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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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不安定なお嬢様

 草木も眠る丑三つ時。


 ミモザは寝付けずに何度も寝返りを打つと、やがて億劫そうに起き上がりベッドを抜け出した。


 月明かりだけが冷たく周囲を照らす室内で、ミモザは真直ぐに自分の机の方へ向かっていく。


 ゆっくりと開いた引き出しの中には小さな木の箱が大切に仕舞い込まれていた。


「開けられない。開けなきゃいけないのに」


 震える声は幼子のようで、今にも泣きだしてしまいそうだ。


 ミモザは数分間、じっと小箱を見つめると結局触れることすらできずにベッドに戻った。


 冷たくなった布は居心地が悪く、既に冷えた体温をなかなか温めてくれない。


 寝返りばかりのミモザは、この夜一睡もできずに朝を迎えた。




 最近のミモザは妙に疲れ気味だ。


 睡眠不足に食欲不振、脳はモヤのかかった懐かしい何かにかき乱され、心の落ち着く時がない。


 執務室にいると気が滅入ってしまうため、ミモザは以前よりも高い頻度でマオの元に訪れていた。


『もう、お昼なのに、まだ訓練所には来ていないのね。あまり魔獣小屋の方へは行きたくないのだけれど』


 辺りを見回すが、訓練所にはマオどころかゴルダやユニコーンなどの戦闘型魔獣もいない。


 きっと、全員で魔獣小屋にいるのだろう。


 マオには会いたかったが気がのらず、ミモザは岩のように重くなる足をその場に留めた。


 元々ミモザは素直で他者からの影響を受けやすい性格をしている。


 そのため、彼女は犬井と魔獣の世話をするうちに彼らの存在を認め、愛しく思うようになり始めていた。


 しかし、魔獣に親しみを覚えれば覚えるほど、ミモザは何故か魔獣小屋に近づけなくなっていった。


 頭の奥がぼんやりと痛くなって、例のモヤが強くなるのだ。


『なんか最近、ここには私の居場所なんかないんじゃないかって思えるわ。不思議ね、ここは私の家なのに』


 ミモザは深くため息を吐いた。


「トレー、そろそろ駄目」


「なんでだよ。ここには俺らだけなんだし、ちょっとくらいイチャついてもいいだろ」


「ううん、多分……あ、いた」


 犬井の瞳がミモザの姿を捉える。


 トレーは犬井に背後から抱き着き、頭に触れるようなキスをしていたのだが、犬井の視線でミモザに気が付くと「ゲッ」と声を漏らした。


 慌てて犬井から離れれば、彼女は少し不満そうにトレーを見る。


「ちょっと貴方たち、昼間からなんて破廉恥なことを!」


 仲睦まじい二人を目の当たりにしたミモザは顔を真っ赤にして憤慨している。


 しかし、犬井は首を横に振ると、


「別にこれは破廉恥じゃないです。ミモザ様、厳しすぎ。むっつり」


 と、揶揄うようにミモザを否定した。


「な! 破廉恥でしょう、こんな往来で抱き合って! 大体、こんな時間になるまで訓練所に来ないなんて、職務怠慢よ。恋仲になるのは構わないけれど、仕事をさぼるのは許さなくてよ!」


「サボってないです。今日はゴルダたちが朝から遊びたいって聞かなかったから、いつもと予定を変更して先に訓練しただけなので。ちゃんとトレーがスケジュールを考えたから、午前中にしなきゃいけない仕事は全部終わってる。今は、訓練所の掃除にきた。ミモザ様は?」


