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The pupil of the beast  作者: 高田屋 熊之助
第二章:ユノ=マイセンの場合
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 さて、どれくらい泣いていたでしょうか。ごほん、というミオ姉さまの咳払いで、私はいつの間にか涙が枯れていることに気付いたのでした。

 泣くという行為は不思議なもので、涙と一緒にそれまでの不安や恐怖はすっかりと体の外に押し流されてしまったようです。

「あ、あの、えっと、ごめんなさい……」

 私は、掴んでいたミオ姉さまの服の裾を離すと、一歩後ろに下がりました。大泣きしているところを見られたので、何だか少し恥ずかしくなってしまったのです。多分真っ赤になっているだろう私の顔を見て、ミオ姉さまは苦笑いを浮かべていました。

「もう落ち着いたようだな。改めて尋ねるが、ユノ=マイセンだな?」

「はい、あの、ありがとうございました……」

 まだお礼を言っていなかったことに気付いて、あわてて頭を下げる私に、ミオ姉さまは少し厳しい口調で答えました。

「礼は、無事ウィンストンに帰ることが出来てから聞こう。とにかく、ここから出よう」

「は、はい」

 そうでした。早くここから逃げないと。あ、でも。ジーナさんの指輪……

「あの、ここを出る前に探し物をしたいんですけど」

「ああ、そうだった。お前が受けた依頼の品なら、多分この中に入っていると思うが」

 そう言うと、ミオ姉さまは私に、小汚いずだ袋を差し出してきました。盗賊さん達が盗んだ貴金属類でしょうか。結構な重さがあります。

「生憎私は、どんな指輪か知らないからな。明るいところに出たら、ユノ、お前が確認してくれ」

「はい、じゃあそれまではこれは……」

 一度お借りした袋をミオ姉さまに返そうとしたのですが、ミオ姉さまは首を横に振って、受け取ってくれませんでした。

「ユノ、それはお前が受けた仕事だろう? その件に関しては、私は手助けをしたに過ぎん。その袋は、お前が責任を持って保管するんだ」

 責任、という言葉にアクセントを置いて、ミオ姉さまは言いました。私の仕事は――少なくとも形だけでも、私自身に完遂させてやろうというミオ姉さまの計らいなのでしょう。私は、ミオ姉さまの言葉に従って、その袋を自分のポーチに大事にしまうことにしました。

 さて、依頼の目的物はこれで手に入れることが出来たと考えていいと思いますが、実はもう一つ、探さなければならないものがあるのです。

「あの、ここに来られるまでに、杖を見ませんでしたか?」

「杖?」

 と、怪訝そうな表情を浮かべるミオ姉さま。

「はい。いつも肌身離さず持ち歩いているのですが、盗賊さん達に取られてしまって」

 盗賊さん達は、私の体を改めることはせず、いかにも武器になりそうな杖だけを奪って、私をこの牢屋に閉じ込めたのでした。でも、私にとっては、ポーチの中のお金より、奪われた杖の方がずっと大事。

「ふむ……私は見てないな。狭い砦だから、どこかに保管されていれば気付きそうなものだが……戻りがてら探してみよう」

 少し思案して、ミオ姉さまはそう言いました。

 ミオ姉さまが、杖を探してみようと言ってくださった一分後、あっさりと杖が見つかりました。なんと、牢屋へ続く扉のすぐそばに、無造作に転がっていたのです。

 これにはさすがのミオ姉さまも驚かれた様子。

「杖って、それのことか」

 ミオ姉さま曰く、かんぬきの代わりにされていたようです。私の大事な杖をかんぬき代わりにするなんて……まあ、薪代わりに使われなかっただけましですが。いずれにせよ、無事に杖が私の手元に戻ってきたことは確かです。んー、この感触。手元にあるだけで、安心感が違いますね。

「……どうかしたのか?」

 砦を出たところで、ミオ姉さまが怪訝な表情で私に問いかけてきました。すっかり太陽が昇り、長く暗がりの中にいた私にとっては、少しまぶしいくらい。

「へ?」

 ミオ姉さまの問いかけに、思わず間抜けな声を上げてしまう私。どうやら、いつの間にかにやにやと変な笑いを浮かべていたようです。精神の均衡を失したと思われたのかもしれません。

「にやにやして……少し疲れてるんじゃないか?」

「あ、いえ、そうじゃないんです。杖が手元に戻ってきたのが嬉しくて」

「大事な杖なのか?」

 私は一つ、うなずきました。そう、この杖は、私にとっては命の次に大事な杖なのです。絡み合った二本の木を削りだして作られた、奇妙な造形。普通の人には、ただのがらくたにしか見えないかもしれません。私の故郷では、連理木の杖と呼ばれており、旅に出る大事な人に贈るものとされています。この杖は、私が故郷を出るときに、お母さんからもらったものでした。訳あって故郷を半ば追い出されるように出奔した私にとっては、お母さんの温もりを身近に感じられる、唯一の品なのです。

「そうか……今度は手放さないことだな」

 私の話を聞いたミオ姉さんは、そう小さく呟いたのでした。その表情が、なんとなく物悲しそうだったのは、私の気のせいだったでしょうか。

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