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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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デジャブ

 ほんの数分間いねむりをして、ハッと気持ちよく目覚めたような昼。


 犬井は綺麗にならされた硬い土の上で目を覚ました。


 転生時に用意されたらしい衣服は真っ白な麻のワンピースと革のブーツだ。


 気が付いた頃にはシッカリと地面を踏みしめ、見知らぬ土地に立っているのだから、普段は無感情ぎみな犬井も酷く驚いてしまう。


「生きてる」


 困惑で体の感覚が不安定になっており、今一つ現実を受け止められない。


 夢でも見ているかのようにふわふわとした心地を覚えている犬井は衣服越しにペタペタと体に触れ、ポツリと言葉を出して命を実感した。


 生に執着はなかったはずだが、それでも生きていることを知るとホッと安心を覚えた。


『ここ、どこなんだろう』


 微かに吹く風に心地良さを感じながら、周囲を見回す。

 しかし、ここは犬井の世界には存在すらしなかった土地だ。


『なんか、ちっちゃい運動場みたいな? 小さい小屋があって、水飲み場っぽいのがあって、地面には線が引かれてる。あ、あの木の人形、ボロボロだ。噛みつかれたみたいな抉れに引っかき傷。なんか、えぐい』


 森の中をくりぬいて作りだされたような空間は人工的で、木製のマネキンに刻まれた傷跡は獣に襲われたかのように、妙に生々しい。


 犬井の見る光景は彼女の世界にあったどの場所とも結びつかなかったが、固く整えられ、印をつけられた地面は唯一、校庭を彷彿とさせた。


『変な場所。異世界ならではの場所なのかな』


 呑気に周囲を観察して首を傾げる。

 すると、不意に強い衝撃が右肩に走った。

 痛みはないが酷く圧迫されているような感触がある。


『痛……くないけど、なに?』


 妙に生暖かな違和感を受ける肩に驚き、振り向く。


 そこには剛毛に包まれた巨大な獣の顔面があった。


 クマに酷似した獣は額に一本、角を生やしており、噛み砕かんばかりに犬井の肩に食らいついている。


 しかし、クマの牙は犬井の衣服に穴をあけるばかりで彼女自身の肌には傷一つつけられていない。


 それよりも、犬井はクマの首が三つもあり、それぞれが別の方向を向いていることの方が気になった。


『なにこれ、ケルベロス? いや、ケルベロスは犬だから違うか。クマベロス的な? 流石、異世界だ。そして私、とても強いな。最高だ』


 体にダメージがないためか、妙に落ち着いてしまってマジマジとクマの化け物を見る。


 ただの熊どころか得体のしれない狂暴な生命体に襲われてもビクともしない体には感動すら覚えたし、実害がない以上、クマの化け物も可愛いばかりの愛玩動物だ。


 まるでウサギにでも体当たりされたような気分で、犬井は穏やかな心地になり、柔らかい笑顔を浮かべた。


「よしよし、いい子、いい子」


 カップりと噛みつかれたまま、モフモフとクマの剛毛を撫で、優しく声をかける。

 するとクマは一瞬だけ固まって、それからグルルと小さく唸り声を上げた。


『硬くてシッカリとした毛。でも、妙に心地がいい。モフモフふわふわの動物を撫でている時とは違った幸福感がある。気が強い子みたいだけれど、かわいいな。適当に決めたお願いだったけど、我ながら良いことをお願いしたかもしれない。この体なら、病気も怪我も恐れずに思う存分、モフを堪能できる。そういえば、私の耳もふわふわになってるんだっけ? どれどれ?』


 クマを十分に堪能した後は、自分の頭についたモフモフの耳を撫でる。


 形状はハスキーのようなピンと立った狼系の耳であり、転生前と比べて随分と高い位置についている。


 当然ながら転生前に耳の生えていた位置には何も無く、犬井は不快ではないが妙な違和感を覚えた。


『モフ耳、気持ち良い。変な感じするけど、悪くない。そうだ、私は今、尻尾も生えてるんだよね』


 耳の次は尻尾の有無も確かめようと手を伸ばした時、チクリと棘に刺されたような感覚を覚え、犬井は思わず「え?」と声を上げた。


 見れば、ふわふわとした毛の装飾が付いた小さな矢のようなものが腕に突き刺さっている。


 傷は全くもって深くないが、それでも数ミリ皮膚に突き刺さったソレには何かが塗布されていたらしく、犬井の身体がグラリと揺れる。


 一気に力が抜け、糸を失った操り人形のように体が崩れていく。


 倒れ込みながらも矢の飛んできた方向を見れば、男性が一人、茫然とした表情で犬井を見つめていた。


「なんで、ただの人間が……クソッ! あいつ獣人か!」


 再度、犬井の方向に矢を放った後、男性は酷く焦った様子で犬井へ駆け寄った。


『なんか言ってる。何?』


 意識が薄らぎ視界もぼんやりと霞む中では、男性の言葉を聞くことはできない。


 犬井は怒鳴るように口を開く男性を少しだけ眺めて、それから重くなった瞼を閉じた。

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