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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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確固たる決意と嘔吐

 サリアの墓の場所を知っているのはトレーだけ。


 ならばトレーが三人を先導するのかと思いきや、一番前を行くのはミモザだ。


「お嬢様、その道を右です。そっちは反対ですよ」


 トレーが後ろから声をかければミモザは慌てて方向を変え、新しい道をズンズンと歩いていく。


 急ぎ過ぎて転びそうになるミモザをベルテが優しく支えれば、彼女は恥ずかしそうに礼を言った。


 せっかちで無鉄砲なミモザと彼女を優しくサポートするベルテ、そして、遠くから静かに二人を見守るトレー。


 三人の姿は幼い頃そのままだ。


 穏やかで温かな三人を犬井はもう少し眺めていたいと思った。


『でも、それもすぐになくなっちゃうのか』


 出かける少し前、コッソリ犬井に耳打ちしたトレーの言葉を思い出す。


「墓参りが終わったら、俺は薬を飲む。大人しく渡せよ」


 固い声は震えていて、口は真直ぐ一の字に結ばれている。


 瞳は悲しみや苦しみなど複数の負の感情で揺れていて、酷い表情をしていた。


 苦痛から逃れたい気持ちは本物で、薬を飲むという意思も既に確定しているのだとすぐに分かってしまった。


『トレー』


 彼の姿を思い出せば犬井まで苦しくなって心臓の奥がキュッと縮こまる。


 犬井は寂しさに似た切なさを覚えながら三人の後をついて行った。




 小川に沿ってしばらく歩き、大きな岩の近くで方向を変え、森に入っていく。


 そこからわずか三分ほどの場所に墓はあった。


「これが……確かに、墓と言われれば墓ね」


 木の密集したその場所で、特に大きな木の下に小さな墓石が置かれている。


 平べったい石の表面には名前の代わりにサリアの絵が彫られていた。


 きっと、文字の書けないトレーがサリアを示すため、苦肉の策で刻んだのだろう。


 ミモザは絵を見て可愛いと微笑んだが、トレーは痛ましそうに墓を見つめている。


「久しぶり、サリア。会いにきたよ。これ、貴方のリボン。持って来るのが遅くなってごめんね」


 ボロボロになったリボンを近くの木の枝に結びつける。


 可愛らしく整えてやれば、汚くなってしまったリボンも少しは上等な品に見えた。


「写真も供えた方が良いんだろうけれど、ごめんね。私たちはまだ貴方の姿を覚えていたいから」


 寂しそうに笑って写真を仕舞い込む。


「痛かったよね。苦しかったよね。ごめんね、あの日、守ってあげられなくて。長い間忘れててごめん。でも、もう二度と忘れないから。貴方のこともベリア家の悪行も、全部背負うから。だから、見守っててね」


 ミモザが愛おしそうに墓石を撫でる。


 その小さく冷たい手にベルテが大きくモフモフとした手を重ねた。


 プニプニの肉球は心地良い温度で、みるみるうちにミモザの手や体が温まっていく。


「僕も背負うよ、ベリア家当主の婿だからね。それに、なにより、重くて苦しいばかりの責務を君だけに背負わせたくない。一緒だ」


 鋭く真剣な瞳で不安に揺れるミモザの丸い瞳を見つめる。


 ミモザは安心したように瞳の揺れを安定させて、それから悪戯っぽく微笑んだ。


「重苦しいだけなんて失礼ね。罪の中にも幸せはある。何より、私は罪や責任を償うだけじゃなくて、それを素敵な方に発展させていきたいの! それにはベリア家の過去も欠かせないのよ。ベルテにはベリア家の絶望だけじゃなくて希望も背負ってもらうんだから!」


 ニッと笑うミモザの笑顔は無邪気で力強い。


 ベルテも笑い返してギュッと彼女の手を握った。


 勢いが強く明るさに満ちている代わりに抜けのあるミモザの計画を、慎重なベルテが補って実行へ導くのだろう。


 決意と覚悟が約束された木の下。


 誓いを結び合う二人から離れてトレーは嘔吐していた。


「トレー、平気?」


 優しく背中を撫で、問いかける。


 トレーは縦にも横にも首を振らず、


「墓からは、お嬢様たちからは離れられたか?」


 とだけ聞いた。


 犬井が頷けば、トレーは「良かった」と小さく笑う。


 それから、トレーはよろつく体を起こすと口を押さえて犬井にもたれかかった。


「悪いが川まで連れてってくれ。水が飲みたい」


「いいよ」


「できるだけ遠回りしてくれ。ゲロ臭い姿で近寄って、お嬢様たちに水を差したくない」


「分かった。でも、お願い。無理しないで」


「平気だ。ごめんな、マオ」


「何が?」


 問いにトレーは答えなかった。


 代わりに、犬井を頼ってフラフラと歩く。


 川辺につけば水を飲んで、汗まみれになった体を横たわらせる。


 犬井が支えてやれば、やっと座り込んで青い顔色を少しだけ緩和させた。


「駄目だな、俺は。俺だけ弱くて卑怯なままだ。最悪だ」


 独り言を溢して頬に雫を伝らせる。


 それが涙なのか汗なのか、犬井には分からなかった。


「どうせ、これから忘れちまうから、一つだけ昔話をしたい。それが理由で、お前は俺を嫌うかもしれねえけどな」


「嫌わないよ。絶対に」


「いや、嫌う。むしろ軽蔑された方が良いんだ。俺なんて」


 自重して笑うトレーは酷い顔をしていて、犬井は痛ましくて堪らなくなった。


「目を、背けないでくれ。見苦しいのかもしれないけど、でも、まだ好きなんだろ、俺のこと。そしたら、まだ見ていてくれ」


「分かった」


 頷いてトレーを見つめる。


 彼はホッとしたように笑って、それから川を眺めた。


 太陽光を反射する流水は美しくて、清らかで、汚物でも何でも洗い流してくれるように思える。


 トレーの瞳は救いを求めていた。


「馬鹿みたいだよな。忘れるなら今まで通りに内緒にしたまま薬を飲めばいいのに。でも、怖いんだ。忘れるのが」


「忘れたくないなら薬を飲まなきゃいい」


「忘れたいんだよ。でも、怖い。本当に馬鹿なんだ。溜め込んでたものを吐き出したいって気持ちだけで喋って、これからお前に嫌われるんだからさ、俺は、本当に馬鹿なんだよ」


 言い聞かせるように言葉を出す。


 それからトレーは少しだけ黙って、再び口を開いた。


 トレーが語ったのは、無力で幼い少年の犯した罪の物語だった。

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