川辺の告白
お茶会からの帰り道。
屋敷と森を繋ぐ小道にトレーが立っていた。
「あれ? トレー、珍しいね。屋敷の近くに来るなんて。何かあった?」
「いや、まあ、あったというか、なんというか」
トレーは片手を背中に隠したまま、妙にソワソワとしている。
ただ、その姿に焦りや嫌な緊張は感じない。
むしろはしゃいだ雰囲気のトレーに犬井は首を傾げた。
「なあ、マオ、寒いのは平気か?」
「比較的。コートも着てるし、この体、寒さに凄く強い。トレーは?」
「俺も着こんでいるから大丈夫だ。獣人の血が流れている分、ただの人よりは寒さに強いし。マオ、平気なら川に行こう」
「川?」
「ああ、川だ。サリアが近くで眠っている川だよ」
手を繋ぎ、嬉しそうな急ぎ足で川へ向かう。
すぐに到着した小川は一部が凍っていて、氷と氷の間を流れる小さな水の線が美しい。
雪の重みで垂れた木からは立派なツララがはえていて、まるで氷の実でも生っているようだった。
「前よりも綺麗」
犬井が目を丸くすると、トレーが得意そうに笑う。
「前回来た時よりも冬が深まっているからな。今日は暖かいから川も凍りきってないが、特に寒い日で川も完全に凍ると、その上にミモザ様やベルテ様が上りたがって大変だった。それに、ミモザ様はデカいツララなんかも欲しがったからな。この時期の外は川に限らず危険ばかりで、おまけに寒いから外出したくなかったけど、二人には随分と連れ回されたよ」
「ミモザ様はともかく、ベルテ様もか。二人とも、意外とヤンチャだったんだね」
「寒さに関してはベルテ様の方が強いからな。夏よりも冬に外出したがったっけ。サリアがいた頃は雪の中でかくれんぼもした。サリアさ、すごく小さい真っ白な毛の塊だったんだけど、寒さには異常に強くて雪の中に潜り込んだりもしたんだよ。そいつがかくれんぼに参戦するもんだから俺らは全員、雪を掘り返してアイツを探した。おかげで遊び終わる頃には全身雪まみれ、ずぶ濡れだったな」
思い出を語るトレーは苦笑いだが、どこか懐かしい笑みを浮かべており幸せそうだ。
犬井も楽しそうに話すトレーが好ましかった。
「俺さ、基本的に川が嫌いなんだ。父親と母親が出会ったのは多分この川だし、サリアの死体を洗ったのもここだから、嫌な記憶が染みついてる。でもさ、思い返せばいい記憶も無数にあって、それもさ、どういうわけかこの川に結びついちまってるんだよな」
「トレーは川が嫌いだけど、好き?」
「そうだな。マオにって思ったら、真っ先に思い浮かんだのもこの場所だったし」
「私に? 何の話?」
不思議そうな様子の犬井にトレーが照れた様子で笑う。
それから彼は左右に視線をやり、少し身じろぎをすると、観念した様子でずっと隠していた左手を犬井に差し出した。
「花?」
緊張で汗ばむトレーの手には一凛の花が握り込まれている。
真っ白い雪のような花弁は大振りで五枚。
適当な場所で手折られたらしい茎は今も鮮やかだ。
そよ風に揺れる美しい花を犬井はそっと受け取った。
「トレー、ありがとう。でも、何で急に?」
「なんでって、その、告白とかする時には花を贈るのが良いのかなって思ったから」
「告白!?」
思いもよらぬ単語に犬井がギョッと目を丸くすれば、トレーが恥ずかしそうに彼女をなだめる。
「毛を逆立てまで驚かなくてもいいだろ。俺だって、色々考えたんだよ。自分のこととマオのこと、それと、これからのことをさ。ようやく、認める決心もついた」
「認めるって、何が?」
「マオを好きだってこと。俺、マオのこと、その……愛してる。かわいくて、優しくて、大切なんだ。ずっと一緒にいて欲しいと思う」
照れて少しずつ言葉を出すトレーに対し、犬井の大きな目が輝きを増していく。
耳や尻尾もパタパタと嬉しそうに揺れて、その姿はご褒美を目前にした犬だったが、彼女は人間なので「待て」を聞くことも無く、欲求のままにトレーに抱き着いた。
「トレー、本当!? 本当に本当!?」
「ああ、本当だよ。今まではサリアのこともあって、拗れて、認められないでいたけれど、でも本当だ。俺はマオが好きだよ」
「嬉しい!!」
トレーが潰れてしまわないように加減するが、それでも抑えきれない喜びが彼の体を圧迫する。
少し苦しいぞと数回犬井の頭を押せば彼女はようやく力を緩めたが、それでもトレーの胸に飛び込んだまま、離れる気配が見えない。
「そこまで喜んでくれると俺も嬉しいけど。ただ、お前、花そっちのけなのな。やっぱ、花束じゃなきゃダメか」
プレゼントした花は犬井にギュッと握り込まれていて見向きもされない。
存在すら忘れられていそうで、トレーは寂しそうな表情を浮かべた。
「そんなこと無い。嬉しい」
「なら、もう少し花のことを見てやっても良くないか? 俺、お前に告白しようって思った日から毎日暇を見つけては花を探して歩いたんだけれど」
「そうだったんだ。もしかして、お昼のやつ?」
「そうだよ。どうせだから少しくらいロマンチックにしたくてさ。それなのに、俺にばっかりがっつきやがって」
「だって、最近のトレーは塩対応だったから、飢えてたし」
「それも、ちゃんと恋人になるまではヤラシイこととかイチャつくのは控えようって思って加減してたんだよ。意味のある塩対応だったんだ。お前も俺が構えば困るって逃げ回ってたくせに、すぐに誘惑して、甘えるようになりやがって」
軽い怒りを込め、ギュムッと尻尾を掴む。
すると、犬井は「キュンッ」と情けない声を上げ、少しだけトレーに抱き着く力を弱めた。
「ここ、外だから、尻尾ひっぱっちゃだめ。エチチトレー」
そういう割にトレーの手の中から尻尾を逃がす気配はなく、むしろ脱力したままトレーにのしかかって甘えている。
文句を紡ぐ声も甘ったるく、涙の浮かぶ上目遣いは更なる触れ合いを強請っていた。
「スケベなのはマオの方のくせに。大体、お前はこういう俺が好きなんだろ。触るのを控える紳士的な俺じゃなくて、悪戯をしてくる俺が」
「うん」
「素直な所、嫌いじゃねーよ」
頭を撫でると幸せそうに笑ってゆったりと溶ける。
「マオ、ずっと一緒にいよう。俺は魔獣とマオがいれば幸せだから」
「私も、トレーが居たら幸せだと思う。前より一緒にいよう。もっとたくさんくっついて、一緒に美味しいものを食べよう。お風呂にも入って、一緒に眠ろう。楽しい事、全部一緒がいい」
「ああ。俺は、辛いことも苦しい事も一緒がいいな。マオがいてくれたら、きっと立ち向かえるから」
「分かった! 全部一緒だ!」
犬井の様子は単純で楽観的で、勢いの良い犬のようだ。
そんな姿がトレーにはどこか頼りなく映ったが、それでも彼女の「側にいる」と言う言葉は本物で、愛情も疑う余地がなかったから安心できた。
「マオ」
柔らかく名を呼んで、顔を上げさせる。
犬井の唇に触れるように自身の唇を重ねた。
数秒後、口を放したカップルは妙に照れていて可愛らしい。
川には幸せで美しい記憶がまた一つ増えた。




