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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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仕置き

 未だ薄暗い、ひんやりとした朝。


 犬井は目を覚ますと眠たい目を擦ってベッドを抜け出し、椅子に座って静かにブラッシングをしていた。


「珍しいな」


 唐突に話しかけられ、犬井がビクリと体を揺らす。


 ギギギと油を差していない機械のようにぎこちなく首を動かしてトレーを見る。


 彼は毛布に入り込んだまま、のんびりと欠伸を噛み殺していた。


「おはよう、今日は起きるの早いね」


「そうか? こんなもんだろ。お前こそどうした? いつもなら、もう少し眠ってベッタリ俺に張り付いてるのに」


「毎日、このくらいの時間には起きてる。でも、トレー、温かいから、ついくっついちゃう。そうすると安心して、眠くなって寝ちゃうだけ」


「温かいって、暑がりで初冬の今ですら薄着なのに?」


「うん。服から得られる熱と人からもらう温かさは別だから、くっつく。寒いからって言うより、気持ちいいからトレーに抱っこしてもらうの」


「なるほどな」


 途切れた会話の中、犬井の髪に櫛を通すシュッシュッという硬い音だけが響いた。


「なあ、マオ、何で今日はこっちに来ねーの?」


「んぇ!?」


「いや、いつもは俺が起きたって気づいた途端、待ってましたとでも言わんばかりに尻尾振ってブラシを持ってくんのに、今日はずっと自分でやってるから」


「たまには……気分転換的な?」


「ふ~ん、気分転換ね。でも、普段セルフブラッシングをサボってるつけが回って、髪も尻尾も梳かしきれずにボッサボサになってるぞ」


「え、どこ?」


「基本後ろの方。見えないからっておろそかにすると、綺麗にしたとこすら悪影響を受けて結局全部がぼさぼさになるぞ。ほら、来い。いつも通り綺麗にしてやるよ」


「いや、大丈夫。鏡を見れば何とかなる」


 犬井の態度は普段に比べて妙に白々しく、何か後ろめたいものを隠しているような雰囲気だ。


 トレーが無言で犬井を睨みつけると、彼女は気まずそうに視線を逸らした。


「不器用なんだから止めとけって、大人しく、いつも通り俺にブラシされてろよ。せっかっく綺麗にしてやってんのに、今日テキトーに手入れされて枝毛だらけにされちゃ、たまんねーし」


