人間になりたいと呻くだけの化け物
地上にも、地下にも、天界にも、どこにもあってどこにもない空間、それが神の間だ。
神の間は神様のための空間であり、彼の居住である。
過去や未来に干渉することができ、永遠に存在し続けるその場所には時間という概念がほとんど存在しない。
不眠不休で永久に活動できるが、反対に言えば、その場所にある物体は時間経過による影響を受けない。
食欲や睡眠欲を感じる事無く、年も取らずに止まった時の中で世界を眺めるだけ。
ただ存在し続けるだけだ。
自我を保ったまま、この場所に長く存在し続けられること、それこそが神様が神様たるゆえんの一つであり、彼が人間とは遠くかけ離れた存在であることの証明でもある。
そんな彼は、時折、自分の空間に転生者を招く。
暇つぶしに現状を問うたり、褒美を与えたり、あるいは罰を下したり、理由は様々だ。
犬井も数度、夢を通して神の間に招かれていた。
だが、今、神の間に招かれているのは別の転生者だ。
犬井と同じく日本から来た彼は神様に牙を剥いていた。
「どうして家族を、故郷を殺した!」
怨恨と悲哀、憤怒を瞳に宿してきつく神様を睨みつける。
絶叫する喉は切れてしまいそうで、ギチギチと握り締めた両手からは血が数滴したたっていた。
「なんでって、君を裏切ったからだよ。僕が気が付かなければ、君は殺されるところだった」
「なら、助けてくれるだけでよかった! 真実を教えてくれるだけで! 殺す必要は……あんな風にする必要はどこにもなかった!」
「だって、定期的に力を使っておかないと世界のためにならないからね。信仰心も集まらないし」
神様は、たまに世界に大きな天罰を与える。
それは、かつてトレーが語った国の消滅や、男性の家族、故郷を襲った大きな水害など様々だ。
そうやって、神様が世界に罰を与える理由は一つ。
自分が強大な力を持っていることを知らしめ、信仰心を途絶えさせないようにするためだ。
「僕の存在が世界から忘れられたら、僕はこの世から消滅してしまう。一から世界を作り上げた神が消えてしまったら、何が起こるか分からない。だから、これは必要なことなんだよ」
神様は、もう何千年もの間、「天罰を与えられる」事象を見つけてはこまめに世界に罰を与えてきた。
今回の男性も、そろそろ世界に罰を与えたいと考えていた神様の目に運悪く止まってしまったに過ぎない。
柔らかく、諭すような態度の神様に男性は絶句した。
「お前は、それだけで何千人もの命を奪ったのか?」
「何千人は大袈裟だよ。今回の罰は一つの町を壊しただけの小規模なものだから、せいぜい二、三百人じゃないかな。世界の記憶からはすぐに消えちゃうだろうけど、その地域では伝承に残り続けるだろうから、悪くない程度の罰だね」
神様に悪意はない。
だから、平気な顔で男性の心を逆なでし、ボロボロに痛めつける。
転生前の男性は家庭や学校で理不尽な暴力を受け、誰よりも恐ろしい攻撃性を持つことを望んで転生した人間だった。
そんな彼に与えられたのは特殊な魔法で、全てを切り裂き、破壊する武器を作り上げることができる魔法だ。
男性は静かに魔法を行使すると大剣を出現させ、それを両手で握り締めた。
「死ね」
短い言葉に感情と思考の全てを乗せ、一気に神様に切りかかる。
体を真っ二つにされた神様は断面から黒く溶け、ベシャリと床に落ちて広がった。
二つのヘドロは沈黙してぷ栗とも動かない。
男性はフーフーと興奮した息を吐きながら肩を震わせ、涙をぼろぼろと溢す真っ赤な瞳で神様だったものを見つめた。
「随分と感情的になったね」
真っ黒なヘドロが神様の声で言う。
デロデロと集合し。人の形を作っていく。
すぐに神様は復活して、目の笑っていない温和な表情を男性に向けた。
彼は驚愕で目を見開き、怯えるかのように大剣を構えた。
