ、これ以上言葉を重ねるのも野暮でしょうからね。では、選管の方でそのように処理しておきましょう」

 彼は候補者を見回し、

「中心となるべき議題が解決されてしまいましたが、この際です。ほかの候補者に聞きたいことがあるならなんなりと――」

 その言葉を皮切りにいくつかの質問が行き交い、しかし、俺と千華雅に関わろうとする者はいなかった。

 そうして、いくばくかの時間が経ち、討論会がお開きになる。

 壇上を降りた俺と千華雅、飛香を待っていたのは秀次と新聞部の部長、そして、須藤だった。

「やあ、道化くん」

「その呼び方、やめてもらえませんかね?」

「ふふふ、いいじゃない。敵にすら情けをかけるのが道化でなくてなんなの?」

「敵なんていませんよ。いたのは滑稽に立ち回ったピエロです」

「自分で道化だって言ってんじゃねぇかよ……」

 秀次の呟きは無視して、部長が問う。

「で、実際のところ、アナタと千華雅ちゃんの関係ってなんなの?」

「それは、わたしが答えます」

 千華雅は澄んだ瞳で部長の好奇心に満ちた目を見つめる。

「わたしと御影はもともといとこ同士だったんです。でも、わたしの両親が相次いで亡くなったため、舞島家に引き取られ、養子縁組したので御影とは兄妹ということになったのです」

「あら……案外思い理由だったのね。あんまり興味本位で聞くものじゃなかったわね」

「いえ、大丈夫です。実は、この話は少し続きがあって――」

 彼女が語ったのは俺との距離についてだ。もともと家族ぐるみで付き合いがあったため、俺と千華雅は仲がよかった。でも、それはあくまでも近しくも、遠い男女のもので、それが幼い日に突然兄妹という形に変えられた結果、距離の取り方がうまくできなかったのだ。そのため、千華雅は妹としてのあり方を探り続け、それはいつしかころころと変わる正確へと発展していった。つまり、彼女なりにしっくりくる妹像を探していたらしい。途中からは若干悪ふざけも手伝い、自分をそういうものだと決め、色々な性格を演じていた、というわけだ。

 まあ、最初こそそれなりに深刻な理由だったのかもしれないが、最終的には千華雅の気分転換になっていたから、付き合わされる方はたまったものではなかったりするのだが、俺としては彼女が楽しければそれでいいと思っている。

「ちなみに、飛香はこのこと知ってたわけ?」

「ええ。わたしも幼馴染ですから」

 そう言って飛香は俺の腕に抱きつく。その様子を見た千華雅も負けじと張り合って前から抱きついてきた。

「おやおや。道化というのも案外モテるようね」

 部長はにやりと笑い、須藤も安堵が手伝ったのか、小さく笑みをこぼした。

「そうだ、須藤」

 俺は一つのことを思い出して声をかける。

「他人を蹴落として得る勝利にあまり意味はないよ。自分の力で正々堂々立ち向かって得た勝利にこそ価値がある。君が彼を想うなら、そのことを忘れてはいけない」

「……はい、そうですね。この度は本当に申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げられる。

「御影くん、まさか彼女にまで手を出すつもりじゃないでしょうね?」

「違うよね?」

 少女二人から怖い目を向けられ、俺は思わず目を逸らす。

「え? なんでそこで目をそらすんですか? 怪しいじゃないですか!」

「そうよ。潔白なら堂々としてて!」

 詰め寄られ、しかし、体の自由がなかば奪われている俺は体勢を崩して転んだ。無論、二人を巻き込んで。

「あちゃー……大変なことになってきたな」

 言葉とは裏腹に楽しそうな秀次に恨みがましい目を向け、しかし、俺は思わず笑ってしまった。

「まったく、道化師に深刻なのは似合わないな」

 性格がコロコロ変わる曖昧な俺の義妹は、今日も変わらずだ。

 皆が笑い、楽しく過ごせる。

 それが俺の掲げるべき『マニフェスト』だったのかもしれない。生徒会長になったらしようと思ってたことは叶わなくなったが、まあ、それは今は気にしないことにしようと思う。

 今が楽しい。それで俺は幸せなのだから。

コメディだったはずが、微妙に方向性のずれた作品となってしまった……

期待してた方は申し訳ないです。

とりあえず、第一章はこれで閉幕です。

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