「え?」


「ミモザ様は、何でこっちにきたんですか? ここ一週間くらい、ずっとこうですよね。お茶会は午後からなのに」


 犬井の問いは純粋なもので、言葉以上の意味など存在しない。


 ただ、急に自分に会いたがるようになったミモザの変化を聞いただけだ。


 だが、ミモザは犬井の言葉を深読みし、「迷惑だからここには来るな」とでも言われた気分になった。


 目を吊り上げ、射殺すような視線を犬井に向ける。


「何よ! 私はここにいちゃいけないって言うの? 訓練所も魔獣小屋も含めて屋敷の敷地内は全て、当主たる私の所有物なのに」


 湧きあがる感情をそのままに、イライラと言葉を出して当たり散らす。


 急にヒステリックになるミモザに犬井の態度はどこまでも涼やかで、瞳は冷たいとすら思えるほど無感情だ。


「なんか最近、情緒が不安定ですね。私たちが少しでも気に入らない言葉を出すと苛立って喚く。いつもの怒りっぽいのとは違う、変な感じ。どうしてですか?」


 犬井の表情は無。


 けれど、耳は若干前に倒れていてミモザに向けられており、尻尾も下に下げて硬直させている。


 彼女はミモザの不可解な様子に緊張し、不安を覚えていた。


 だが、そのことを読み取れているのは犬や魔獣と犬井そのものに詳しいトレーのみだ。


 犬井の姿がミモザに嫌な何かを思い出させる。


 彼女はますます怒りを増幅させ、同時に、言語化しがたい不快な感情を身に湧きあがらせた。


「何よ、何よ、何よ! 私がおかしいって言いたいの!? メイドのくせに!」


 目の縁に涙をため、甲高い声で怒鳴って唇をかみしめる。


 癇癪を起すミモザにトレーは痛ましげな表情になると、耐えきれない様子で彼女から目線を逸らした。


 しかし、犬井は静かな態度のまま、真っ直ぐミモザを見つめ返して頷いている。


「おかしいです。態度も変だけど、姿も変。目の下にはクマができて、髪だってボサボサ。それに、痩せましたよね。私は他人の変化に疎いんです。大好きなトレーの前髪にすら気が付けないこともあるくらい。その私が不信感を覚えるくらい、ミモザ様は変になっています」


 告げれば、ミモザが「なによ……」と呟いでボロボロと大粒の涙を溢す。


 グラリと体勢を崩すと、ミモザは地面の上で座り込み、肩を震わせて泣いた。


「おい、マオ、言いすぎだ。でも、ミモザお嬢様も、マオの言う通り確かに最近変です。俺、お茶を淹れますから、ちょっと落ち着きましょう」


 トレーがそっとミモザの肩に触れる。


 すると、彼女はそれを叩き落し、今度は、


「ぴょんぴょんウサギは触らないでよ!」


 と、トレーに牙を剥いた。


 トレーの瞳が酷く驚いたようにまん丸く見開かれる。


「ミモザ様、いくらおかしくなって、弱ってるからって、トレーにその言葉は許さない」


 ウサギにまつわるトレーの傷を知っている犬井だ。


 それ関連の侮辱だけは許容できないとミモザを睨みつけ、低く唸って威嚇する。


 だが、トレーは素早く犬井の口を塞ぐと、


「マオ、落ち着いてくれ。今のは、多分そう言う意味じゃない。それより、気になることがある」


 と、声をかけて彼女を制止し、今度は屈んでミモザと目線を合わせた。


「お嬢様、『ぴょんぴょんウサギ』って言葉、どこから出てきたか覚えていますか?」


 ミモザはうずくまって腕の中に顔を隠したまま、フルフルと首を横に振った。


「分かんない。分かんないわよ」


「そうですか」


 トレーは少し考え込むと、それから犬井の方を振り返る。


「マオ、今日って確かベルテ様が来る予定だったよな」


「うん。お昼過ぎに来るって言ってたから、もうそろそろだと思う」


「そっか、ありがとう。ミモザお嬢様、お嬢様は、ベルテ様に会いたいと思われますか?」


 優しく、小さな子供に声をかけるように穏やかに問いかける。


 ミモザは「分かんない」と泣き声を漏らした後、静かに頷いた。


「会いたいんですね」


「分かんないって言ってるでしょ」


「じゃあ、会いたくないわけではないんですね」


「……うん」


 ミモザが小さく、小さく頷くと、トレーがホッとしたように笑う。


「マオ、俺はこれから小屋に二人を迎えられるよう軽く準備をして、それから、ベルテ様に事情を話してくる。その間、ミモザ様のことを見ていてくれ。今、ミモザ様はあの頃みたいになってる。きっと傷ついてるから、あんまり厳しいことは言わないでやってくれよ」


「厳しいこと、いってないけど」


「自覚なしか、難しいな。そしたら、なんも言わないで近くにいてやれ」


 頼んだぞ、とトレーが犬井の頭を撫でる。


 犬井はコクコクと頷くと、約束を果たすためにミモザの隣に座り込んだ。


 しばらくすると、ミモザがそろそろと手を伸ばして犬井の尻尾の先をギュッと握る。


 尻尾はトレー以外にはみだりに触れられたくない部分だったが、犬井は何も言わず、ただ、その近くにいた。


「……」


 ミモザが膝の中で小さく唇を動かす。


 名前を呼ぶ。


 幼子のような彼女は一見すると犬井に縋っていたが、実際には別の誰かに助けを求めていた。

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