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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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とっくに与えられていた救い

 十年以上前に自ら石で掘った墓石を見つめる。


「まともな道具も無くて、河原で拾った石ころを適当に見つけた尖った石で掘るなんて真似をした。だからだろうな。全然似てねえよ」


 トレーは小さく笑った。


「サリア」


 意外にもあっさり名前を呼ぶ。


 穏やかな声は愛情に満ちていて、黙とうを捧げる姿は修道士のようだ。


 数分後、静かに目を開けて地面へと屈みこむ。


「サリア、俺の代わりに貰ってくれ」


 トレーは迷いなく小瓶の蓋を開けると、墓石付近の地面へ薬を流し込んだ。


 元から少量しか入っていなかった薬はすぐになくなり、最後の一滴も湿った土に飲まれていく。


 少し離れた場所から見守っていた犬井はトレー奇行に驚き、大慌てで彼の元へやってきた。


「トレー!」


「なんだよ、そんなにビックリした顔して。どうかしたか?」


「だって、今! 薬!!」


「俺と口論した時だって声を荒げなかったくせに、これには動揺するのな」


 耳も尻尾もピンと張ってトレーの顔と地面を交互に見る犬井に、彼は面白そうに笑って悪戯っぽく空の瓶を振った。


 トレーの声や表情は明るい。


 やけになった様子はなく、晴れやかな雰囲気だ。


 落ち着いたトレーの様子に犬井もホッと安心した。


「トレー、薬を飲むのやめたんだ」


「ああ。アイツのことを忘れても楽になれないって気づいたからな。許してもらうのが一番だ。俺も、ミモザお嬢様たちみたいにサリアのことを覚えておくよ。楽しかったことも、辛かったことも全部。それが一番、サリアへの贖罪になる」


