12
ああ、どうやら私の天命もここで尽きてしまったようです……ブーツのヒールが石の床を打つ音が、段々と近づいてきます。近づいてくる恐怖に、声が……
「ひぃっ」
あわてて口元を押さえても、時既に遅しでした。私の声が引き金になってしまったようで、足音がスピードを上げたのです。
「おい」
と、その人は私に声をかけました。まだ若い、女の人。威圧感があるわけでもなく、街で出会った友達に気軽に声をかけるような感じ。でも、とてもではないけれど、怖くて振り向くこともできません。恐怖刺激に、体がびくりと反応してしまいました。ああ、なんて馬鹿な私……もっとも、声を出してしまった時点で、私の命運は決まったみたいなものですが。
「お前が、ユノ=マイセンか?」
なんということでしょう。その人は私の名前を知っているのです。でも、何故? もしかしたら、あの黒い服の女性とはまた別人なのでしょうか。そういえば、あの時耳にした声よりも、少し甲高いような気が……
もはや無駄な抵抗とは知りつつも、少しでもその声から体を遠ざけようと苦慮していると、その人は私に、思いがけない言葉を投げてきたのです。
「安心しろ。お前を助けに来た」
私は、思わず、えっと声を上げて振り返りました。そこにいたのは、あの黒い服の女性とは似ても似つかぬ人だったのです。
ヒカリダケの発する弱い光量の中でも、その違いははっきりと分かるものでした。なんといっても、髪の色がぜんぜん違うんですから。あの恐ろしい黒衣の女性は、私と同じ金髪。でも、私の目の前にいる人は、腰まで届くくらいの漆黒の髪。年齢的には、私よりも少し年上でしょうか。まるで、最近都会で流行している女性歌劇団の男役のような凛々しいお顔。切れ長の目にブラウンの瞳、すっと通った鼻筋……
「そうだ。少し待っていろ。今、開けてやる」
そう言うや否や、その人はマントの下から肉厚の大きなナイフを抜き放ったのでした。
「ひゃぁ!」
神経過敏になっていた私は、そのナイフを見ただけで、素っ頓狂な声を上げてしまったのです。そんな私に、その人は苦笑を交えつつ、
「心配するな。鍵を破るだけだ」
と言ったのでした。
彼女がナイフを扉の間に挟み、少し力を加えると、キンという金属音を上げて、かんぬきが切断され、扉がゆっくりと内側に開きました。ああ、これで外に出ることが出来る……と素直に喜んでいいものでしょうか。いよいよ私の牢屋に進入してきたこの黒髪の女性は、果たして信用に足る人物なのでしょうか。
そんな私の逡巡を見抜いたかのように、彼女は表情をふと緩めると、やおらマントをめくり、チュニックの襟元を指して言いました。盾を背景に交差した二本の剣。ヒカリダケの光に照らされたそのエムブレムは、誇らしき金色。冒険者の最高栄誉、一級従事者章。
「私はミオ=ルーシア。ギルドの命を受けて来た。とにかく、無事で良かった……さあ、ここを出るぞ」
彼女が浮かべた笑顔が、あまりにも柔らかいものだったからでしょうか、それとも、私に優しく触れてくる手があまりにも暖かかったからでしょうか。それまで私の体を支配していた恐怖や緊張が一気に崩れ去り、まるで堰を切ったように涙がこぼれてくるのでした。私は、しばらく彼女――ミオ姉さまの裾を握り締め、大声で泣いてしまいました。ミオ姉さまは、そんな私を優しく、抱きしめてくれたのでした。