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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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もう一度、一緒に

「聞くって、何をだよ」


「そのまんま。ミモザ様のお願い、聞いてあげたらいいんじゃない?」


「お前、話を理解してねーのか? お嬢様は過去につらい体験をしたんだ。それを思い出したらお嬢様、本当におかしくなっちまう。そうじゃなくても、苦しい思いをするのは確かだ。そんな記憶、ない方がマシに決まってんだろ」


「そうやって決めつけるのを、まずやめなよ」


「はぁ!?」


「思い出さない方が良いって、押し付けるのをやめたらって言ってるの。ミモザ様だってバカじゃない。ちゃんと自分で考えられる。辛い記憶、ない方が良いのか、ある方が良いのか、自分で決められる。ミモザ様はトレーたちが思うほど弱くないよ」


「そんなの!」


「だいたい、二人はミモザ様がおかしくなるって言ってるけどさ、私の目から見て、ミモザ様はとっくにおかしいよ。箱に、過去に異常なまでに執着をして、心も体も振り回されてる。自分が変になってることをミモザ様だって自覚してる。きっと嫌なんだよ。自分の中に在るグルグルのモヤに訳も分からず翻弄されるのが。どうしてそうなっちゃうのか、答えを知りたいんだ。正解が分かるまで、ミモザ様は止まらないよ。トレーたちがどんなに隠そうとしてもね」


 トレーとベルテの目を見て、ハッキリ述べる。


 光の宿った瞳で犬井を見つめ返すベルテとは対照的に、トレーは瞳の奥を暗く濁らせたまま、彼女の言葉を断ち切るように目線を逸らした。


「わかったような口をきくな」


 犬井を見ないまま、トレーが怒声を上げる。


 ビリビリと空気が揺れ、痺れる。


「分かったような口をきいているのはトレーでしょ!」


 喚くそれに鋭く怒鳴り返す。


 声を発したのは、冷静な目をした犬井でも、あるいは思考を切り替え始めたベルテでもない。


 話の中心でありながら口論から追いやられた張本人、ミモザだった。


 ミモザは怒りと悲しみに染まった強い瞳でトレーを睨みつける。


「何が私のためよ! トレーもベルテも、ちっとも私のことなんか見てないくせに! 私のことを分かってくれたのはマオだけ。マオの言う通りよ。もう嫌なの。寝ても冷めても頭が木箱でいっぱいになって、一緒に、わけのわからない恐怖とか失望も浮かんで、特に、疎外感で苦しくなる。どこにも居場所がないような気がして寒くなる。なのに、そこにベルテみたいな形をした温かい何かまで混ざってきて、グチャグチャになるの。怖いのに、夜になると木箱の所へ行ってしまう。でも、結局何もできなくて帰ってくるの。冷たくて暗くて硬い場所で朝が来るまでジッとうずくまってるなんて、もう嫌なのよ!」


 声の大きさはヒステリーを起こした時と大差ないが、迫力が普段と段違いだ。


 ミモザの言葉は悲痛な叫びであり、ようやく出された明確な救援要請だった。


 手が真っ白になるほど力強く拳を握って、何度も濡らした頬に大粒の涙を溢す。


 温かな水が流れ続けることで、メイドたちによって丁寧に分厚く施されたメイクがとうとう剥がれ、ミモザの本当の姿が現れた。


 ミモザの肌はハリも艶も失って酷く荒れ、目の下には真っ黒なクマができている。


 噛み締められた唇も、よく見ればガサガサに乾燥して血液が滲んでいる。


 髪だって質のいい香油をつけられ、結い上げられているから分かりにくいが、実際にはかなり痛んでいた。


 他者に疎い犬井にしては珍しく、秘匿されていた時から気がついていたミモザの異変。


 それと怒り、絶叫を突きつけられ、トレーは声を失った。


 犬井の時と同様に目を逸らす。


 だが、それでも気圧されたままに方針を変え、ミモザの願いをかなえる気にはなれなくて、何か言い返そうと濁った思考をかきまぜた。


 硬直した時を動かすように、ベルテがふわりと立ち上がってミモザのすぐ側で跪く。


 ベルテは優しくミモザの頬を撫でた。


「そっか。ミモザは僕たちが思うよりもずっと限界に近かったんだね。ごめんよ、可愛くて痛ましいクマにすら気が付かないせいで、追い詰めてしまった。僕は昔から自分のことばかりだ。もっと早く君に向き合うべきだったのに」


「いいわよ、別に。クマだって、うちの一流のメイドたちが隠したの。少し泣いたくらいじゃ崩れないようになってるわ。最初から気づいていたマオが異常なのよ。普段はビックリするくらい他人に無関心なくせに。というか、あの、私、今、人に見せられる顔じゃないの。泣いてむくんじゃってるから。だから、あんまり見ないでくれる?」


「いや、ごめん。僕より先にマオちゃんがミモザの変化に気が付いたって聞いたら、なんか嫉妬しちゃって。きっとマオちゃんは、僕たち三人の中で一番『今の』君に近い人間なんだろうけど、だからこそというか、そう思うと余計にあれするというか、ね」


 ハハハと軽く笑うベルテだが、目が笑っていない。


 ミモザが拗ねたようにそっぽを向くと、彼は赤く湿った彼女の頬をつついた。


「ねえ、ミモザ」


「なに? ベルテ」


「僕はもう、君から逃げないよ。一緒に過去に向き合ってみせる。でもね、ミモザ、君は過去に大切なものを奪われた挙句に怪我までさせられている。トレーも詳細は知らないらしいけれど、ただ、幼い君の腕に痛ましい痣がついているのを見てしまったんだってさ。君は過去に精神的、身体的な暴力を受けたんだ。これから思い出すのはそういう話だ。本当に知りたい? 今ならまだ、引き返せるよ。僕が木箱を隠してあげてもいい。壊したってかまわない。モヤが怖くて泣く君を慰めることだってできる。過去への執着を取り除く方法は、一つじゃないんだ」


 ミモザを見つめるベルテの瞳は愛しさに満ちていて柔らかい。


 単純に意見を突っぱねるだけの拒絶の目ではなく、本当に彼女を心配する温かい目をしていた。


 ミモザも少し落ち着いて、心の中で彼の言葉を反芻する。


 やがて、彼女は首を横に振った。


「それでも、どうしても知りたいの。助けてくれる?」


 ベルテはコクリと頷いた。


「いいよ、僕の大切なお姫様。昔と一緒だ。我儘にも危険にも付き合ってあげる」


「ありがとう、ベルテ」


 ミモザがホッと安心して笑う。


 穏やかな空気が流れる中、トレーだけはそっぽを向いて、


「俺は手伝わねえからな」


 と、誰にともなく呟いていた。

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