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泡を吹いて気を失っているアモットとジョナサンをロープで縛り上げ、私は室内を物色した。物色、というほど広い室内でもなく、置かれているのはテーブルと椅子、そして部屋の隅に宝箱。第一の目標である、馬車の積荷は、どうやらこの宝箱の中に入っているようだ。この宝箱というのがまた年代もので、結構な大きさがある。鍵がかかっているが、その鍵はアモットが持っていた。ただよほど大事だったのか、その鍵は彼が腰巻の内側に縫い付けていた袋の中にあったので、探すには色々な意味で難儀したのだが。
古めかしい鍵のあちこちに錆が浮いており、本当に開くのか少々心配である。鍵穴に鍵を差し込み、右にひねると軽い音を立てて鍵が開いた。私の心配は、杞憂に終わったようだ。
宝箱の中には、石造りの小箱と、汚いずだ袋がひとつずつ入っていた。小箱にはさらに鍵がかけられている。こちらの鍵穴は真新しく、小箱も目立った傷がなく、きれいなものである。蓋には帝国を象徴する、炎を吐く竜の紋章が彫られており、紋章の部分には金箔が施されている。重要な書簡などを保管、運搬するために伝統的に用いられている箱である。石といっても、そこかしこに転がっている岩石ではなく、翡翠を加工して作られており、衝撃には強い。どうやら、これが今回の依頼の目的物のようだ。持ち上げると、ずしりと重い。何が入っているのか、非常に興味がそそられるが、詮索はしないことにする。それは依頼の範疇ではないからだ。また、帝国の紋章が入れられた封印物をむやみに開封すると、下手をすれば機密漏洩の罪で拘束されかねない。機密の内容によっては死刑すら適用されるほどの重罪なのだ。好奇心の代償としては、高すぎるだろう。私は、ポーチから布製の袋を取り出すと、その中に小箱を入れて口を縛り、袋に付いている留め具でしっかりとベルトに固定した。腰にぶら下げるにはかさばりすぎるが、致し方あるまい。
もうひとつの中身であるずだ袋には、細々とした貴金属類がいくつか入っているだけだった。こちらは乗り合い馬車を襲ったときに戦利品だろうか。それならば、ジーナがユノ=マイセンに奪還を依頼した指輪も入っているかもしれない。生憎、私はその指輪の形状を知らないので、袋ごと持ち帰ることにした。
ちなみに、依頼遂行の最中に見つけた、所有者の判別できない物品については、原則として見つけた冒険者の物となる。冒険者の中には、こうした物品を見つけることにロマンを抱くものもおり、特にトレジャーハンターと呼ばれる。尤も、それ以外の冒険者の間ではあまり評判がよろしくなく、時には盗賊もどきと揶揄されることもあるとか。
閑話休題。
目的の物はこれで入手できたので、あとはアンドリューがオプションと公言して憚らないユノ=マイセンの救出を完了し、帰還するのみである。ユノ=マイセンは、このさらに階下の牢獄に入れられている。牢獄の鍵もアモットが所持しているものと思っていたが、いくら彼の体を探っても、それらしきものが出てこない。ジョナサンの体も同様にまさぐるが、やはり無い。テーブルの上や周りの床を探しても見つからないところを見ると、滅失してしまったのだろう。まさか鍵をかけていないということは考えにくいので、施錠の際は鍵が必要ない仕組みの牢獄なのかも知れない。最悪、打ち破るしかないだろう。
牢獄につながる階段を降りていく。たいまつは設置されていないが、代わりに壁面のところどころに、ヒカリダケという発光するキノコが生えており、足元は思いの外明るい。しかし、階段自体がかなり風化しており、一歩一歩に慎重さが要求された。
かなり下ったところで、ようやく階段が終わりを告げ、石材でアーチ状に保護された通路が現れる。そのどん詰まりには、腐りかけた木の扉。一応、向こう側から開けられないようにかんぬきが掛けられているが、それとて、どこで拾ってきたかも知れない、妙にねじくれた木の棒という始末で、扉板は朽ちてぼろぼろになっており、向こう側がかすかに見通せる。もはや扉の体を成していないといっても過言ではないだろう。
かんぬき代わりの木の棒を取り外し、扉を押し開けると――取手は既に腐って落ちていた――蝶番がいやな音を立ててきしみ、扉が開く。
空気の流れがないせいか、牢獄の中は黴と埃の臭いが充満していた。湿度も高く、空間自体が狭隘であることも相まって、非常に息苦しい。監房は通路を挟んで向かい合わせに並んでおり、その入り口はすべて通路に面しているようだった。手前から順番に、中を確認していく。監房の広さは、せいぜい人が一人横になれる程度であり、隅のほうに、口の欠けた壷が置かれている。おそらく、トイレの代わりだろう。環境としては、精神的にも衛生的にも劣悪の一言に尽きる。並みの神経の人間であれば、一週間もいれば精神が参ってしまうだろう。自生しているヒカリダケのおかげで、僅かでも光源が確保できているのがせめてもの救いだ。