アメリカ戦線
1965年5月9日、アメリカ合衆国フィラデルフィアは重厚な防御陣地が構築されていた。エリスが事実上率いる事になったアメリカ合衆国陸軍第42師団は、師団長のアイリーン中将以下全員もフィラデルフィアに後退していた。アメリカ合衆国最大の都市であるニューヨークは、神聖ゲルマン連邦帝国に占領されてしまったのである。
ニューヨークの超高層ビル群には神聖ゲルマン連邦帝国軍兵士により、超巨大なハーケンクロイツの旗が設置され占領という事実は世界中に誇示された。この事態に開戦以来NORADにいたマリーナ大統領は、政府機能をサンフランシスコに移転させる事を決定した。
神聖ゲルマン連邦帝国はニューヨークのみならず東海岸各地にも展開する気配があり、大日本帝国からもその情報が提供されていた。そしてマリーナ大統領はNORAD司令官であるジュリアン中将に、後を任せサンフランシスコに移動した。ニューヨークに上陸されて以後、アメリカ合衆国は陸海空国防軍は押されっぱなしだった。
マリーナ大統領の決断により陸海空国防軍司令部・統合幕僚本部もサンフランシスコに移転を開始したが、そもそもが開戦劈頭の国防省への攻撃により指揮系統はまだ混乱していた。アメリカ合衆国の頼みの綱である大日本帝国の駐留陸海空軍も状況は同じだった。
特に甚大な被害を被っていたのは、大日本帝国海軍連合艦隊第7艦隊だった。アメリカ合衆国駐留の艦隊であり、ノーフォーク海軍基地を接収しそこを拠点にしていた。だが第7艦隊は神聖ゲルマン連邦海軍の攻撃型原子力潜水艦U−700級から、核魚雷を発射され消滅した。拠点としていたノーフォーク海軍基地は砲撃型原子力潜水艦U−900級の砲撃により壊滅状態だった。
大日本帝国陸軍第12方面軍と空軍第19航空団も神聖ゲルマン連邦帝国軍の攻撃により、大打撃を受けていた。第12方面軍は大日本帝国本土からの増援を待っている事になり、空軍と併せて後退を開始した。アメリカ合衆国も順次陸海空国防軍を後退させる事にしていた。
今のところはニューヨーク周辺部しか占領されていないが、東海岸全域は絶え間ない攻撃を受けていた。更に大日本帝国軍統合運用司令本部のJ-7(新領域運用部)は、偵察衛星により神聖ゲルマン連邦帝国海軍の艦隊が出撃したのを掴んでいた。
アメリカ合衆国は本土決戦に全力を挙げるしかなかった。




