動き出す龍2
『大日本帝国海軍の海軍即応予備艦隊は第二次世界大戦後に設立された。その経緯は1945年の講和後大量のアメリカ合衆国海軍の艦艇を接収し、更に連合艦隊の艦艇や大日本帝国の戦標船、アメリカ合衆国のリバティシップを対象として設立した。戦標船とリバティシップからは状態の良い物は事前集積船に指定され、大日本帝国各地の港で即応状態におかれている。
そして戦後復興期に新造艦を優先し、古い艦艇を[有事即応予備]として維持し冷戦下で神聖ゲルマン連邦帝国の脅威が増した事により改装予算を確保し、1960年初頭には[船団護衛が可能]な状態に最低限の近代化改装が施された。
保管維持場所は大日本帝国各地に分散配置されている。場所は瀬戸内海・トラック泊地・パラオ泊地・真珠湾泊地の4カ所となる。維持方法としては軍事予算とは別枠の予算を割り当て、脱湿・防腐塗装・定期エンジン始動を実施している。乗員は最小限の保守要員(予備役中心)であり、戦時には再就役が可能となっている。近代化改装方針はミサイル化・レーダー更新・対空強化を前提に、必要最小限で行った。完全新造より費用が安く、数で勝負する。
具体的な艦艇構成は次の通りになる。
正規空母隼鷹級はすでに改装済みでありそれ以外の正規空母である、翔鶴級(瀬戸内海)・雲龍級(パラオ泊地)・瑞鳳級(トラック泊地)を保管している。大東亜戦争直前や戦時中に建造された為に予備艦隊で保管され、レーダーや兵装を近代化改装した。
戦艦と巡洋戦艦は神聖ゲルマン連邦帝国の建造した超弩級戦艦に大和級でも対抗出来ないとなり、記念艦となった為にそれ以前の艦艇も記念艦となっており、大東亜戦争時の戦艦と巡洋戦艦は保管されていない。
巡洋艦は利根級(旧重巡洋艦、真珠湾泊地)・伊吹級(旧重巡洋艦、パラオ泊地)・阿賀野級(旧軽巡洋艦、瀬戸内海)・大淀級(軽巡洋艦、トラック泊地)を保管している。大東亜戦争直前や戦時中に建造された為に保管され、レーダーや兵装を近代化改装した。
駆逐艦は陽炎級と夕月級(真珠湾泊地・トラック泊地)を戦中大量建造の名残で、合計230隻保管し、数で勝負の船団護衛艦として運用可能である。
戦標船・リバティシップ・輸送艦・補助艦は大日本帝国が建造した物と、アメリカ合衆国から接収した艦艇を瀬戸内海とパラオ泊地・真珠湾泊地に分散し大量保管している。全てが航行可能状態におかれ、大亜細亜連合への補給船や戦時に於ける輸送任務用として待機している。病院船・補給艦も瀬戸内海で大量に保管され、汎ゆる事態に備えられている。
海軍即応予備艦隊の即応度は保管艦は[30日以内に再就役可能]状態で維持されており、海軍即応予備艦隊が動員されるという事は大日本帝国に於いて重大な決意の現れだった。
その為に大日本帝国海軍連合艦隊が大挙してペルシャ湾に出撃する事になるが、その大規模な派遣を維持出来る輸送船団が大日本帝国は動員出来るのであった。
そして大日本帝国空軍もその大量に保有する輸送機と空中給油機を動員し、陸軍の展開を支える事になった。世界の輸送機の60%、空中給油機に至っては80%を保有するのが大日本帝国空軍であった。その展開能力はずば抜けており、海軍連合艦隊の航空支援も完璧であった。
その軍事力を誇る大日本帝国が動き出した事により、第三次世界大戦は次の展開を迎えようとしていたのである。』
カーリアノエル著
『第三次世界大戦戦争録』より抜粋




