年増
「このクッキー、どうして作ったの? 材料は何?」
「どうしてって、それは、ミモザ様をお慕い申し上げているからで、材料はごく普通のものです。自分で購入したバターと小麦粉、それに牛乳。安価な物ではありますが、新鮮です」
「つまり、貴方は今日市場で買ってきたどこの物とも分からない商品からクッキーを作ってミモザ様に渡そうとしたんだ。入れたのは、さっき言った材料だけ?」
「え? あ、はい。あの、どうしてそんなことを? 確かに私ごときが目利きして選んだ材料ですから、品質も悪く、新鮮と喧伝しながらも実際には古びたものかもしれません。そもそも、材料が優れていても獣人である私が作っているのでばい菌だらけかもしれませんし、毛も混入しているかもしれませんが」
「ふぅん」
マリアは長い尻尾を足に巻きつけ、瞳を真っ赤に潤ませている。
今にも泣きだしそうな彼女を威圧的に睨みつけたまま、犬井はクッキーを自身のポケットへと仕舞い込んだ。
「このクッキー、没収させてもらう。毒があるか調べるから」
「ど、毒!? そんなもの入れてません! 私はただ、お忙しいミモザ様に少しでも休んでいただきたくて!」
「材料すら不明のよく分からない物騒なクッキーを持ち込んでミモザ様たちの仕事や心労を増やした貴方がそれを言うの?」
淡々と問えば、マリアは「えっ?」と間抜けな声を上げて固まった。
「マリア、本当に分かってないの? 今、屋敷は主の結婚が理由でピリピリしてる。式をぶち壊すものがいないか、二人を害すものがいないか、常に警戒している。それこそ、私が一日中警護に当たるほどに。それなのに、貴方は平常時にすら持ち込んではいけない使用人お手製の正体不明の食べ物をミモザ様に与えようとしたの。仮にクッキーがごく普通のものだったとして、それでも私は貴方にそれ相応の罰が下ってもおかしくないと思ってる」
犬井の目付きは依然と厳しいままで、耳はジッとマリアの方を向き、ガルガルと犬歯を逆立てている。
彼女からの厳しい言葉にマリアは目を丸くすると、それからミモザの方を向いた。
「私は、そんなに悪いことをしてしまったんですね。申し訳ございません。ミモザ様からの罰でしたら何なりとお受けいたします」
殊勝に言葉を出すマリアは耳をペタンと柔らかく寝かせ、尻尾をくねらせている。
潤む瞳は熱心に許しを請うてミモザを見つめている。
それを犬井が首根っこ掴んで無理やり自分の方へ向かせた。
「罰を決めるのはミモザ様じゃないよ。今回の件を任されている私。とりあえず貴方はクッキーの正体が分かるまで客間に軟禁させてもらう。クッキーの正体次第では、住処が屋敷から牢屋になるかもしれないけどね」
マリアの体を軽く持ち上げたまま、ペッと野良猫を外へ放り出すように執務室の外で待機していた兵に彼女を渡した。
弱々しく無抵抗なまま、マリアは兵に連れられ部屋へと歩いていく。
一仕事終えた犬井は、振りかえればミモザに非難がましく見つめられていた。
「どうしたの、ミモザ様。不満?」
「ええ、だって、ちょっと厳しすぎない? あの子、終始泣きそうになってたわよ。マオは声が怖いんだから、もう少し……」
「あれはわざとですよ。マリアは罪人です。なら、それ相応の態度をとらないと」
「罪人って、小さな女の子が差し入れをくれたくらいで大袈裟じゃない? 確かに時期は悪いけれど」
ゴニョゴニョと口の中で言葉を消費するミモザは落ち込みがちだ。
きっと、十になったか否かの少女を犬井が虐めているように見えたのだろう。
高圧的な態度はミモザに危害を加えた使用人を思い出させ、過去のトラウマを刺激したのかもしれない。
犬井はフルリと首を横に振った。
「ミモザ様、マリアは見た目ほど若くないですよ。多分、三十はいってると思う」
「え!?」
「体は小さいし、全身がモフモフしてるタイプだから分かりにくいだろうけど、マリアは年増だよ。匂いと毛の状態で分かる。分別がつかない年じゃない。それに」
言いかけて、犬井は口をつぐんだ。
ミモザは不思議そうな様子で犬井の次の言葉を待っている。
『それに、マリアはミモザ様に発情していた』
自身が侮辱された時。
責め立てられた時。
マリアは興奮し、発情していた。
犬井に詰られても対象はミモザだ。
マリアは常にミモザだけを見つめ、彼女に特殊な感情を向けていた。
『ミモザ様を慕っているのは嘘じゃないのかもしれない。でも、自分ですら不潔かもしれないと認識しているクッキーを差し入れようとしたり、ストーカーみたいに何日も周囲をうろついてたり、とにかく気味が悪い。単純な好意すら毒になるんだ。変質者の好意がどういう結果をもたらすかなんて、分かった物じゃない。警戒するに越したことはない』
ベルテをチラリと見れば、彼はコクリと頷いた。
おそらく、ベルテも匂いや気配から犬井と同じ様にマリアの状態を知り、彼女を警戒の対象に入れたのだろう。
そのままミモザに視線をやれば、今度は、彼は首を横に振る。
『マリアのこと、伝えない方針なのか。気持ちは分かる。こんな時に心労を増やしたくない。今の段階では、私とベルテ様だけ、マリアを警戒すればいいんだろうし』
犬井はベルテにコクリと頷き返して、それから話をうやむやに終わらせると再び警護に戻った。
ミモザは初め、納得がいかなさそうな表情をしていたが、数時間後にはマリアのことも気にならなくなっていたようだった。
『大物過ぎる』
あっさり仕事に戻る彼女の図太さにホッとしつつ、本人だけマリアの異常性に気が付けない鈍さに犬井は少しミモザが不安になった。




