蘇る過去
サリアはかつてミモザ、ベルテ、トレーの三人で飼っていた魔獣の名前だ。
ウサギにもネズミにも似た真っ白な魔獣は、この世界ではごく一般的な存在で特に利益を生むわけではないが害になるわけでもない。
リスや野兎といった小動物と同等の存在だ。
かつてベリア家の魔獣の管理が杜撰だったこと、加えて、まだ十代のトレーではうまく魔獣を扱えていなかったこと。
主に前者が理由で、ベリア家の森には小屋から脱走した魔獣が住み着いていた。
サリアも脱走した魔獣たちから生まれた子供だ。
ある日、脱走魔獣捕獲用の罠にかけられ、怪我を負っていたところをミモザとベルテに保護された。
流血し、肉を抉れさせた可哀想な魔獣を助けてあげたい。
そのように考えたミモザたちが頼ったのはトレーだ。
トレーは立場上、ミモザのお願いや魔獣の世話を断れない。
怪我に同情したこともあって、サリアの手当てをした。
傷を癒すまでの間、基本的にはトレーがつきっきりで世話をし、ミモザやベルテも可能な限り面倒を見に来ていた。
そうすると、サリアは三人に、特にトレーに懐いて側にいたがるようになる。
トレーたちも情が湧いてサリアを手放しがたくなり、怪我が完治しても小屋を建ててサリアの世話を焼き続けるようになった。
サリアを通して仲良くなった三人はよく遊ぶようになって、敷地内の様々な場所に出かけた。
ある日は川辺で遊び、また、ある時は木の実をとって食べた。
特に陰鬱とした暮らしをしていたトレーとミモザには三人と一匹での時間が何よりも楽しく、幸せで、かけがえのないものに感じていた。
しかし、それもある日、唐突に奪われる。
末娘だからとミモザに対し多少の自由を許していたベリア家も、
「彼女が直接汚い魔獣に触れ、愛しみ、あまつさえ家族として大切に扱っていること」
を許すことはできなかったのだ。
甘やかしたがために馬鹿になってしまった娘を正し、ベリア家に相応しい人間にしなければならない。
当主を始めとする屋敷の者たちはそのように考え、凶行に出た。
サリアをミモザから取り上げ、彼女の目の前で惨殺してみせたのだ。
「お前に関わったから、サリアは殺された」
「断末魔や血を見て分かっただろう。魔獣は汚い存在だ」
「獣に関わればお前は不幸になる」
「神聖な人間は獣に関わってはいけない」
このような内容の言葉を強い口調で浴びせ続けた。
サリアの始末及びミモザの教育係として選ばれた使用人らには、一貫性もまともな理屈も存在しない。
あるのはミモザの心をへし折り、ベリア家に対し従順にさせるという意思のみ。
どこまでも残酷で下品な彼らは、最後にはミモザにとどめを刺させようとナイフを握らせた。
だが、当然ながらミモザはそれを拒否し、サリアは苦しみながら息絶えた。
結局、ミモザがサリアに手を上げることはなかったが、目の前で消えた家族に心が折れた。
部屋に引きこもることが増え、極端に無口になる。
定期的に「教育」が施され、歪んだ思想を植え付けられる。
サリアのことで泣けば叩かれ、魔獣や獣人を擁護してもやっぱり暴力を浴びせられる。
ミモザの心はあっという間にボロボロになった。
苦しい生活の中、トレーやベルテが唯一の希望で、特にベルテには直接会って慰めて欲しくなった。
しかし、何の抵抗もできずにサリアを殺されてしまった自分が情けなくて、残酷なことは上手く伝えられなくて、やっとの思いで会えた二人に対しても言葉が詰まる。
しかも、トレーは何故かよそよそしくなり、ベルテに至ってはミモザに悪影響を与えるということで、事件が起こって間もなく会うことを禁止された。
ミモザは大好きな人たちともまともに関われなくなってしまった。
孤立し、苦境に立たされた心はどんどんと黒ずみ、歪んでいく。
ミモザは気が付けば辛い過去を消し去り、自らも冷酷な人間になることで苦しみから逃避した。
これがミモザの過去でありトラウマ、そして、彼女の性格が変わってしまった原因だった。




