第七節
「ええ、協力はしましょう。ですが、結局のところ、やるのはアナタですからね」
快諾、とはいかないものの、放送部の部長はそう言って口の端を持ち上げて笑う。
「そりゃ、自分で蒔いた種ですからね。もちろん自分で刈り取りますとも」
俺も同じような笑みを浮かべて言葉を返す。
「では、あすの昼休みに。選挙管理委員には話を通してありますので、あとは舞台の準備だけです」
「任されたわよ」
ひらひらと手を振る彼女に一礼してから背を向ける。
これで根回しはほぼ完了。あとは舞台でうまく踊るために役作りをすれば自分の準備も完了だ。
「道化、なのかもな……」
呟きは自嘲に近い。だが、先も言ったとおり、自分で蒔いた種だ。
昼休みの喧騒をよそに、しかし噂の中心でもある俺は肩を竦めながら教室へと戻った。
放課後、新聞部の部室で飛香と落ち合うことになった。部屋に行くとすでに飛香と部長らしき少女が待ち受けており、
「では、始めましょうか」
早速とも言える言葉に俺は即座に頷いた。
「まずはあの壁新聞の発行者ね。パソコンにデータが残ってたからすぐにわかったわ。もっとも、データが残ってなくても誰が書いたぐらいはすぐにわかるけれどね」
「で、誰なんだ?」
「せっかちな男は嫌われるわよ? あ、でもあなたは飛香ちゃんという彼女がいるんだっけ?」
「飛香はそういうんじゃない」
「そうなの? 仲がいいからてっきり……ああ、話が逸れたわね。で、発行者はうちの二年生、須藤美緒よ。で、これがパソコンに残ってたデータ」
目の前にスライドさせて置かれたノートパソコンのモニターに目を向ける。そこには幾枚かの写真と原稿らしいファイルがある。写真は開くまでもなく俺たちのものだろう。
「印刷しても?」
「ええ、いいわよ」
許可を取ってから、無線で接続されているプリンターへとデータを送る。
「でも、印刷してどうなさるつもりですか?」
「明日のお楽しみ。まあ、強いて言えば道化になろうかと思ってな」
「……それって普段とどう違うのですか?」
「ハハハ、さすがは飛香。容赦ないわね」
お腹をかかえて笑う部長。飛香は不思議そうにその様子を見やり、
「思ったことを言ったまでですよ?」
「それでこそ飛香さんなんだけどな」
俺は印刷した写真を揃え、飛香に笑いかける。
「まあ、御影くんもいつもいつも道化というわけではないですけどね……」
ふいと顔を逸らして彼女は言う。心なしか頬が赤い。
「まあ、協力してくれたおかげでより演出はできるようになったわけだ。感謝するよ」
「まあ、ワタシとしてもああいう記事は本意じゃないしね。ゴシップを書きたいだけなら誰でもできる。そこに社会的な意見を組み込ませることができてようやく新聞と言えると思うんだよ」
「それはいいジャーナリスト精神だと思うよ。そして、俺は今回それに救われた。いずれお礼はするよ」
「いや、お礼はいいよ。さっきも言ったとおり、ワタシ自身があの記事についてはもの思うことがあるからね。それよりも、だ」
ズイ、と身を乗り出して顔を近づけてくる。
「ことの真相ってのはどうなってるんだい?」
「それは……」
俺は頬を掻き、
「明日の楽しみにとっておいた方が舞台を楽しめると思うよ」
「ふーん……飛香の言った道化って評価もあながち間違いじゃないのかもね。でもま、あなたがそう言うなら、楽しみは取っておくことにするわ」
「乞うご期待」
「ええ」
笑って拳を突き合わせる。
下準備はほぼ完了した。後は秀次にも協力の要請を出せば完璧と言えるだろう。
はっきり言えば、結果は二の次だ。
千華雅からのメールの返信をもう一度目を通し、彼女の心情を慮る。苦慮、というほどのことでもないのかも知れないが、でも、彼女にしてみれば今の立場が崩れるかもしれないことだ。でも、これもいい機会なのかもしれないと、俺はそう思っていた。
曖昧な妹に一つの契機を与えてくれたことに関しては、須藤という新聞部員に感謝しても良いのかもしれない。
俺はそっと息を吐き、踊るべき舞台へと想いを馳せた。