表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/16

相性の悪い転生先

『今日は寝てばかりだ。せっかく転生したばっかなのに』


 転生時の感覚が数秒の居眠りだとすれば、今回は熟睡に近い。


 しかし、夜更かしをした翌日、夕方に目覚めた時のように体はシッカリと眠った満足感を覚えながらも酷く疲れていて、起き上がるのも億劫なほどになっていた。


 それでも、自分の居場所が気になった犬井がゆっくりと体を起こし、周囲を見回す。


『ここ、どこなんだろ。なんか、妙に綺麗で豪華。洋風な感じ』


 白を基調とした壁紙に木目の美しい清潔なフローリング。


 自身が眠っていたベッドは毛布も枕もフカフカで、真っ白なシーツも染み、しわ無くピンと張られている。


 スベスベとした触り心地は間違いなく一級品だ。


 床に敷かれている毛並みの高いカーペットも手入れが行き届いていて、とても普段土足で踏みつけられているとは思えない美しさを誇っていた。


「おまっ! まだ一時間も経ってないのに、もう起きたのか!? 大型の魔獣を丸一日寝かせる麻酔薬だってのに、イカレてやがる!」


 ギョッと驚いたような声がすぐ隣から聞こえる。


 反射的に振り返れば、そこには確かに犬井を矢で射った男性が椅子に座り込んでいた。


 男性は茶髪に焦げ茶の瞳とごく平凡な見た目をしていて、つり上がった目つきだけが随分と強気に映る。


 少しだけ筋肉のついた骨張った体は不健康そうで、着古した衣服には長年の汚れが染み込んでいた。


 とても上品で厳かな部屋には似つかわしくない姿だ。


「貴方は……私を打った人?」


 コテンと首を傾げて問えば、男性は手に持っていた本を横の机に置いてバツが悪そうに頷いた。


「そうだよ。悪かったな、ミスったんだ。ゴルダを止めるつもりが、お前に当たっちまった。それでもお前がただの人間だったら何も無かったんだが、あいにく、アレは獣人には猛毒となるタイプの強い麻酔薬だったからな。お前は今の今まで昏睡状態だったんだよ」


「昏睡」


「ああ。なあ、何か長文で喋ってみてくれないか? 呂律は回るか、脳は麻痺しちまってないか、体に動かない箇所が出てないか、色々と気になるんでな」


「別にいいけど、元々、そんなに長くしゃべらない方だと思う。でも、何か話すなら、そうだな。ここはどこなのかとか、クマのこととか、色々聞きたい」


 一度ベッドを降りると軽くその場で飛び上がり、適当に柔軟をして凝った体をほぐす。

 すると、男性は露骨に安心した表情を浮かべた。


「その調子だと平気そうだな。いかれた身体の持ち主だが、良かったよ。ほら、答えてやるから座りな。まだ無茶ができる状態じゃない」


 男性は犬井を再びベッドに戻すと、それから壁と彼女の背中の間にふかふかのクッションを挟み込んだ。


 そして、考え、考え、言葉を発していった。


 男性の説明によると、まず犬井のいる場所はベリア領の領主宅であり、彼はベリア家に仕える使用人だ。


 ベリア家はその昔、魔獣を使役して賊を討伐し、成り上がった一族であり、今でも魔獣を使うことで畜産や農業を行い、富を得ている。


 男性、トレーはベリア家で唯一魔獣の管理を任されている男性であり、職業は魔獣使いに当たる。


 犬井に攻撃をしたのもトレーが飼育しているクマの魔獣であり、屋敷への侵入者を攻撃する番犬のような役目を持っている。


 もっとも、件の魔獣であるゴルダは訓練中であり、今回、犬井を襲撃したのは事故に近いらしい。


 突如屋敷内に入り込んできた怪しい人物だからとはいえ、犬井を殺すつもりはなかったのだと話していた。


「番犬系モンスター、やっぱりケルベロス」


 ポツリと呟くと、トレーは露骨に呆れた表情を浮かべる。


「何言ってんだ。ケルベロスは三つ首の犬だろ。アイツはクマだよ。やっぱお前、麻酔でおかしくなっちまってんだな」


「いや、クマなのは知ってる。ていうか、ケルベロスはケルベロスでいるんだ、この世界」


「何わけわかんねーこと言ってんだ、お前。てかさ、お前こそ、どうやってここに侵入してきたんだよ。ベリア領はデカい領地だ。いくら一時、力を失ったとはいえ、今じゃだいぶ持ち直してる。堅牢な警備は健在なんだよ。過去に張られた防御の魔法やら装置だってまだ動いてて、デカい外壁の近くには番犬代わりの魔獣がゴロゴロいやがるんだからさ。ゴルダほどじゃないにしろ、相当な強さの奴らだ。それを女一人で押しのけて、ゴルダに噛まれるまでは服にさえ傷一つつけないで訓練所にまで入り込んできたって、いくら何でも化け物が過ぎるだろ。変な力が働いたとしか思えねー」


