夢みる少女は愛されたい
「分からない。でも、最近おかしくなっている自覚はあるのよ。気が付くのは大体ヒステリーを起こした後、皆の顔を見た後だけれど」
「自覚、あったんだ」
「あるわよ、流石に! 何とかしたいとも思ってる。これ以上、マオに嫌われたくないもの」
「私に? なんで?」
先程からずっと、犬井はミモザの発言に不思議そうに首をかしげている。
ミモザは悔しそうにギリッと奥歯をすり合わせた。
「貴方にとって、私がどうでもいい人間なのは分かってる。でもね、それでも貴方は、ようやく私の目の前に現れた対等な人間なのよ。唯一、私を同じ目線で私を叱れる人間。私が軽口を叩ける相手。友達なのよ。好かれたいって思うのは当然でしょう」
犬井は別に他人の心が分からないわけではない。
高い方ではないが、ある程度の共感性を兼ね備えている。
だが、ミモザにとって自分が大切な存在であることは今一つ理解していない。
そのため、ミモザに執着されると不可解そうに首を捻ってしまうのだ。
「僕は、マオみたいに大切な相手にはなれないのかい?」
少し寂しそうなベルテがミモザの手を取って柔らかく問いかける。
ミモザは、ふん! とそっぽを向いて、ベルテの手を薙ぎ払った。
「無理よ、だって私、貴方のことが嫌いだもの。それに、貴方は私よりずっと立場が上じゃない」
「僕の方が、立場が上?」
「そうよ。貴方、私と結婚をしたらベリア家の当主になるでしょう。それなのに対等なんて笑わせないで」
「確かにその予定だけれど、僕は君に威張ろうなんて思っていないよ。国からの命令がなければ婿養子になるつもりだったんだ。それで、君を支えてあげたかったんだ」
「嘘つき。私の周りは皆そう。誰も彼も私より位が低いくせに、皆、私に命令ばっかり。うんざりだわ。マオしかいないのよ。私のことを対等だと思ってくれてるのは、マオだけなんだから」
ミモザの高慢な態度は強い恐怖の裏返しだ。
幼い頃から少しミスをしただけで冷徹な人格否定を飛ばしてくるメイドに執事。
常に己の待遇を憎み、ギロリとくぼんだ目で睨んでくる獣人奴隷と下級使用人。
ミモザに無関心な父親と長女は時折、思い出したように彼女の不出来さを詰るだけ。
次女は、姉妹の中では比較的、自由な環境で育って来たミモザを羨み、三女と共に彼女へ陰湿ないじめを繰り返していた。
母親はとうに他界しており、家族の中で最も力の弱い自分を守り、慰めてくれる存在もいない。
ミモザの周りは十年以上前から敵だらけだ。
おまけに、当主となってからは家族が消えた代わりに他の敵が増えた。
明らかな殺傷能力を持っているのに、支配下に置かなければ自分の立場が危うくなる魔獣たち、それと、己の利益のためにベリア家を食い物にしようとしてくる、親戚、貴族連中だ。
ベルテの存在も、当然にミモザには敵として認識されている。
「君が許してくれるなら、僕はすぐにでも君と対等になりたいけれどね。いっそ、君より下でもいいさ。少なくとも僕が君よりも上の存在だなんて思ったことはないんだから」
「嫌がらせばかりの浮ついた狼には無理よ。私のことだって、本当は大嫌いのくせに」
「嫌がらせ? 僕は君に嫌がらせをしたことなんてないけれどな」
「したでしょう。私にはロクに会いに来ないくせに、どこぞの御令嬢とは食事をするのね」
「そりゃあ、交友関係は広い方が良いからね。別に男性の友達もたくさんいるよ。むしろ、そっちの方が多いんじゃないかな。二回以上、個人的な付き合いを持ったお嬢さんというのもいないし。その辺はわきまえてるさ」
「どうだか。マオにも粉をかけたみたいだし、浮気狼のことなんか知らないわよ」
論点をずらしたまま、ミモザがプイッとそっぽを向く。
ベルテは「ふふ」と上品な笑い声を漏らした。
「なによ、笑って」
「いや、だって、君は僕を嫌いだという割に、随分と僕を気にしていたんだなって。僕が獣人のお嬢さん方に声をかけていたのが、そんなに気になったのかい?」
「当然でしょう。例の一件以来、ベリア家の評判は地に落ちたの。当主の私だって、『あんな子供に家を任せていいのか』って皆にバカにされてる。それなのに、婚約者との不仲まで囁かれれば、家がどれだけの損失を受けるか。信用回復のためには、貴方が必要なのよ」
