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The pupil of the beast  作者: 高田屋 熊之助
第二章:ユノ=マイセンの場合
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 私とミオ姉さまは、途中で何度か休憩を挟みつつ、森の中を歩いていました。

 お日様はすっかりと上がりきっていましたが、鬱蒼と茂った木々が日光を遮り、まるであたりは夕方の様。足元はお世辞にも良いとは言えず、道らしい道もなく、少し油断をすると、盛り上がった木の根っこや、よくわからない草のツルに足を取られ、転びそうになります。その度に、ミオ姉さまは私をしっかりと抱きかかえてくれるのでした。ミオ姉さまは、さすがにゴールドエムブレムを持っているだけあって、旅慣れた様子。足元の悪い中もすいすいと進んでいくので、私はミオ姉さまに追いつくのが精いっぱいでした。

 どれほど歩いたでしょうか。茂みを抜けると視界が開けて、大陸西部を東西に貫くブレット街道に出たのです。私が捕えられていた砦からは、森の中を突っ切ったほうが短い距離でウィンストンの街まで帰れるのですが、ミオ姉さまは歩きやすい街道を使って街まで戻ることにしたのです。危なっかしい足取りで歩く私に配慮してくれたのかもしれません。

 街道に出た途端に、ぐうと私のお腹が鳴りました。よく考えたら、昨夜――時間的に考えて昨夜でしょう――盗賊さん達がくれたパンと二枚のハムを食べて以来、何も食べていなかったのです。それにしても、お腹の虫の鳴き声を聞かれるのは、恥ずかしいものです。ほっぺたがみるみる赤くなっていくのが、自分でもよくわかりました。

「ふふっ」

 と、ミオ姉さまが小さく肩を震わせて笑いました。

「ああ! 今笑ったぁ!」

「いや、すまんすまん。でも、腹が減るのは元気な証拠だよ。それにしても、遠出をするときは、携帯用の保存食を持って行った方がいいだろうな」

 冒険者向けの道具屋には、瓶詰の携帯食料が売られています。最近は瓶詰だけでなく、いろいろな味のついた固形の栄養食も出回っているのですが、どちらも私の口にはあまり合わないみたい。もちろん、背に腹は代えられない訳で、街を出るときにいくらか買って行ったのですが、砦に向かう途中で食べ尽くしてしまったのです。

 ミオ姉さまも、携帯食料はあまり好きではないみたい。いつも、自分で魚を釣ったり動物を獲ったりして調理するそうです。

「そういったサバイバル技術は、冒険者にとっては大切だ。携帯食料も、たくさん持ち歩けるわけじゃないからな。まあ、そのあたりは否が応でも学ぶことになるだろうが」

 と、ミオ姉さまは思わせぶりに言うのでした。

 ブレット街道は、帝国の基幹国道の一つで、日中は馬車の交通量も多いのですが、この日はたまたま、通る馬車も人も少ないようで、しばらく歩いても馬車はおろか私たちのような冒険者も見かけないというありさまでした。

「そうか、今日は安息日だな」

 と、ミオ姉さま。一週間の始まりの日は、安息日と言って、一般市民はお休みの日なのです。その日は、ごく一部の商店を除いてお店も扉を閉ざし、いつもは人でにぎわう市場も、火を消したようにひっそりと静まり返るのです。もちろん、物品の輸送量も極端に少なくなるので、街道を通る馬車の数も減るのです。乗合馬車も便数をかなり減らしているはずなので、よほど運がよくない限りは捕まらないでしょう。

「馬車でも通れば、と思ったんだがな……」

 と、さすがのミオ姉さまもため息をついていました。でも、この日の私たちはよほど運が良かったみたい。私たちの背後から、ごとごとという音を立てて、一頭立ての馬車が走って来るではありませんか。

「あ、馬車ですよ!」

「ああ、ついてるな」

 そういうと、ミオ姉さまは馬車に向かって右手を挙げて親指を立てました。停車を促すサインです。それを見た御者が、手綱を引いて馬車を止めてくれました。

 幌のついた、小型の荷馬車でした。荷物を下ろした帰りなのでしょう、荷台は空。さっそく、ミオ姉さまが交渉を始めます。

「すまない、ウィンストンまで行くんだが、乗せてもらえないか」

 どこからでも決まった運賃で乗ることができる乗合馬車と違って、荷馬車に乗せてもらう場合は――そもそも乗せてもらえるかどうかも含めて――運賃の交渉が必要です。ほとんどの場合、乗合馬車の運賃と同額程度で乗せてくれるのですが、時々、こちらが困っているのをいいことに、法外な料金を吹っかけてくることがあるそうです。そんな時、三級以上の資格を所持する冒険者であれば、荷馬車の徴発を行うことができるのですが、これが運送業者の組合との間で昨今問題になっているのだとか。ちなみに、旅客輸送用の乗合馬車は、帝国の法律で定められた規格があり、また帝国運輸省が発行する旅客取扱事業許可証という金属のプレートを、客車の決まった場所に設置しなければなりません。

 それはともかく。

「おう、かまわねぇよ。見ての通り荷物はカラだし、今日は安息日だからな。タダで乗せてやるよ」

 と、御者のおじさんは気軽に申し出てくれたのでした。

 ブレット街道は、帝国を東西に貫く、いわば横の大動脈とでもいうべき基幹国道です。第四次統一戦争後、街道の整備が進められているのですが、総延長がとても長く、また予算の都合もあってか、その整備はなかなか思うように進行していないのが現実のようです。古い石畳の街道は、あちこちにひび割れや窪みが出来ており、走る馬車もよく揺れます。人が乗ることを想定して作られていない荷馬車の乗り心地は、決して良いものではありませんでした。それでも、疲れ切った体にとってはありがたいもので、私はついうつらうつらとしてしまったのでした。それはミオ姉さまも同じみたい。時々目を覚まして、ミオ姉さまの横顔を見ると、じっと目をつぶって、ゆっくりと寝息を立てています。

(きれいなお顔だなあ)

 と、女の私ですら、思わず見とれてしまうのでした。こうして明るいところで見てみると、ミオ姉さまは本当にきれいな顔立ちをしているのです。ふつう、長く冒険者を続けていると、日焼けによるシミなどが目立つようになるのですが、ミオ姉さまのお顔にはそれがないのです。もともと、大陸南方系特有の色黒肌なので目立たないだけなのかもしれませんが、そのお肌にも張りがあり、若さを感じさせるのです。ゴールドエムブレムを所持しているので、それなりに年齢は重ねているはずなのですが。

(不思議な人……)

 私は、出会ったばかりのこの人に、早くも惹かれ始めているのでした。

 ふと、のんびりと走る荷馬車の後ろから、もう一台の馬車が猛烈な勢いで追い上げてきました。荷台から後ろを覗いてみると、白馬を二頭立てた大型の馬車が迫ってくるのが見えました。

 その馬車は、やがて私たちの乗っている荷馬車と並走し、あっという間に追い抜いて行ったのです。その猛烈な蹄の音に、ミオ姉さまも目を覚ましたようでした。

「何だ……?」

「ありゃあ、正教会の輸送車だな。よっぽど急いでるらしいぞ」

 と、御者のおじさん。

「今日は安息日なのに賑やかだなあ」

 おじさんはどこか呆気にとられたように、そう呟きました。

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