「トレー、それはちょっと違う」


「違う? 何がだよ」


「贖罪の部分。トレーは、もう謝った。これで贖罪は終わり。あとはサリアに感謝をするため、そして、自分で大切な思い出を無くさないようにするために覚えてる。それだけ」


「死者にこれ以上できることはないって話か」


「ちょっと冷たいかもしれないけど、区切りはつけなきゃいけないから」


「そっか。そうかもな」


 トレーが寂しそうに笑って頷く。


 犬井も頷き返して、そっとトレーの手を取った。


「トレー、家に帰ろう」


 優しい声に頷き、犬井にならってトレーも踵を返す。


 帰路につこうと歩き始める二人の背後で墓石下にある地面が発光した。


「え?」


 異常に気が付き、振り返る犬井の全身を光が飲み込む。


 次いで、トレーの全身もあっという間に包み込むと、光はさらに強く輝いた。


 光量は強いが人体には無害。


 眩しさに目を焼かれることはなく、ただ、犬井たちの中身を探っている。


 真っ白で美しい光には既視感があった。


『これは、神様の光? でも、なんで?』


 自分の体が光に包まれるのも、犬井は三回目になる。


 正体を知っており、既に体験していることだからこそ犬井は冷静でいられるが、トレーのからすれば全てが未知だ。


 さぞ怯えているのではないかと思い、落ち着かせようとトレーの方を見れば、彼はボロボロと涙を溢していた。


「トレー!? どうしたの!? まさか!」


 自分の情報を探って神様に明け渡した恐ろしい方の光を思い出す。


 慌ててトレーの体を抱き寄せ、必死に声をかけたが、彼の瞳は遠くを見つめるばかりだ。


「なんで……」


 呆然としたままトレーが呟く。


「トレー?」


 犬井が心配そうに声をかけるも、彼からの返答はない。


 ぼやけた瞳で明後日の方向を見つめ、立ち尽くすばかりだ。


 震えた唇が、


「なんで、お前はそんなに優しいんだよ」


 と、問いかけた。


「トレー、どういうこと? どうしたの? 何があったの?」


 明らかに異常な様子のトレーに不安が募り、犬井まで泣きそうになる。


 軽く体を揺すると、犬井の脳にノイズが走った。


『落ち着いて、犬井真緒さん。感動に水を差しちゃ駄目だよ』


 若く伸びのある声は神様のものだ。


 犬井はギョッとして周囲を見回した。


『僕は君の近くにはいないよ。光を媒介して声をかけているだけ』


「そっか、なるほど。ねえ、神様、この光は何? トレーに何が起こっているの?」


 光は基本優しいが、髪の意志が介入すると人間に牙を剥く。


 夢での前例もあるのだ。


 大切な存在が攻撃されている可能性に怒りを感じ、犬井はグルグルと牙を剥いた。


 しかし、神様はいつでも不変な態度でのんびりと笑っている。


『そんなに怒らないでよ、真緒さん。僕はただ、受け取ってもらえなかったプレゼントを別の形にして与え直しただけだ』


「プレゼント?」


『忘却の薬だよ。せっかくあげたのに捨てちゃったでしょう。だから、光はその代わり。彼は今、死ぬ前のサリアの心に触れている』


 死者を蘇らせること、また、生者と死者が触れ合うこと。


 この二つは神様のルールで固く禁じられている。


 だが、トレーと死者の国にいるサリアを直接会わせるのではなく、遺体に刻まれた死の間際の思念を見せるだけならば、そのルールには抵触しない。


 トレーは彼がサリアを引き渡してから死ぬまでの心の動きを見ていた。


『私はどうなってもいい。だから、三人の弟妹が無事で過ごせますように』


 優しい女性の声が聞こえる。


 犬井は声の主がサリアなのだと直感していた。


『光を共有しているからかな。真緒さんにも聞こえたか。そうだよ、その子がサリアだ』


「サリアの声、温かかった。苦しめられて死ぬ直前のものとは思えないくらい優しくて、愛情に満ちてる」


『そうだね。実は僕もサリアに興味が湧いてさ、心を覗かせてもらった。魔獣は人間に近い思考能力を持っていて、それでいて人間よりも無垢なんだ。サリアはね、最期までトレーやミモザ、ベルテの心配をしていたよ』


 魔獣は確かに聡い生き物だが、ボロボロになったトレーと自身を連れ去り、暴行を与えた使用人らを結び付けるような複雑で悪意に満ちた発想をしない。


 直接トレーに殴られなければ、彼に裏切られた、傷つけられたとは思わないだろう。


 単純でどこまでも優しい性格を持つことが多い魔獣の性質にサリアも該当していた。


『サリアはね、自分を呼ぶトレーの声が、助けてって言ってるように聞こえたんだ。だから、飛び出して行った。事情を知っても彼を恨むことはないだろう。サリアは自分を犠牲にしても弟たちを助けたかったんだから。すでにボロボロだったトレーは大丈夫か。今、自分を傷つける使用人らの暴力がミモザに向くことは無いか。姿の見えないベルテは無事なのか。そればっかり考えていたみたいだよ。もちろん、痛いとか、苦しいとか、あとは自分を直接攻撃する人間への怒り、憎しみはあったみたいだけれどね。でも、彼女にトレーたちを恨む気持ちはなかったよ』


 トレーは今、サリアの果てしない優しさに触れて、十数年越しに自分は許されていたことを知った。


 それはトレーにとって一番の救いであり癒しだ。


 生きる希望にすら変化したそれを、トレーは大切に胸にしまい込み、ボロボロと涙を溢し続ける。


『しばらく、浸らせてあげよう。その間に僕は君とお喋りをしたい』


「いいけど、何? 神様」


『君は前に会った時、僕は絶対に人間になれないって言ったよね。あれ、なんで?』


「なんでって、何となく直感しただけだから分からない。でも、私たちが心の欠けた人間のなりそこないなら、貴方はそもそも人の心すら持たない化け物だと思った。欠けた部分を埋めることなんて出来ない。だって、初めからないから」


『心なき化け物か。随分と酷い事を言うね』


「傷ついた?」


『少しね。でも、泣くほどじゃないな』


「そっか」


 犬井は神様を嫌悪する。


 それは、個人的に彼が嫌いというより、未知の生物に触れた時の生理的な嫌悪感や恐怖が原因だ。


 人間は大抵、己で理解できぬものが怖い。


 犬井は人間離れした神様の性質を肌で感じ、その思考や発想、言動、行動が恐ろしくて、人間として彼を嫌っていた。


「神様、私は神様のことが可哀想だと思う」


『なんで?』


「神様は多分、人になれないって何百人に言われても諦めないと思うから。不可能なことを追い求め続けるのが、少し可哀想」


『そうかい? 僕はそういうの気にしたことないな。毎回、人間の感覚を得られなくてガッカリするけど、絶望したこともないよ。失敗しても、今度は別の人間が気になってくるから。次こそって思うんだ』


「そう。ねえ、神様。一つ聞いてもいい?」


『いいよ』


「神様は人と触れ合って成長したと思う瞬間はあった? 変わったなって思う所、一つでもあった?」


『成長? よく分からないな。相変わらず人の感覚には疎いし。それがどうかしたかい?』


「別に、興味が湧いただけ。神様は不変なのかもね」


 ポツリと呟く犬井に神様は光の向こうで不思議そうに首を傾げた。


 それから、トレーとサリアの思念を観察し、犬井とも対話をすることで満足した神様が光と共に去っていく。


「助けてもらったのに、いっぱい文句言ってごめんね神様。ありがとう、バイバイ」


 さようならと笑う神様に聞こえるかは不明だが、犬井も短く礼と別れを告げた。


 きっと、今回の分かれは今生のものになる。


 神様は既に犬井に対する興味を失った。


 既に与えたものを奪い返すつもりはないだろうが、反対にこれ以上、何かを与えてくることも無いだろう。


 神様は一人の人間に執着することはなく、転生者も用が済めばその他大勢となるのだから。


 次はどんな人間にちょっかいをかけに行くのか、あるいは、いつかは本当に人の心を持つことができるのか。


 犬井は少し気になったが、すぐに考えるのを止めた。


 時間も空間も無視して行動する上位存在より、今は優先すべき存在がいる。


 犬井は温かい涙を溢すトレーに声をかけて、うずくまる彼を背負った。


 眠たそうにサリアの話をするトレーに頷いて、今度こそ、自宅へと帰って行った。

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