加熱する戦場
『大日本帝国藤咲瑞希内閣総理大臣、神聖ゲルマン連邦帝国宣伝大臣、それぞれによる演説で世界は核戦争の危機を回避した。だがそれは人類の終焉を回避しただけであり、第三次世界大戦は寧ろより加熱する事になった。通常兵器による侵略は激しさを増し、大日本帝国は大亜細亜連合盟主として軍事行動と軍事援助を開始した。
だがその決定は、第二次世界大戦後の憲法改正による相対的民主化のジレンマを露呈させることになった。大日本帝国は立憲君主制の下で、議会中心の運用を強化し、軍部独走を防ぐ仕組みを構築した。これは大東亜戦争前の失敗から学んだ教訓であり、総理大臣の決定も閣議と帝国議会の議論を必要とした。藤咲瑞希内閣総理大臣は核抑止宣言を即座に発表できたが、軍事援助の具体的内容については、閣僚間の激論が避けられなかった。
石森智香子大蔵大臣は、軍事援助の拡大は財政負担を増大させ、長期戦で経済崩壊を招く、と反対し、高木晋作外務大臣は、大亜細亜連合加盟国の士気を維持するため、即時支援が外交的に不可欠、と主張した。こうした議論は、民主化の産物として安定した政策を生むはずだったが、第三次世界大戦の電撃的展開では致命的な遅れを招いた。総理の独断が制限されるため、決定までに数日を要し、ロシア連邦の極東防衛線は一時崩壊寸前となった。
一方、神聖ゲルマン連邦帝国の総統は、総統大本営で独断的に命令を下した。総統原理の下、議会や閣僚の合議は形式に過ぎず、総統の激怒が即座に政策に反映された。核抑止宣言を受け、通常兵器による全面侵攻を加速せよと命じ、陸軍にロシア・中東の追加師団投入を即時決定。宣伝大臣の発表も総統の一言で済んだ。このトップダウンの速断性は、侵攻初期の優位を生んだが、長期的には誤判断を招いた。総統の感情的決定が属州の反乱を無視し、資源配分を偏らせ、軍事偏重経済のひずみを拡大させたのだ。
この対比は、両国の政治体制の本質を象徴するものだった。大日本帝国の民主化は[程度問題]であり、帝国主義の枠内で合意形成を重視したため、速断性が欠如し初期劣勢を招いた。一方、神聖ゲルマン連邦帝国の権威主義独裁は、総統の即断で機先を制したが、内部の不安定さを増幅した。結果として、戦争は核の均衡を保ちつつ、通常戦の泥沼へと深化していったのだ。』
カーリアノエル著
『第三次世界大戦戦争録』より抜粋




