姫ですが、魔王が迫ってきたのでビンタしたら死んじゃいました!
私はフランゼ。ある王国の姫なのだけど、今は魔王に捕らわれて薄暗い部屋に幽閉されている身。
だけど、くじけたりしない。
だって勇者様が、勇者アデス様が必ず私を助けてくれるから!
現に、勇者様は私を救出するため、この城めがけて快進撃を続けているとのこと。
私が勇者様に助けられて、結ばれて、ハッピーエンドになる日も近いわ!
だけど、そんな私の前に魔王がやってきたの。
「クックック……フランゼ姫よ」
魔王の容姿は人間に近い。
頭に角こそあるけど、人間のような長い髪が生えており、服も着ているし、マントをつけ、靴も履いている。顔もイケメンの部類だ。
だけどよくよく見ると、その皮膚は青白く、歯や爪は鋭く、やはり魔族は魔族と思い知らされる。
それになんといっても、性格は残忍。私をさらったのも王国の希望の象徴たる姫を手中にして人間を絶望させたいなんて理由だし、勇者様に負けて逃げ帰ってきた部下を容赦なく殺害することもあった。
それでも今まで私に手をつけることはなかったのだけど――
「お前にとっていい知らせだ。勇者アデスがこの城までやってきた」
「……!」
やった。ついに勇者様が来てくれたのね。
「だが、この城を守る魔族は今までとは比べ物にならぬ強さだ。勇者がここまでたどり着くことはできん。仮にできたとしても、余には敵わぬ」
魔王の強さは私も知っている。だけど、希望は見えている。私もつい口答えしたくなる。
「あら、だったら私に知らせる必要なんかないのに、なんでわざわざ知らせに来たの? 少なからず動揺しているから、私を脅して平常心を保とうとしてるんでしょ?」
図星を突いたつもりだったけど、魔王はニヤリと笑う。
「そうではない。勇者の死体を喰らう前に、姫の味を見ておくのも一興と思ってな」
「え……」
こいつ、なにを考えてるの。
「姫、お前は美しい。流れるような金髪、琥珀色の瞳、白い肌、整った顔立ち、どれをとっても素晴らしい。余は人間など殺すか奴隷にするかしかない存在だと思っているが、お前だけは別だ。時が来たら余の魔力によって永遠の命を与え、永久に愛でてやろう」
突然恐ろしいことを言い出した。
こんなことを考えていたなんて……。
「勇者を倒すまではおあずけにしようと思っていたが、いよいよこの城が戦場になったということもあり、どうも興奮を抑えられなくなってしまってな」
「なんですって……」
「まあ、今は口づけだけだ。まずは前菜としてその唇を味わうとしよう」
魔王が迫ってくる。
「や、やめてっ!」
「ククク、いいぞ。そうやって嫌がる女を服従させる方が楽しいからな」
鬼畜じみたことを言って、魔王が眼前に立つ。
「安心しろ。本番は勇者を始末してからだ」
「いやっ……いやぁっ!!!」
私は思い切り魔王の顔面を平手打ちした。
バシッといい音がした。もちろん、無駄な抵抗をしても魔王をますます喜ばせるだけだろうけど――
「ん?」
魔王が仰向けに倒れている。え、どうしちゃったの?
顔を見てみると、魔王は白目をむいて、ぐったりしていた。
え、ホントにどうしちゃったの!?
もしかして、からかってるのだろうか。
体をつんつんしてみるけど、ちっとも反応がない。
そういえば、魔族の身体構造は人間とかなり近いと聞いたことがある。
おそるおそる顔に耳を近づけてみる。
……呼吸してない。
胸を触ってみる。
……動いてない。
ひょっとして……死んでる?
え、噓でしょ? なんで死んでるの? まさか、あのビンタで?
確かに我ながら、腰が入って、手首のスナップがきいたいいビンタだったけどさ。
あれ一発で死んじゃうなんてあり得ない。
えーと、これで死んでいたとして、私はどうなっちゃうの?
なんらかの罪に問われちゃう?
例えば――
『本日、殺魔王の容疑で、フランゼ姫17歳が逮捕されました。ビンタが致命傷になったとのことです。本人は殺意を否認しており……』
――こんなことになっちゃう!?
いえいえいえ、大丈夫よ。
元々は私をさらった魔王が悪いんだし、正当防衛になるはず……。
それより問題なのは、このまま勇者様がここに来たら――
『魔王を殺してしまったのかい!? せっかくの僕の活躍の場を奪うなんて、なんてひどい人だ……! それに魔王を殺してしまうような物騒な姫とは結婚できないね。さようなら!』
――こうなっちゃう!
まずい、まずい、まずい。
どうにかして魔王を生き返らせなきゃ!
ったく世話焼かせないでよね!
体をゆすってみよう。
うーん、十回ぐらいゆすったけどダメ。
顔面を叩いてみよう。
うーん、十回ぐらい叩いてみたけどダメ。
心臓マッサージをしてみよう。
うーん、十回ぐらい胸を圧迫したけどダメ。
だとしたら……人工呼吸?