「ミモザに必要とされるのは嬉しいけれど、理由が可愛くないなあ。君にとってはどうなんだい?」
「私にとって? 私、強い人が好きなの。優しくて、穏やかで、でも、周りに流されない確固たる自分がある人。思慮深い人。私とは正反対の人よ。それで、その」
ミモザが恥ずかしそうに口籠る。
戸惑う瞳は居心地が悪そうに揺れていた。
しかし、ベルテが促すと、彼女は渋々といった様子で口を開いた。
「一途で愛情深い人が好き。私のこと、誰よりも大切にして向き合ってくれる人。貴方とは正反対の人よ。ベルテ」
恋バナには気恥ずかしさを感じるのか、話しきるとミモザは真っ赤な顔をベルテから背けた。
ベルテは目を丸くしてミモザの真っ赤な耳を見つめ、それから腕組みされた手を取る。
「それこそ、僕が適任だと思うけどな」
「嘘つき。私のことが大好きな人は、私が嫌いって言っても毎日花束を持って会いに来てくれるのよ。放置なんてありえないんだから。なによ、その顔は。いいでしょ、やれって言ってるんじゃないんだから。妄想するくらいは構わないじゃない。ちゃんと、現実にはそんな風に私を愛してくれる人なんていないって分かってるんだから」
ミモザの趣味は密かに買い込んだ恋愛小説を読みふけることで、特に主人公が溺愛されるような物語を好んでいた。
些細なすれ違い、勘違いで逃げるヒロインを、ヒーローの男性だけは追いかけてくれる。
理解してくれる。
実際に起こりえる話ではないと分かっていても、羨ましくて、ヒロインに自己投影すれば愛されている気持ちになれて少しは満たされたから、ミモザは夢中で小説を読んだ。
恥ずかしい趣味だと思っているからこそ、目を瞬かせて自分を見つめてくるベルテには涙目になってしまうが。
「ミモザ」
「何よ」
「僕はミモザが大好きだよ。多少、歪んでいる自覚はあるけれど、それでも気持ちはあの頃と変わらない。だから、君の婚約者候補が複数人あがった時、僕は熱心にアプローチをして、他の人間を蹴落としたんだ。君は知らないだろうけれど、なかなかに白熱した争いがあったんだ。僕は君の側にいる権利を勝ち取って、今、ここにいる」
「へえ」
ミモザの返事は素っ気ないが、ソワソワと揺れる体は確実にベルテの言葉が気になっている様子だ。
素直に情報を開示すれば分かりやすくなるミモザに、ベルテは嬉しそうに尻尾を揺らした。
「僕はミモザを愛しているけれど、ミモザが獣人を嫌いだから会いに来るのを控えていた。少し顔を見るだけで我慢していたんだけれど、もしかして君は、毎日僕に会いたかったのかい?」
「違うわよ。私、別に貴方のこと好きじゃないもの。ただ、毎日会いに来てくれる人が好きなだけ」
「ふぅん。それなら、実際に毎日来れば、君は僕を好きになるのかい?」
「貴方にそんな根性があるの? 他の女性と遊べなくなるのに。それに、自分の仕事だってままならなくなるわよ。私たちの家はけっこう離れてるんだから」
「僕が女性たちと食事をしていたこと、根に持つね。別に構わないよ。可愛いミモザより優先することなんてないし、仕事も、移動中に片付ければいいからね。僕が君の旦那さんに相応しい人間だってこと、教えてあげるよ」
ミモザの小さな手を優しく握ったまま、不敵というには随分と可愛らしい様子で笑う。
その姿が過去の何かに重なって、愛しさが心臓から頭の方までせり上がってくるのを感じたミモザは、小さく俯いた。
「ミモザって、花の名前なの。知ってる?」
「知ってるよ。昔、君に見せてもらった。丸みを帯びた小さな花だよね。確か、もう少ししたら咲くんだっけ?」
「ええ。造花でも、アクセサリーでも、絵でも、何でもいいの。何でもいいから」
「分かった。それを持って、毎日会いにくるよ」
「約束、破ったら大嫌いになるから」
小さな声で文句を溢すように言葉を出すミモザにベルテはニコリと微笑んで彼女の頭を撫でた。
それを、トレーは気恥ずかしそうに、犬井は何とも言えない表情で眺めている。