だが、男性の予想とは反対に神様に攻撃の意思はない。
「そうやって僕を殺したくなるほど、君は家族や皆が大好きだったんだね。正直、そうは見えなかったから嬉しいよ」
神様はヘラリと笑った。
「僕を殺そうと思えるまで周囲を、世界を愛したご褒美を上げよう。何でも良いよ、行ってごらん」
「なら、元に戻してくれ。死んだ皆も、水没した故郷も」
力なく、けれど希望を振り絞るように言葉を出す。
神様はアッサリ首を横に振った。
「ごめん、何でもいいと言ったけれど、それは駄目なんだ。僕は一度自分がした行為を取り消さない。そして、生き物も僕の力では蘇らせない。そういう力を持った人間がやるのは構わないんだけれどね。僕が直々に巻き戻しの力を使っちゃうと並行世界ができたりして面倒だからやらないんだ」
「それなら殺してくれ。もう、消えたい」
「せっかく心ない欠陥品から世界を愛する人間になれたのに、いいの? 勿体なくない?」
「人になったから、死にたくなったんだ。皆に会えないなら、いっそ、殺してくれ」
男性は虚ろな目をしている。
神様は「そんなもんか」と呟いて男性に光をまとわせた。
「その光が、君の意図をくみ取って望む死に方を与えてくれるよ。転生の時みたいにさ」
「そうか」
男性は頷いて、小さく目を閉じた。
「温かい。何となく、コイツがどこに連れてこうとしているのか分かる。俺、アンタが前に言ってた死者の世界に行けるんだな。そこには家族がいるから。ハハ……あんたなんかより、この光の方がよほど優しくて人間らしい。あばよ、人になりたいと呻くだけのバケモン」
ペッと唾を吐いて、男性は消えた。
「行く先には自分を殺そうとした人間がいるのに、変な子。普通は恐怖で近寄りたくも無いんじゃないかな。やっぱりあの子、人間になれてなかったのかな? 理解できないや」
神様は男性の言葉や望みが理解できず、コテンと首を傾げた。
それから、彼の言葉を思い出してため息を吐く。
「酷いこと言ってくれるよね。僕だって、人になりたがるだけはあって少しは人間なのに。ちゃんと君がいなくなって寂しい、暴言を吐かれて悲しいよ。それに、以外にも君から学びが無くて切ない。君とも結構、似ていると思っていたのに」
神様は美しく表情を歪めると、それから小さく手を振って空間にモニターのようなものを作り出した。
画面には犬井、トレー、ミモザが映っている。
神様は、以前に比べれば随分と動くようになった犬井の表情や、感情を反映してやまない耳、尻尾を眺めた。
「犬井真緒さん、随分と変わったなあ。それもこれも、ずっと欲しがっていた『好きな人』という存在を、心から愛せる対象を得られたからかな。でも、まだ、足りない」
神様の望みは人になること。
その願いの最奥には、人間に対する共感力を身に着け、人の世界に対して一体感を得ることがあった。
叶えるには、人間全体を愛するような博愛的な感覚が必要になる。
それを学ぶために、神様は転生者たちにもその感覚を欲した。
「聖女や勇者となった子らは、正しく博愛主義者だった。でも、そもそもあの子達は僕とはかけ離れた価値観を抱いていたからね。いわゆる、優しすぎて人間味がない子達だった。なにも理解できなかったな。でも、真緒さんは違う。だいぶ僕よりの人間だ。あの子が世界を、せめて自分の周囲を好きになれれば、僕も人間たちを人として愛する方法が分かるかもしれない」
神様は座椅子を作り出すとそこに座り込んで、味の無いお菓子とジュースを作り出した。
立っているのが不快だったわけでも、空腹になったわけでも、あるいは口寂しかったわけでもない。
全部、人間の真似事だ。
「あの子がトレー以外の人間も大切に思えたら、何か一つ、ご褒美を上げようか」
雲のようなポップコーンを噛んで、神様は笑った。




