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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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幼子と尻尾

「なんか、嬉しそうっすね」


「ミモザがこういう風にくっついてくるなんて、十数年ぶりだからね。嬉しくもなるさ」


 慣れ親しんだ二人の声が聞こえる。


 まどろみからは抜け出したばかりのミモザは、まだ眠たくて仕方がない。


 すぐ側にある高級クッションのようなモチモチ、ふかふかの布に顔を押し当て、グリグリとまさぐると心地良くてため息が漏れた。


 幼子の様なミモザの行動に恋しい声が「ふふっ」と笑う。


 記憶よりも大人びているが柔らかな穏やかさが残っている声は、今も温かくて冷たくなった心に癒しを与えてくれる。


「べるて?」


 幼さの残る声で問えば、ベルテは優しく笑って「そうだよ」と頷いた。


 ミモザのトロンとした瞳がゆっくりと彼の姿を捕らえ、段々に意識を取り戻していく。


 彼女は「キャッ!!」と小さく悲鳴を上げると、


「なんで、なんでベルテが! 触らないでよ! 獣の匂いが移るでしょ!」


 と、混乱したまま喚いてベルテの腕の中で暴れ出した。


「あれ? いつものミモザだ」


「まあ、眠る前も錯乱していたようですし、記憶が戻ったってわけじゃないのかもしれませんね?」


「そっか、それは残念だ。また、前みたいに仲良くできると思っていたのに」


 ベルテは落ち込んだようにペタンと耳を寝かせ、それから両手を開いてミモザを解放した。


 すると、彼女は大慌てでベルテの胸から抜け出し、近くの椅子に座り込んだ。


 本来、尻の下に敷く用のフカフカとしたクッションを抱き締める彼女の顔は真っ赤に染まり、大きく開いた口は荒い呼吸を繰り返していた。


 額も汗で濡れ、頬には髪と涎が張り付いている。


 目元が涙で濡れていることも相まって、彼女の姿はまるで悪夢から目覚めたばかりの幼児だ。


「ミモザ様、今日、すごく騒がしい。うるさいです」


 音を遮断するように耳を閉じ、渋い表情で犬井が言う。


 不快そうな様子の犬井に対し、彼女を見つけたミモザはようやく安心できたようで、パッと表情を明るくした。


「マオ! 貴方もいたのね。良かった、汚い部屋で男二人に監禁されたのかと思ったわ」


「汚い部屋じゃなくて、ここはトレーと私の家です。あと、トレーとベルテ様がミモザ様に変なことするわけないので。文句があったり、もう一度、彼を侮辱したりするようなら出ていってください」


 元々、犬井にとってミモザは特に大切な人物でも、親しみを感じている人物でもない。


 犬井の中で最も大切であるのはトレーのみ。


 その他は有象無象に近いのだから、価値観が合わず高圧的なミモザに対して距離を感じるのも無理からぬ話である。


 だが、それでも、お茶会や魔獣の世話を通して彼女と同じ時間を過ごすうちに、犬井にもミモザに対する友愛的な感情が芽生えつつあった。


 しかし、近頃のヒステリックで攻撃的な態度、なによりトレーへの激しい侮辱により、それも消滅し始める。


 ミモザに対する犬井の態度は随分と厳しくなっていた。


「おい、マオ、落ち着けって。お嬢様にとって、素直に頼れる人間はお前しかいないんだ。もう少し優しくしてやれよ」


「ヤダ。必要ない。トレーのこと悪く言う人、嫌い。今までだって、けっこう我慢してた。でも、今日のは駄目。一線を越えた」


「だから、『ぴょんぴょんウサギ』はそう言う意味じゃないって。あれは、まだ小さかった頃のお嬢様が、俺の出生を詳しく知らず、俺にウサギ獣人の血が流れてるって部分しか知らなかったお嬢様がつけた愛称なんだよ。俺だって気に入ってた」


「でも……」


 犬井の中で価値のある人間がトレーだけだからこそ、簡単には彼の言葉を無視できない。


 段々と宥められていく彼女は、チラッとミモザを見た。


「ねえ、マオ、悪かったわよ。貴方の家を汚いって言ってごめんなさい。屋敷に慣れていたせいで、魔獣小屋くらいにしか見えなかったの。それと、トレーとベルテのことも。動揺していたとはいえ、言いすぎたわ。友達がいて、ケダモノだけじゃないって分かって安心したのよ。軽口を叩いたの。ごめんなさい」


 まだ、犬井と関り合う前の傲慢が強かった頃のミモザと比べれば、彼女の言葉は格段に弱く、殊勝になっている。


「ほら、お嬢様もだいぶ素直になってる! 謝ってるし、許してやれよ」


「これで素直で大人しくなってるってどうなの? 普通に不快なんだけど」


 ガルルと牙を剥くも、怒りは長く続かない。


 トレーに絆され、犬井は渋々頷いた。


「分かった、もういいよ。私も、混乱してる時に厳しくしてごめん」


 犬井も謝り返せばミモザはホッとして笑い、空気が和む。


『トレーのためだから』


 溜飲の下がらないマオは心の中で少し毒づいた。


「ねえ、マオ、どうして私はここにいるの? なんで、ケダモ……ベルテの腕の中で眠っていたの?」


「そんなの、私には分からないですよ。ミモザ様が望んでベルテ様に抱っこされたんですから、理由は自分に聞いてください」


「え!?」


 ミモザの目が大きく見開かれ、ポカンと開いた口が驚嘆を漏らす。


 それから、ミモザは当時の状況を知らされ、段々に頬を赤く染めていった。


「わ、私がそんなことをするわけないでしょう!」


「そんなこと言われても知りませんよ。仕方がないでしょう、していたものはしていたんですから」


「だって、貴方にあやされるだけならまだしも、部屋に到着したベルテにおねだりするなんて、そんな、だって私」


 トレーがベルテを呼びに行っている間、二人は一足先に小屋の中に入っていた。


 その頃のミモザはさらに情緒を悪化させており、わけもわからないままに泣いていたので、犬井は仕方なく彼女を抱き締め、背中を撫でていたのだが、ベルテが部屋に入った途端に状況が一変したのだ。


