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The pupil of the beast  作者: 高田屋 熊之助
第二章:ユノ=マイセンの場合
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 やがて、荷馬車はウィンストンの街に到着しました。ウィンストンの停車場は、ちょうど街の中心にあります。馬車が進入できるのはここまで。普段ならば、積み荷の上げ下ろしや旅客の昇降でにぎわうのですが、今日は安息日なので、どこか閑散としています。

 御者のおじさんは、ここからさらに東に向かうそうなので、停車場でお別れです。礼を言い、ミオ姉さまが気持ちばかりの酒代を手渡そうとすると、おじさんは首を横に振って固辞しました。曰く、安息日に働いたことになり、神の御心に反するから、とのこと。おじさんなりに、私たちに気を使ってくれたのかもしれません。

 ウィンストンの街は、実にわかりやすく二分化されています。つまり、停車場のある中心街区を境目に、北は住宅地、南は商業地、という作りになっているのです。南の商業地区には、冒険者向けの宿屋や道具屋、ギルドの支部や役所の出張所などがところ狭しと立ち並んでいます。反対に北側にはあまり商店などはなく、広い敷地を存分に活用した一軒家が目立ちます。集合住宅が少ないのが、いかにも田舎という感じ。

 私たちは、閑散とした停車場を後にして、冒険者ギルドを目指しました。落ち着く前に、まずは任務完了の報告を行わなければなりません。

 冒険者ギルドは、赤いレンガ造りの五階建ての建物です。商店や宿屋が多いといっても、そのほとんどはせいぜい三階建てなので、五階建てのギルド支部はちょっと目立ちます。

 カウンターで要件を告げると、私たちは応接室に通されました。応接室は、冒険者という泥臭い職業には不釣り合いに豪華で、上質のソファに腰を下ろしても、なんとなく落ち着かない雰囲気です。通常であれば、一階のカウンターで任務完了の報告を行い、報酬を受け取ってお仕舞なのですが……

「何か、変な気分ですね」

 と、私はソファの上でお尻の位置を直しながら言いました。確かに、ソファは高級そうなのですが、何となく座り心地が良くないのは、この慣れない環境のせいなのでしょうか。

「ああ、気持ちは分かるよ。私が仕事を受けるときに、ここのアンドリュー=モール支部長がこの部屋で私に直接応対したんだ。支部長直々の依頼でね。だから、報告も支部長が直接聞きに来るんだろう」

 ミオ姉さまが、マントの下から石造りの小箱を取り出して、マホガニーのテーブルの上に置きました。鮮やかな色の翡翠で作られた箱は、帝国が機密性の高い物品や書類を輸送する際に使う、ジェイド=キーパーと呼ばれるものでした。その箱の奪還と私の救出が、ミオ姉さまが受けた仕事の内容だったのです。あの盗賊さん達が取引しようとしていたのは、この箱なのかもしれません。そういえば、盗賊さん達はどうなったのでしょうか。今の今まで思い出さないようにしていたのですが、取引相手のあの女の人は、取引の品を奪われた挙句に情けなくも縛り上げられた盗賊さん達を見てどうするでしょうか。その殆ど妄想と言っても良い様な想像が、私の背筋にうすら寒いものを感じさせるのでした。そんな私の様子を察したのか、ミオ姉さまがちょっと心配そうな表情を向けて、

「ユノ、どうかしたか?」

 と言ったのです。

「え、えっと……あの盗賊さん達なんですけど、あのままにしておくんですか?」

 私はためらいがちに、そう尋ねました。

「ん。もちろん、ギルドを通じて警察隊には通報してもらうさ。心配しなくても、あの図体なら二三日は飲まず食わずでも平気だろう」

 どうやらミオ姉さまは、私が盗賊さん達が飢え死にしないか心配していると思ったようです。

「そうですか……」

 それきり、私は何も言わないことにしました。もしかしたら、私の思い違いなのかもしれないのです。あの時は、盗賊さん達に捕えられて混乱していたのも確かなのですから。少しもやもやしたものが心の中に残りましたが、結局私は、自分が盗賊さん達の心配をする義理もないのだ、と無理やり納得することにしました。

 さて、どれくらい待たされたでしょうか。ギルドの支部長さんともなると、色々な雑務で忙しいのかもしれません。待っている間に、ギルドの女性職員の方が、二回もコーヒーのお替りを持って来たので、小一時間は応接室で待っていたと思います。ミオ姉さまとの他愛無い世間話の話題も尽きかけたころになって、ようやくギルドの支部長さんがやってきたのです。

「すまない、待たせたな」

 支部長さんは、まだ若い男の人でした。短い金髪を整髪料で撫で付け、銀縁の眼鏡の向こうの目は、いかにも切れ者といった光を放つ三白眼。皺ひとつない背広――裾に鉛の重しでも入っているのでしょうか。最近はやりの典型的な帝国官僚スタイルです。ギルドの支部長さんということで、もっと野性的なおじさんを想像していたのですが。

「無事任務を完遂できたようだな。君がユノ=マイセンか。組合員証を確認するから出したまえ」

 むっ。なんか高圧的。あまりお付き合いしたいタイプではありませんね。私は、そんなことを思いながら、ポーチから組合員証を出して提示しました。

「ふむ……結構。今後は、このような失態のないように精進するんだな。さて、問題はこちらの物品だが」

 と、アンドリュー支部長。私のことは歯牙にもかけない、って感じ。でも、盗賊さん達に捕まったのは確かに失態なので、何も言い返せません。

「よく取り戻してくれた、ルーシア君。念のために聞くが、中身を検めたりはしていないだろうな?」

「当たり前だ。興味はあるが、私はそんな命知らずではないさ」

 ジェイド=キーパーを開けるには、専用の特殊な鍵が必要で、それがなければ、破壊するしか開封の方法はありません。ジェイド=キーパー開錠用の鍵は厳重に保管されており、いかにミオ姉さまといえど、一冒険者が簡単に入手できるものではないのです。権限のない者が開封すれば、機密漏洩の罪に問われます。機密漏洩は、場合によっては極刑が適用されるほどの重罪なのです。

「その用心深さが、長生きの秘訣だな。これは確かに預かった。報酬は一階のカウンターで受け取ってくれ」

 そう言うと、支部長はジェイド=キーパーを持って立ち上がり、部屋を出ようとして、ドアの前でふと立ち止まりました。首だけこちらに振り返り、私にこう言い残したのでした。

「そうそう、ユノ=マイセン。君には特別研修を受けてもらう。一階のカウンターで組合員証と従事者章を預かるので提出するように。それと、明日以降の居所を明らかにしておくんだ。いいな」

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