番犬としての初仕事
護衛生活が始まるに従い、犬井の居住は小屋からミモザの寝室の隣へと移った。
また、犬井は仕事場が屋敷となった関係で汚れの染みついた作業服を仕事着にすることができなくなり、メイド服を身に着けている。
この犬井のメイド服だが、彼女はミモザ付きの護衛メイドとして他の使用人から明確に差をつけられる必要があり、特別製だ。
素材は一級品でフリルやボタン、リボンなど装飾も多く、主には劣るが使用人らの中では随分と目立つ豪奢で愛らしいデザインをしていた。
通常、主から与えられれば泣いて喜ぶような品だが、犬井は「動きづらい」、「有事の際の戦闘に不向きだ」と文句を溢してミモザに叱られていた。
なお実際の仕事の方だが、護衛だからと言って番犬のように一日中周囲を警戒し、唸っていたのでは犬井もミモザも疲弊してしまう。
そのため、基本的にはミモザの近くで彼女を守りつつも、日中は書類整理や資料探しなど彼女から離れない範囲で執務の手伝いをしている。
また、定期的に屋敷内をパトロールして情報収集したり、不審物を探し出すのも彼女の重要な役目だ。
現在はベルテも訪れているため、ミモザだけの時よりも警戒を強め二人を守っていた
「二人で一緒にいてもらえる方が守りやすいからいいんですけど、本当にずっとくっついてるんですね」
仕事の休憩中、ベルテの膝に座り込んで茶を啜るミモザを眺め、犬井が何の気なしに感想を溢す。
ベルテは「まあね」と満更でもない様子で頷くが、ミモザは、
「何よ、悪い? 確かに今は休憩中だから多少彼に甘えているけれど、仕事はちゃんとしてるわよ。彼と一緒にいるのだって、業務上、必要だからだし。反対に離れなきゃいけない時はきちんと離れているわよ」
と、顔を真っ赤にして憤慨している。
「いや、別にサボってるなんて思いませんよ。むしろ、ミモザ様の近くにいて当主って大変なんだなって思うようになりました。決めること、多そうだし、責任、重そうだし。一日に会う人間の数も思っていた五十倍くらいいるから、人見知りで繊細なミモザ様は凄く疲れると思います。休憩中くらい、私の目を気にせず存分に甘えたらいい」
犬井は両手で目を隠すと、クルリとミモザに背を向けた。
何も見ません、口外もしませんよというジェスチャーであり、犬井なりの気遣いだ。
しかし、ミモザはギョッと目を丸くすると慌てて首を横に振っている。
「む、無理よ、マオがいないみたいにベルテに接するなんて。大体、今だって貴方が護衛に入る前と変わらないし」
「嘘は良くないですよ。私が来る前、ミモザ様はベルテ様に積極的に抱き着いて胸元に顔を埋めていた。ふすふす嗅いでいたし、いっぱいキスされていたはずです」
「なっ! 何を根拠にそんな辱めを! 主に対する侮辱だからね」
「事実を言って、なんで侮辱になるの。普通にミモザ様がベルテ様にベタベタするところを見かけたことがあるだけだし、何より、いつもはミモザ様から漂うベルテ様の匂いが強いから、その分イチャイチャしてるんだろうなって思っただけです」
「ふぇ!? 見られ……にお……」
告げられた出来事がミモザの小さなキャパシティを容易に超えてしまったのだろう。
ミモザは顔を真っ赤にして口をパクパクとさせると、その場で固まった。
反対にベルテは嬉しそうに笑ってミモザの顔に自分の頬を擦りつける。
「だってさ。バレちゃってるなら遠慮しなくてもいいんじゃない。少なくとも、僕はこれから一ヶ月も君に甘えてもらえないなんて寂しいしつまらないな」
ミモザのこめかみに触れるようなキスをすれば、彼女はビクリと肩を震わせた。
彼女を抱く腕に力を込め、体を密着させればミモザは悶えて柔らかく暴れ出す。
「駄目よ、ベルテ。流石に恥ずかしいわ」
キュッと目を瞑り、顔を背ければベルテはしゅんと落ち込んだように耳を下げる。
「でも、寂しいよ?」
「うぇ!? で、でも……そんな顔しないでよ、ベルテ」
気の強いミモザだが、ベルテには随分と弱い。
押し切られて甘えられるまで、あと数十秒も無いだろう。
『ミモザ様、ベルテ様とイチャイチャできていいな。私もトレーに甘えたい』
最近のトレーは犬井のためにとお茶会に頻繁に顔を出すようになっていたのだが、それでも、会える時間は限られてしまう。
また、トレーの方からストップがかかるため、犬井の思うようには彼に甘えられない。
犬井はだいぶストレスが溜まっていて、八つ当たりをするように無意識にブンブンと尻尾を振っていた。
『会いたい。とても会いたい。でも、お仕事終わったらいっぱいご褒美くれるって言ってたから、頑張ろう』
トレーの笑顔を思い浮かべ、キュッと手を握る。
気合を入れ直した時、ふと、執務室の扉の外から違和感のある気配を覚えた。
『まただ。この感じ、流石に勘違いじゃない。ミモザ様に用もないくせに毎日ウロウロと、気持ちが悪い。今日は捕まえる』
犬井はつまみ食いされる寸前のミモザに「行ってきます」と声をかけると執務室を出て、それから約五分後に再び部屋に帰ってきた。
その手には気を失った猫獣人の姿がある。