「やあ、トレーに話は聞いたけど、ミモザの様子はどうかな?」


 ごく落ち着いた様子のベルテが、ミモザを刺激せぬよう、気を遣って小さく声を出す。


 だが、それでもベルテの存在に勘づいたミモザは、スンスンと鼻を鳴らすと、


「ベルテ!」


 と嬉しそうに彼の名を呼んで、そちらに向かおうと暴れ出したのだ。


「ベルテがいい、ベルテ、ベルテ! って、聞かなかった。別に私、好きでミモザ様のこと抱っこしてたわけじゃないのに、私の腕とかペチペチって叩いて、ベルテ様の方に手を伸ばしてた。それで、ベルテ様に抱っこされたら急に大人しくなって寝た。ミモザ様、赤ちゃんみたいでしたよ」


「あれはビックリしたよね。何事かと思っちゃった。寝てる間も、意外と大人しくなかったし。まさか、尻尾を吸われるとは思わなかった。ミモザ、口の中は大丈夫かい? 抜け毛だらけになってない?」


 ベルテが不安そうにミモザの口元を見つめる。


 すると、ミモザも自身の異変に気が付いたらしく、口内をモゴモゴとさせると八足した表情になった。


「平気だからこっちを見ないで!」


 文句を言う彼女は口元を覆い隠し、そっぽを向いている。


「僕たちは見ないから、残ってるなら出しなよ。毛は消化できないんだ。うっかり飲んだりしたら窒息したり、お腹を痛めたりしてしまう」


「分かってるから、こっちを見ないでってば!」


 恥ずかしさで声を荒げるミモザだが、残存する物的証拠のおかげでマオたちの言葉が嘘ではないと分かったらしい。


 ミモザは姿を見られぬよう机の下に潜り込むと、ひっそり毛の除去作業に入った。


 自分たちの足元でゴソゴソと怪しい動きをするミモザに、マオが呆れた視線を飛ばす。


「ミモザ様、マヌケ。だいたい、どうしてミモザ様はベルテ様のお尻付近を漁ってまで尻尾に甘えたんだろ。体に抱き着くだけで十分幸せになれるだろうに。尻尾の先を吸うとかスケベすぎる。ミモザ様は変態? 破廉恥?」


 普段、自分たちが言われている言葉をここぞとばかりに返してやる。


 ベルテも苦笑いを浮かべた。


「まあ、尻尾はそういう部位だからね、そう言われても仕方がないだろうけど、まあ、ミモザに他意はなかったんじゃない? 混乱して、記憶も幼い頃と混ざっちゃって、それで癒しを求めただけだと思うよ。あの頃のミモザは僕の耳も肉球も、なんなら体全体がモフモフで最高だって、大好きだったみたいだけど、その中でも、特に気に入っていたのはフカフカの尻尾だったから」


「なるほど。当時からムッツリスケベ?」


「いや、小さい頃は流石にそう言うのは意識してなかったと思うよ。単純に抱き心地が良かったんじゃないかな? 僕も触りたいって言われると悪い気はしなかったし。でも、母さんには、他人にみだりに尻尾を触らせてはいけないって叱られたなぁ。それで、一度断ったらミモザ、泣いちゃったんだよね」


「泣き虫」


「そうだね。小さい頃のミモザは泣き虫だった。それで僕、困っちゃったんだ。尻尾は将来結婚する人にしか触らせられないんだよって言ったら、それからは僕と結婚するって言ってきかなくなったし」


 当時を思い出すベルテは少し困った様子だが、尻尾はハタハタと動いてどうしようもなく嬉しそうだ。


 きっと、彼の中にはミモザとの楽しい記憶が大量に詰め込まれているのだろう。


 机の下から出てきたミモザがギロリとベルテを睨んだ。


「ベルテ、適当なこと言わないでくれる。さっきのことがどうやら本当だったらしいことは認めるけど、私と貴方が初めてまともに会話をしたのは、二年前、貴方が私の婚約者になって、顔を合わせた時でしょう。貴方の幼い頃なんて……あれ?」


 ミモザの記憶には、確実に幼かった頃のベルテがいる。


 ぼやけた輪郭はまともな形を成さず、声も、匂いも、具体的な形はいっさい残っていなかったが、それでも確かに何かがあった。


 覚えのない記憶に戸惑うミモザを見て、犬井が不可解な表情を浮かべ、ベルテは寂しそうに尻尾を揺らす。


 トレーは全員の様子を眺めてから、ためらいがちに口を開いた。


「お嬢様、本当に何も覚えていませんか? ぴょんぴょんウサギのことも、昔は俺やベルテ様と仲が良かったことも、本当に何も、覚えていませんか?」


 トレーの声にからかいの色はなく、ただ、切なそうに、真剣に問いかけている。


 彼の目には、今のミモザの姿に重なって、小さかった頃の天真爛漫で無邪気な彼女がいた。


 ミモザの中にある古い記憶に働きかけるような心持ちで言葉を出したが、ミモザは押し黙ったまま、やがて首を横に振った。

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