魔王の唇に息を吹き込むしかない?
さっきキスされそうだったのを拒んで、こっちからキスするなんてバカみたいだけど……やるしかないか。
私は白目をむいている魔王の顔面に唇を近づけていく。
「姫ーッ!!!」
……この声は!? 勇者様だ!
さっき城に入ったばかりなのに、もうここまで来ちゃったの!?
すごいことだし嬉しいけど、このままだと勇者様は魔王の死体を発見しちゃう。そうなったらハッピーエンドはなくなる。ええい、こうなったら!
「この部屋か!?」
勇者様が部屋に入ってきた。
久しぶりに見る勇者様はやっぱりかっこいい。
さらっとした青みがかった髪に、眉目秀麗な顔立ち、白銀の剣と鎧がその精悍さをより一層引き立てる。男子とはこうあるべき、といった風情の外見だ。
一方の私はというと――魔王の全身をなんとか立たせて、その後ろでその体を支えていた。勇者様に見とれている余裕はない。
「魔王!? こんなところにいたのか!」
話しかけられた。魔王は死んでいるので、私が魔王の声をやらないと……。
「ククク、よくここまで来たな、勇者よ」
「……? ずいぶん高い声だな。まるで女性みたいだ」
そうよねえ、女性なんだから。
「姫はどこだ!?」
なんて答えればいいんだろう。
余の真後ろだ、なんて返したらバカみたいよね。
「さあな……余を倒して自分で探すんだな」
「そうさせてもらう! 姫はこの僕が必ず救い出す!」
熱い台詞を吐いてくれちゃって……。私の胸も熱くなっちゃう。
「行くぞ、魔王ッ!」
勇者様が斬りかかってきた。
ど、どうしよう。このまま斬られちゃえばいいのかな?
だけど、魔王が一撃でやられてしまったら、勇者様も死因を怪しんで、私の殺魔王が発覚しかねない。
仕方ない、こうなったら――
「来るがいい、勇者!」
私は魔王の腕を操り、勇者様の斬撃を受け止めた。
「くっ……さすが魔王だ!」
勇者様を勝たせるにしても、ある程度の手応えを感じてもらわなきゃね。
ボスが弱かったら張り合いがないもの。
「フハハ、この程度か、勇者ァ!」
私は魔王の死体を背後からマリオネットのように操り、勇者様と戦った。
途中、危うく勝っちゃいそうになったけど、そういう時は攻撃をやめて勇者様に休憩タイムを設ける。
そんなこんなで、勇者様の一撃がついに魔王の胸のあたりを直撃した。
私は魔王の最期の声を上げる。
「ぐはああああああっ……!」
「やった……! ついに魔王を倒した……!」
私は魔王の死体を投げ捨て、勇者様と対面する。
「勇者様!」
「姫!? そんなところにいたのか!」
「ええ、魔王に“余の後ろにずっといなきゃいけない呪い”をかけられて……」
「なんて珍妙な呪いだ……。だけど無事でよかった。僕の攻撃が当たったりしてない?」
「ええ、それは大丈夫。ありがとう……」
私と勇者様は見つめ合い、桃色の雰囲気に包まれていく。
ついに……ついにこの時が来た。夢にまで見たハッピーエンド。
勇者様が私の肩に手を当て、甘い眼差しで見つめてくる。私もそれを受け入れる。
二人の間にもはや壁はなく、唇と唇が触れ合おうとする。
ところが――
「おのれ……小娘ぇ……!」
魔王!? え、生きてたの!?
うーん、推測するに、私のビンタでおそらく魔王は仮死状態になっていた。
だけど、勇者様の攻撃がいい感じの心臓マッサージになっちゃって、よみがえっちゃった。ってところかな。
「よくも余にあのような一撃を……殺してやる……!」
当然だけど、私にビンタされたところから、記憶がないみたい。
勇者様は私から離れて、剣を構え直そうとする。
魔王はじりじり私に迫ってくる。
あまりにグチャグチャな状況に、私のフラストレーションは一気に頂点に達した。
「死ね、小娘ぇ……!」
「せっかくいいところだったのに!!!」
私は迫ってきた魔王の顔面を鷲掴みにすると、そのまま床に叩きつけた。
ゴッという鈍い音がして、魔王は動かなくなる。
そのまま魔王の肉体は、じゅうじゅうと溶けて消えてなくなってしまった。
今度こそ魔王は死んだ……。
やったわ。というか、やってしまった……。
だけどこうなったら仕方ない。強引にでもハッピーエンドに持っていこう。
「ねえ、勇者様」
「な、なんだい?」
私に対して怯えている勇者様に、私は大声で叫んだ。
「ハッピーエンドよねえ!? ねえ!!?」
「は、はい……ハッピーエンドです……!」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