「いや、大丈夫。今日から自分で梳かす。だから、平気」


「平気じゃねーだろ、毛が傷むんだから」


「傷まない、大丈夫」


 ベッドから降り、犬井の方へ近づこうとすれば彼女も立ち上がって彼から距離を取る。


 トレーが犬井からブラシをひったくろうとすれば、彼女は綺麗に避けて彼の後ろに立つ。


 普段は、どんなに逃げるようなそぶりを見せても、すぐにトレーの方へ吸い込まれて甘える犬井が、今日は髪の毛一本すら触れさせない勢いで彼を避ける。


 無言の攻防戦は五分ほど続き、トレーは彼女の本気を悟った。


 同時に、犬井がそうなった原因を一つしか見つけられず、ギロリと怨恨の瞳で彼女を睨みつける。


 トレーが犬井の手元や上半身ばかりを狙っていた関係で尻尾は比較的無防備だ。


 隙を突いてガシリと尻尾を掴めば、犬井が「きゃっ!」と可愛らしい悲鳴を上げた。


 獣人にとって尻尾は弱点であることが多く、それは犬井も例外ではない。


 愛しい人に尻尾を掴まれると全身から力が抜けて抵抗が難しくなった。


「トレー、待って、まって!」


 声をふにゃふにゃに甘えさせて、自分をベッドの方へ連れ込むトレーに涙目で訴える。


 足をモジモジと動かす姿はひどく恥ずかしそうだ。


 しかし、トレーは犬井が少しでも逃亡の意思を見せると、きつく尻尾を握り締めて阻止した。


 そうして犬井を引きずってくと、そのままベッドの端に座り込み、今度は自分の膝の上で彼女をうつぶせにして寝かせた。


「トレー、待って、駄目だってば!」


 犬井を寝ころばせたまま上へ尻尾を持ち上げれば、彼女はトレーに尻を突きつけるような姿になる。


 これから何をされるのか悟った犬井が制止をかけるが、トレーは無視をして、空いた手で彼女の尻尾の付け根辺りをペンペンと叩き始めた。


「んぅっ!」


 キュッと目を瞑る犬井が、驚いたような、堪えるような声を上げる。


 そのまま、彼女は声を抑えて熱を身体に閉じ込めていたが、何度も付け根を叩かれると我慢ができなくなり、ふわふわと甘い吐息を微かに開いた唇から漏らした。


「ふぁっ、うっ……あの……とれー、だめ、だってば」


 ふにゃふにゃとトレーに体を預けたまま、弱り切った声で文句を紡ぐ。


 しかし、対照的にトレーの手にある犬井の尻尾は、陸に打ち上げられたばかりの活きのいい魚のごとく激しく暴れ、歓喜していた。


「尻尾をこんな風に揺らし方しておいて、それはないだろ。獣人は皆ここが好きだもんな。気持ちいんだろ」


 トレーがニヤニヤと嬉しそうに問えば、犬井がブンブンと首を横に振る。


「嘘つくなよ。少なくとも口に比べて体は正直だぞ」


「えっちなこといわないで。やだ。いやだから」


 起床してからずっと、犬井はトレーから顔を背けてばかりでほとんど表情を見せていない。


 当然のごとく目も合わせず、そっぽを向いてばかりの犬井の姿は拒絶的で嫌悪的だ。


 それでも、いつも通り自分が甘やかせば普段の犬井に戻ってくれるのではないかと思っていた。


 だが、淡い期待は砕かれ、犬井は頑なにトレーを拒否したままだ。


 嫌、という言葉がトレーの神経を逆なでして、静かに蓄積させていた怒りを爆発寸前まで追い込む。


「何が嫌なんだよ」


 低く唸って、叩く力を強める。


 すると、犬井の体に刺激の強い甘さが走って、彼女はビクッと体を揺らした。


「とれー、や、だめ……」


 快楽で瞳を潤ませて、モタモタと手足を動かす。


 相変わらず大きく揺れる尻尾だけは制するのにコツがいったが、彼女自身を留め、いたぶるのには何の支障も無い。


 トレーは犬井が「素直」になるか、あるいは自分の心が晴れるまで、ひたすら、執拗に彼女の尻尾の付け根を叩き続けることに決めた。


「ほら、素直に、『もっと、気持ちいい』って言ったらやめてやるぞ」


 意地悪く誘うが、犬井は頑なに首を横に振って決して頷かない。


 両手をギュット握って堪える犬井は、


「とれー、たすけて」


 と、泣き声を溢した。


『襲ってる相手に助けを求めてどうすんだよ、馬鹿だな』


 心の中で犬井に苦笑いをして、黙々と仕置きを続ける。


 結局、どんなに叩いても犬井はトレーの求める言葉や態度を示さなかった。


 トレーの心が一時的に晴れる頃には、犬井はすっかり弱って、指を一本動かすのも億劫なほどになっていた。


「トレーのおバカ」


 ようやく解放された犬井がトレーに背を向け、震え声で文句を溢す。


 顔は真っ赤で汗だく、瞳からもポロポロと涙を溢す彼女は小さく丸まっている。


 尻尾は怯えるかのように犬井の足の間に入り込んでいた。


 その姿を眺めるトレーの瞳は冷たい。


「お前、俺のことが嫌いになったんだろ」


 突き放すように言葉を出せば、犬井の耳がぴくんと動いた。


 彼女の首が微かに横に揺れる。


「違う。トレーのこと好き」


 続く言葉にトレーが苛立って舌打ちをした。


「でも、お前、ぜんぜん俺の方見ないじゃん。いつもだったら多少強引でも甘やかせば最後には自分から抱き着いてくるくせに、今日はずっと逃げたままで。お前、昨日の俺の話を聞いて、やっぱ俺のことが嫌いだ、汚いって、そう思ったんだろ。ふざけんなよ、スケベ狼のくせに」


 ガルガルと唸るトレーは激しく怒っているようだが、同時に深く傷ついてもいて、やり場のない感情が声を大きくさせる。


 犬井はやっぱり首を横に振った。


「好き」


 明確な肯定をだす。

 だが、それも正反対の行動をとったまま発せられれば虚偽のようで、どこまでもトレーの心を黒く濁らせた。


「じゃあ、何でさっきからこっちを見ねーんだよ。いい加減にしろよ!」


 怒りに任せて犬井の肩を掴み、強制的に彼女の顔を自分の方へ向けさせる。


 トレーの想像上で、犬井は泣いていた。


 汚れた醜い獣から性的な暴行を受けた彼女は恐怖と嫌悪感で顔を青ざめさせ、ブルブルと唇を震わせて泣いていた。


 しかし、実際の犬井は相変わらずというか、ある種、案の定というか、彼の予想とは正反対の姿をしている。


「トレー」


 犬井はフルフルと体を震わせると、ジッと彼を見つめる。


 それから、感極まった様子でトレーにモギュッと抱き着いた。


「トレーのこと、ヤラシイ目で見てごめんなさい! 嫌な思いさせて、ごめん!」


 グズグズと震えた弱り声でハッキリ発せられたのは見当違いの謝罪。


 密着する体は快楽に甘やかされたままホコホコと温まっていて、激しい興奮を残す。


 今日、初めてまともに自分へ向けられた瞳もハートに埋め尽くされ、ドロドロに溶け、歪んでいる。


 泣いていることには泣いていたが、一目で悲しみや苦痛ではなく、甘い興奮で涙を溢したのだと分かる欲情の目をしていた。


 また、恐怖の象徴として足に挟み込まれていたと思われていた尻尾は抱き着く拍子に外へ逃げ出して、激しく、大きく揺れている。


 いつもの歓喜の尻尾だ。


「結局、トレーに甘えてごめんなさい」


 トレーには理解できぬ謝罪を続ける犬井はどうしようもなく彼を溺愛していた。


「えっ、おま……なん?」


 あまりに想像とかけ離れた犬井の姿にトレーは激しく困惑し、それしか言葉が出てこなかった。

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