動き出す龍3
大日本帝国陸海空軍が動き出した事と同じように、大日本帝国の各種軍需企業も動き出した。第二次世界大戦勝利後、大日本帝国は軍需生産体制を戦時から平戦体制に移行した。軍需生産の指導的役割を担った軍需省は解体し商工省に戻す事が検討されたが、経済復興と神聖ゲルマン連邦帝国の脅威に対応する為に、軍需省を民間経済重視の『通商産業省』に再編し軍事部分を国防省外局の『軍需庁』に分離・新編した。
そして通商産業省は1945年10月に軍需省再編により設立され、軍需庁は1947年1月に国防省設立と同時に国防省外局として新編された。それぞれの目的は軍需庁は『軍事特化の企業指導』で、冷戦下の軍拡を支える。通商産業省は『民需転用と経済成長』を主導し、両者が連携して国家資本主義を推進する事になった。そして第三次世界大戦勃発により、軍需庁が中心となり『戦時生産体制』へ移行する事になった。
大日本帝国の財閥企業を支える通商産業省の再編と役割は重要だった。軍需省は大東亜戦争中の総動員経済を支えたが、戦後『民間活力活用』へシフトする事が決定された。かつての商工省の機能を吸収し通商産業省へ再編さは、軍事部分を切り離して軍需庁へ移管し経済省庁としてスリム化を図った。その役割は明確であり『民間経済主導』だった。大亜細亜連合内貿易・投資・技術移転を推進し、大亜細亜連合域内の規格統一を基に、財閥の民需転用を奨励した。
産業政策は5カ年計画で重工業・電子・自動車を育成した。大亜細亜連合加盟国への技術輸出を管理し、大日本帝国中心の経済圏を構築した。軍需連携は軍需庁と共同で財閥の軍民両用工場を監督しており、平時は民需重視だが戦時には軍需重視へシフトする。
そして再編された軍需庁の役割も重要だった。国防省設立と同時に、国防省外局として新編され旧軍需省の軍事部分を移管し、企業指導に特化した。冷戦下で神聖ゲルマン連邦帝国の軍拡に対抗する為、財閥の軍需企業を統括する。
軍需庁長官は旧軍需省キャリアから任命され、任期は4年となる。軍需庁を構成する部門で主力となるのは、次の通りである。まずは『企業指導部』であり、財閥の軍需工場を監督している。次が『技術開発部』であり軍事技術管理と、新型兵器開発の中心となる。そして『資源配分部』があり大亜細亜連合内資源(石油・鉱物)を軍需優先ながら、民需経済も考慮しつつ分配する。『監査部』も重要であり軍需企業を監督する事から賄賂等の癒着も危惧され、腐敗防止を重視し内務省警保局公安部と連携して目を光らせている。
役割は大きく軍需企業指導により財閥の軍需企業を国家命令で統制している。生産体制は大亜細亜連合の規格統一で部品の互換性を確保し、第三次世界大戦勃発で『戦時生産令』が発動され、工場を3交代24時間稼働させている。
大日本帝国の各財閥は国家資本主義で軍需企業を強化している。三菱・三井・住友・安田の主要財閥が軍需企業を子会社化としており、軍需庁の指導下で生産体制を構築している。
第三次世界大戦勃発により全力生産体制が構築され軍需庁が『戦時生産令』が発動された。全ての生産が軍需優先に転換され、労働力が動員された。 民需軍需の割合が軍需に優先され、大亜細亜連合内資源が軍需企業に優先して分配される事になった。
その生産能力は大日本帝国の誇る強大なものであり、大規模な軍事援助が大亜細亜連合各国に行われる事でもあった。