 トレーが興奮した様子で捲し立てる。


 しかし、勝手に転生されたのち、行き先も告げられず強制的に転移させられた身としては何とも答えようがない。


 犬井が困っていると、トレーは神妙な面持ちで考え込み、やがて、重たい口を開いた。


「まさかとは思うけど、お前、転生者じゃねえよな」


 トレーがジッと真剣な表情で犬井の顔を見つめる。


 嘘を吐く必要も感じなかったので、犬井は素直にコクリと頷いた。


 すると、トレーは愕然とした表情になって静かに頭を抱え、ため息をつくように「マジか……」と言葉を吐きだした。


「マジだけど、何かマズいの? というか、私が転生者なんて、よく気が付いたね。転生者って普通にいるものなの?」


 キョトンとした表情で問いかけると、トレーは力の抜けた様子で首を横に振った。


「普通にはいねえよ。数十年に五、六人、いるかいないか程度だ。珍しいは珍しい。だが、いてもおかしくねえ程度の割合でいる。ゴルダに噛まれても無傷な所、侵入困難なベリア邸の内部に無傷でぼーっと突っ立ってた所、最悪、人死にが出ちまう麻酔がちっとも効いてねえ所、おかしいとこをかき集めて考えたらさ、多分コイツ、転生してきた異世界人なんだなって思い至ったんだよ」


「主に体の頑丈さばっかりだね、転生者の根拠。まあ、実際、神様に貰ったのはソレだけれど。でも、ふうん。神様、たくさんの人を転生させてるんだ。手当たり次第だ」


「罰当たりなこと言うなよ。神の怒りに触れたらどうするんだ」


 どうやら、犬井が転生した世界の人々は信心深く、当然のように神の存在を信じ、天罰を恐れるらしい。


 ギョッとしたトレーが大慌てで犬井の口元を押さえるが、彼女は呆れたように首を横に振った。


「あの人、無感情だから平気だと思うよ。多分、ちょっとした悪口ぐらいじゃ怒んないって」


「そんなの分かんねーだろ」


「分かるよ。だって私、会って来たし」


「そ、それはそうだけどよ。でも、神に不敬な者、神を信じない者は天罰に遭うって言い伝えがあるんだ。軽率な発言は控えろ」


 ギロリと睨んでくるトレーには犬井は生返事をすると、それから彼女は立ち上がって、何となく自身の耳と尻尾を見せた。


「これ、神様に貰ったの。前はこういうの無くて、トレーとおんなじ感じだった。尻尾なんてなかったし、耳もトレーと同じようなのが生えてた。でも、この世界には獣人がいるて、頑丈なんだって聞いて、そうしてもらった。獣人は、ここでは珍しい?」


「珍しくねえよ。俺にも獣人の血が流れてるくらいだし、外に出れば、獣人ってのはまあまあの割合でいる。でも、転生者って神様に恩恵を与えられて幸せに生きられることが確定した勝ち組なんだろ。それなのに何で、お前はここに転生しちまったんだろうな」


 ため息交じりのトレーの言葉の意味が分からず、犬井はコテンと首を傾げた。

 無知な犬井の姿にトレーは苦い表情だ。


「昔は狩猟や賊の討伐に、今は狩り、畜産、農業とエネルギー開発に、形は違えどいつでもベリア家は魔獣を使役して莫大な富を得ている。ちと捻くれた言い方をすれば、ベリア家の富は魔獣のおかげ、魔獣がいなけりゃロクな成果を上げられない。それが、偉大な領主一族の実態だ。でもな、散々こき使うクセして、アイツらがいなけりゃ生きられないクセして、ベリア家は魔獣を、獣を嫌う。そして、そのヘイトは魔獣に似た姿と力を持つ存在、獣人にすら向けられる。俺みたいにガワには獣人の血が出ていないハーフにさえもな。アイツらの差別は酷いもんだぞ」


 長年にわたって獣を支配してきた歴史のせいか、ベリア家の魔物や獣人に対する見方は冷酷だ。


 邸宅の端の方にいくつも飼育小屋を作り、汚いものを寄せ集めて、臭い物に蓋をするように魔獣をひっそりと飼育させる。


 衛生環境は劣悪で餌は使用人の食べ残し、指示に従わなければ鞭で打たれ、酷い場合には殺処分をされる。


 魔獣は大抵、賢い生き物だ。


 瞳には知性が宿っており、正しい躾をすれば人と心を通わせる可能性は十分にある。


 実際、ベリア家も三代目までは魔獣をパートナーとして扱い、協力して働くことで大きな成果を上げていた。


 しかし、魔獣も家畜以下の扱いを受けるようになってからは態度が二分化し、恐怖に屈服して人間に従順になるものと、謀反を起こすものに分かれていた。


「領主がミモザお嬢様になってからは随分とマシになって諸々の環境も良くなったが、それでもクソだし相変わらず確執はある。俺だって、育てた魔獣の上げてる功績からいえば相当金をもらっていいはずなのに、安月給のボロ小屋住まい、薄い壁一枚で隔てられただけで、アイツらと半同居だ。領主ベリア家の専属魔獣使いなのにだぞ。俺になってから謀反だって無くなったってのに、あの女……」


 相当ミモザに対して思うところがあるらしい。


 舌打ちを打った後も、

「何が私の素晴らしい支配と采配だよ。俺が宥めてんだよ、ボケ」

 とか、

「大体、残飯じゃなくなっただけで魔獣の餌の質だって低いし。戦闘用の魔獣があんな貧相な餌で屈強に育つかっての。俺が給料から金出したり、森に入ったりして食材足してきてんだよ。功績を上げれば上げるだけ予算奪われるとか、マジでゴミ」

 などと、止まらない愚痴を吐き続けている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