希望の花
ミモザの過去だが、実はトレーたちもその全てを知っているわけではない。
二人が知っているのは、ほとんど確実にミモザのトラウマを想起させる存在のみ。
さらに正確に言えば、トレーはミモザのトラウマを構成する事件の一つを知っているようだが、それも推測から成り立っており、彼女が当時受けた暴力等の詳細を知るには至らないらしい。
そうすると、ミモザたちは全員で記憶を掘り起こしながら彼女の過去を追う必要が出てくるのだが、だからと言って、いきなりトラウマに触れてはミモザが混乱してしまう。
二人が恐れたような壊れ方をしてしまうかもしれないし、あるいは、うまく過去の出来事を思い出せないかもしれない
そのため、まずは楽しい記憶から、少しずつ記憶を思い出すことにした。
結果はまずまずでミモザは少なくとも当時、ベルテと仲が良かったことや彼が大好きだったことを思い出している。
過去の感情に引っ張られてか、ベルテへの反応も随分と優しく、素直になっており、彼は昔のミモザに戻ったみたいだと喜んでいた。
今日も四人はお茶会の時間を利用して魔獣小屋やその周辺を探索し、過去への糸口を探している。
まあ、トレーだけは相変わらず非協力的で、何もせずに少し離れた所から三人を眺めているだけだが。
「トレーもお喋りくらいすればいいのに」
チラリと後ろを振り返って、犬井がつまらなそうに尻尾を振った。
当然のごとくトレーは犬井を無視している。
「まあ、彼にも何かあるんだろう。それに、当時を思い出すにはトレーの態度は悪くない」
「そうなんですか?」
「ああ。出会ったばかりのトレーは別に僕たちと遊んでくれるってわけじゃなくて、ただ、側にいるだけだった。森に行っても、川に入っても、トレーは見てるだけ。おまけに。気が付くといなくなってしまう。それでも、幼かった僕は彼が近くにいると安心できたよ」
ミモザに振り回されることはあっても、トレーが自分から積極的に二人に関わることはなかった。
ただ、屋敷のお嬢様と客人に何かあっては面倒だからと定期的に様子を確認するだけ。
トレーが彼らと関り合うようになったキッカケには、例の存在が大きく関わっている。
だからこそ、ベルテはこれ以上何も言わなかった。
「そういえば、ベルテってどうして昔は私の家に来ていたの? 当時のベリア家は今よりも苛烈な魔獣嫌いで、獣人も酷く嫌悪していた。平然と獣人奴隷を使い、残酷な仕打ちをしていたほどよ。それなのに、どうしてベルテは当時、お客様として家に来ていたの?」
「だからこそだよ。君も知ってるだろ。もう何十年も昔から国がベリア家の魔獣嫌い、獣人嫌いを問題視しているって話は」
ベリア家の魔獣に対する思考は彼らへの虐待を生み、獣人への態度は差別を増長させた。
生命の冒涜に人種差別、そこから生まれる様々な悲劇は、他国と協調し更なる繁栄を望む国が保有していてはならないものだ。
国は始め、ベリア家に直接干渉し、教育を施そうとしたが失敗した。
学校で教科書を使って授業をするように魔獣の命の尊さ、獣人たちの人間性を教えたのでは全く理解してもらえず、効果がなかったのだ。
今度は外堀を埋め、内側からの変革を試みようと分家に働きかければ、そちらは意外にもあっさりと魔獣嫌い、獣人嫌いを克服した。
だが、すると次はベリア家が分家を疎遠にし、切り捨てるような動きを見せたため、やはりこの計画も失敗に終わった。
国の収穫と言えば、ベリア家に「月に一度は獣人の貴族を招く」という約束を取り付けられたことのみ。
それ以外は、ほとんど干渉できなかった。
「僕の家は確かにベリア家から離れているけれど、他の家に比べれば比較的近い方だし、何より僕らは交渉と知恵の一族だ。適任だと思われたんだろうね。ベリア家に赴くのはほとんどがアルテルン家の人間になった」
「そう。それなら不快な思いもしたでしょう。昔は……むかしは」
言いながら、ミモザが苦しそうに手のひらで額を押さえる。
肌には脂汗をかいていた。
「どうしたの? 何か思い出したのかい? ゆっくりでいいから呼吸をして、まずは落ち着くんだ」
「ええ。大丈夫よ。ちょっと嫌なことを思い出しただけ。そういえば昔、ベルテを使用人たちに悪く言われて嫌だったなって」
現在は国に従順なミモザの態度にならい、使用人たちも表向きは獣人らへの差別的発言を控えている。
だが、当時の当主、すなわちミモザの父親は表立って差別的な人で、使用人らも彼をならい、ベルテの目の前でも堂々と獣人をけなして見せた。
「小汚い家畜が屋敷に入り込んだせいで、あちこち毛だらけになって汚れた。掃除をやり直さなきゃいけない」
使用人は厭味ったらしく愚痴を溢し、さらには埃のついたハタキでベルテの顔を叩いた。
その現場を目撃してしまったミモザは当然その使用人に抗議をしたのだが、使用人は手が滑ったと一点張り。
むしろ屋敷から叱られたのはミモザの方で、彼女は手の甲を小さな鞭で打たれ、夕食を抜かれてしまった。
大切な友達を理不尽にけなされたのが悔しくて、自分が罰を与えられる理由だって理解できなくて、ミモザはひもじさと寒さを抱えたまま部屋の隅でうずくまっていた。
「私が言えたことではないけれど、少し前のベリア家は今より最低だった。それなのに、どうしてベルテは家に来てくれたの?」
「そんなの、君に会いたかったからに決まってるでしょ。ミモザは一ヶ月に一回じゃ足りない、毎日会いたいって我儘を言ってさ。ベリア家に馬車が到着すると誰よりも早く、走って僕たちを迎えに来たんだ。人目も構わず僕に抱き着いて、僕は子どもながらにミモザが叱られてしまうんじゃないかと不安だったけれど、そんな気持ちも吹っ飛ぶくらい君の笑顔が可愛かった。そしたら、多少意地悪をされても会いにくるしかないだろ」
当時、ミモザはベリア家の光だった。
冷たく陰鬱とした思想、暴力に支配されたベリア家の中で、唯一思考を変化させられる可能性のある存在で、国もアルテルン家も彼女に希望を見出していた。
「色々あって一度はなくなってしまった話だけれど、当時から僕とミモザを婚約させる話は出ていたんだよ。そう考えると、僕たちがこうして一緒にいるのは運命なのかもしれないね」
割とロマンチックなミモザが運命という言葉に反応してコクリと頷く。
髪を彩る黄色い花の飾りが嬉しそうに揺れた。




