どうせと万が一
「どうせ、今回も落ちるよ」
カフェの窓際席に座った北原悠真は、手元の履歴書を見つめながらぼそりと呟いた。
「万が一、受かるかもしれないでしょ?」
隣で明るく言ったのは、光崎美咲。小さな頃からの幼馴染で、今では駅前のカフェでバイトをしている。昔から、悠真が「どうせ」と言えば、美咲は必ず「万が一」で返してきた。
「どうせ無理だって」
「万が一ってこともあるよ」
そんなやりとりを何度繰り返しただろう。
悠真は就活のたび、夢に手を伸ばすたびに「どうせ」と自分にブレーキをかけてきた。美咲はそのたびに笑いながら、「万が一があるかもしれない」と前を向かせようとしてくれた。
「お前さ、よくそんなにポジティブでいられるな」
「ポジティブっていうより、習慣かな。昔からそうだったでしょ?」
その通りだった。小学校の運動会、雨の予報が出たときも、
「どうせ中止だよ」
「万が一、晴れるかもしれないじゃん」
大学受験も、就活も、何かにつけて「どうせ」と口にする悠真に、美咲はいつも「万が一」を差し出してきた。
ある日、美咲がカフェにいなかった。
最初はたまたまだと思った。しかし次の日も、その次の日も姿を見せない。
「光崎さん、最近見ないですね」
意を決してマスターに聞いてみた。
「ああ、美咲ちゃんね。入院したんだよ。病気が再発して……余命半年って医者に言われたらしくて」
その言葉が耳に入った瞬間、悠真は頭が真っ白になった。
走って、病院に向かった。何も考えられなかった。ただ、美咲の顔が浮かんだ。
病室の扉を開けると、美咲はベッドの上で窓の外を見ていた。髪は少し短くなっていて、顔色も心なしか青白い。
「……悠真?」
「どうして何も言わなかったんだよ」
「だって、どうせ言ったって、心配するだけでしょ……」
その言葉に、悠真は口をつぐんだ。
「……もう“万が一”なんて言えないや」
美咲は力なく笑いながら言った。
「私、生きていけないんだって……」
肩を落とす彼女を見て、悠真は初めて、この言葉を口にした。
「万が一、だろ」
「え?」
「お前がいつも言ってただろ。万が一、生きられるかもしれない。そう思わなきゃ、前に進めないって。……だったら今も、万が一って言えよ」
美咲は目を見開き、そして涙を浮かべて笑った。
「……なんか、逆だね。いつもと」
「そうだな」
「でも……ありがとう」
半年後、美咲はベンチに座っていた。
季節は春。桜が舞い、病院の敷地内には笑い声が溢れていた。
隣に座る悠真が、美咲にゆっくりと言った。
「今さ、どうせ無理だろって思って言えない言葉があるんだ。いつものように万が一があるかもしれないって言ってくれないかな」
美咲は目を見つめて頷いた。
「いいよ、万が一があるかもよ、言ってみて」
「ずっと好きだった。付き合ってください」
「ねぇ、悠真」
「ん?」
「万が一って、意外と起こるよね」
二人は笑いあった。
どうせ無理、でも万が一、希望が灯る音がした。
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