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The pupil of the beast  作者: 高田屋 熊之助
第一章:ミオ=ルーシアの場合
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10

 狭い空間なので、やたらと靴音が響く。その音を聞きつけたのか――

「ひぃっ」

 甲高い、女の悲鳴。牢獄の一番奥の監房から聞こえてきたようだ。足早に奥まで進むと、私は向かって右の監房を覗き込んだ。

 監房の隅に、何かある。ヒカリダケの淡い光に照らされているのは、この陰湿な場にそぐわない、光沢のある白い布地で覆われた「物体」だった。

「おい」

 その物体に、声を掛ける。その物体は、私の声に反応して、びくりと動いた。

「お前が、ユノ=マイセンか?」

 私の呼びかけに、物体がまたもぞもぞと動き出す。私から遠ざかろうとしているのか、ゆっくりと前進を試みるが、残念なことにその先には冷たい石壁があるだけだ。

「安心しろ。お前を助けに来た」

「えっ」

 その物体――いや、ここまできてもったいぶるのはよそう。それは間違いなく、白いローブを身に纏った人間だった。その人物は、恐る恐る身を起こしながら、肩越しに私に怯えた視線を投げてきた。フードからのぞく、滑らかな金の糸。大きな瞳。ヒカリダケの放つ弱光の中でも、その特徴はよく映える。間違いない。ユノ=マイセン、その人だった。

「私を……助けに……?」

 ユノが、監房の中でそろそろと立ち上がる。ぽかんと開けた口から覗く八重歯が、妙に可愛らしい。

 体つきは、小柄。背丈は私の胸の辺りまでしかない。私が帝国女性の平均よりも長身であることを差し引いても、ユノの身長はかなり低いと言えるだろう。愛嬌のある童顔と相まって、とても冒険者とは思えぬほど幼く見える。ただし胸だけは、その小柄な体躯に似つかわしく無いほど豊かである。体のラインが隠れるくらいゆったりとしたフード付きローブの上からでも、たわわに実ったバストだけは、その存在感を誇示していた。

「そうだ。少し待っていろ。今、開けてやる」

 そう言うと、私は監房の鍵穴を覗き込んだ。そう、鍵穴である。どうやらこの監房の扉は、開けるにも閉めるにも、鍵が必要なようだ。よくよく鍵穴を観察してみると、何かでふさがれている。どうやら、鍵が途中で折れて、鍵穴が詰まってしまったらしい。アモットが所持していた宝箱の鍵を思い出す。錆が浮いて劣化した鍵は、力のかけ具合によってはいとも簡単に折れてしまうだろう。鍵が見当たらないだけであれば、専用の道具で解錠することもできたが、鍵穴が詰まっていてはそれも不可能だ。鍵を破壊するしかないだろう。

 私は、愛用のナイフを抜いた。

「ひゃぁ!」

 その動作を見て、ユノがまた声を上げた。口に手を当てて、わなわなと震えている。怯えの表情が、先ほどよりも一層濃くなっているのが分かる。

「心配するな。鍵を破るだけだ」

 扉と受座の間にナイフの先端を、刃を下にして差し込む。位置的には、かんぬきのすぐ上。ナイフの刃でかんぬきを斬り、無理やり解錠してしまおうというわけだ。刃が傷むので、本当はあまりやりたくないのだが、力任せにぶち破ったら、扉が外れてユノに怪我を負わせるかもしれない。当然ながら、この方法はかんぬきがある程度劣化していなければ成功しない。真新しい鍵の場合は素直に分解を考えたほうがよいだろう。

「ふっ」

 幸いにも、ナイフに一気に体重を掛けると、意外にすんなりとかんぬきを斬ることができた。斬れた、というよりは崩れた、というべきだろうか。どうやら、かんぬきの普請自体がもともと粗悪な上に、この湿気で完全に腐っていたようだ。これなら、無理に鍵を破らなくても、扉を普通に開けようとしただけで、かんぬきが破断していたかもしれない。

 鍵を破ると同時に、扉が奥に向かって開く。私は、ユノをこれ以上怖がらせないようナイフを納め、可能な限りの笑顔を浮かべてユノに近づいた。それでも、ユノはこちらに対する警戒を解こうとはしない。無理も無い話しではある。私が盗賊連中の仲間ではないという確証は、何も無いのである。私は、マントの左をめくり、その下のチュニックにピン止めされた従事者章を見せることで、身分を証明することにした。組合員証を出すのが面倒だっただけだが。

「私はミオ=ルーシア。ギルドの命を受けて来た。とにかく、無事で良かった……さあ、ここを出るぞ」

 笑顔を絶やさないまま――それは私にとって、かなりの忍耐を要することだったが――私はユノに語りかけた。ゆっくりとユノに近づき、肩に手を添える。それが彼女の琴線にどう触れたのか……大きな目からはみるみるうちに涙があふれ、やがてユノは、まるで赤ん坊のように号泣し始めた。私に抱きつき、しっかりとチュニックの裾を握り締めている。これはしばらく泣き止みそうに無い。仕方なく、私はその小柄な少女を優しく抱きすくめてやることにした。



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