吐きだした本音
「せめて、せめて綺麗にしてやりたかった。だから、川で体を洗って、それで、さっきの所に埋めてやったんだ。皆で遊んだ岩を目印に、楽しかった思い出に近い場所にしようって。でも、そしたら、しばらく墓にも川にも近寄れなくなった。あの日以来、お嬢様が来なくなって安心した。二人の顔を見るとアイツまで出てきて駄目だった。お嬢様がおかしくなっていることにも気がついていたのに、何もしなかった。怖いもの全部無視した結果がこれだ。一番年上で、全部何とかしてやれるのは俺だけかもしれなかったのに!」
トレーの絶叫は後悔にまみれて、自分への怒りで声は大きく腫れあがっていた。
あまりに悲惨な過去にかける言葉が見つからない。
「トレーは、悪くないよ」
ようやく言葉を絞り出した犬井をトレーは射殺すような目で睨んだ。
「何がだ! 俺が、俺が殺したようなものなのに! 俺がアイツを呼ばなきゃ、あんな風に殺されることはなかったのに!」
「違うよ。トレーだって被害者だ。悪いのはトレーじゃない、トレーたちに酷い目を合わせた使用人だ」
「でも! でも、俺が怖がらなかったら! 俺が、自分の命や指をどうでもいいって思えてたら!!」
「自分が大切じゃない人なんていない。サリアが犠牲になって良かったとは言わないよ。でも、トレーが無事に暮らしていることを駄目だとも思わない」
「だって!」
トレーの声が、言葉が、段々幼くなっていく。
ボロボロと涙を流す姿は少年じみて、駄々っ子のように「だって」と「でも」を多用した。
「魔獣だけが、家族だったんだ。それを俺は売った。ミモザお嬢様とベルテ様は初めて人間で愛しいと思えた相手だった。妹と弟みたいだって、俺が守ってやろうって思った。でも、守れなかった。挙句、憎い、羨ましいって思った」
「当たり前じゃないの? ミモザ様は悪い人に変わっちゃったんだから。事情があっても憎くなるのは当然でしょ」
「違う。アイツの件でだ。ミモザお嬢様は俺と違って記憶なんかなかったし、この件では完全な被害者だ。ベルテ様だって同じで、俺の『アイツは病死した』って嘘を信じ続けて、少し前までアイツに関する悲惨な過去なんて知らなかった。だから、あんなに無邪気に謝れた。一つの非もなく謝れた。それが、羨ましくて憎かった」
「トレーはサリアに謝りたいの?」
「謝りたいよ。当然だろ。でも、どの面下げて、なんて言って謝るんだよ。死なせてごめん、苦しませてごめんなんて、元凶が言っちゃ滑稽なだけ。アイツを侮辱してる」
「トレー、ミモザ様たちのこと滑稽だと思った?」
「何の話だよ。思うわけないだろ。二人とも手が届かないほど綺麗で、強くなったなって思った」
「でも、アレもただのエゴだ。トレーの謝罪と大きく変わらない」
はっきり言い放てば、トレーの目が大きく見開いて固まる。
信じられないものを見るような、絶対的な悪を見つめるような、酷い表情をしていた。
しかし、犬井はしっかりとトレーの瞳を見つめ返し、口を開いた。
「死体の前で決意表明をしても過去は変わらない。サリアに届くことも無い。死んだら魂は別の場所に行くから。だからあれは心に折り合いをつけるため、『自分たち』が前に進むために言葉を並べ立てたに過ぎない」
「おまっ……!」
「冷たいって思ったでしょ。でも、事実だよ」
一度死んだ犬井の言葉だ。
間違いはないのだろう。
それでもトレーは何か言いたげに口を動かし、目線を下げた。
「それは、そうかもしれないけどよ」
「墓は死んだ生き物のためじゃなくて生きている人のためにあるらしい。自分たちが未来に行くために、苦しいとか悲しいとかを墓においていくんだ」
「俺は、アイツのために墓を作ったつもりだったんだ」
「否定はしない」
「矛盾するのにか」
「うん」
「都合良いな」
「そうだね」
肯定を続ければトレーは不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、黙り込んだ。
「俺は、許されたらいけないんだよ」
「なんで?」
「知らねえ。ついでに言えば、俺は与えられた以上のものを手に入れちゃいけねえし、家族だって持っちゃいけねえ。俺も、そいつも、全員不幸になるからな」
これが、いつまで経ってもトレーが犬井を認められない理由だろう。
トレーの過去が彼に嘘を植え付ける。
加えて、トレーは何かにつけて幸福を拒絶し、不幸を享受した。
トレーはいつも小さく苦しみ続けるように動いている。
「トレー、自分を痛めつけても楽にはなれないよ」
「楽」と言う言葉にトレーが反応する。
トレーは窺うように犬井を見て、彼女の言葉を待った。
「トレーは幸せになりたいんじゃない。ただ、楽になりたかったんだね。過去も未来も現在も、全部、辛いことだらけだから」
犬井の声は真っ直ぐで、心を決めつける言葉はどこか肯定的だ。
柔らかい声にトレーは少しの間黙り込んで、それから小さく頷いた。
犬井が「やっぱり、そうか」と諦めたように微笑んで力なく尻尾を揺らす。
「前にも言ってたもんね。死んだら、楽になれるかなって」
「ああ、どう思う?」
「なれないと思うよ。もしもなっても、私はトレーに死んでほしくない」
「なら、どうしたらいい?」
問いかけられて、犬井はポケットにしまっていた小瓶を取り出した。
「これ」
トレーに手渡したのは、忘却の薬だった。
「いいのか?」
「いいも何も、トレーが飲むって言ったんでしょ。私に決定権はないよ。だって、私はトレーと同じ目に遭ってないから。それに私、トレーには楽になってほしい。だから、あげる」
「楽になれると思うか?」
「分からない。でも、トレーはそう思うんでしょ?」
小瓶には簡易的な蓋がついているだけだ。
道具などなくとも簡単に素手で開け、中身を飲むことができる。
トレーは小瓶を見つめた。
「なあ、マオ」
「何? トレー」
「俺は、楽になってもいいと思うか?」
トレーの真剣な瞳がジッと犬井を見つめる。
苦しみと懺悔の宿る瞳は物悲しかったが、同時に透明で美しかった。
「いいよ。トレーはとっくに楽になって良かったんだ」
犬井もトレーの真剣さに見合うよう、瞳を見つめ返して頷く。
すると、トレーは小瓶を自身のポケットにしまい込み、犬井の手を引いた。
「あれ? トレー?」
てっきり今すぐ薬を飲むのかと思っていた犬井だ。
彼の行動が意外でコテンと首を傾げる。
「薬は後でいい。なあ、マオ、最後だ。これで最後にするから、少し付き合ってくれ」
「いいけど……」
困惑がちな犬井と手を繋ぎ、小さな道を進んでいく。
向かう先は逃げ出したはずのサリアの墓だった。




