表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/53

襲われ狼

 風呂上がり、トレーが犬井のブラッシングをする習慣は相変わらずだ。


 ベッドに座り込んだ犬井の髪や尻尾を丁寧に櫛で梳かしていく。


 そうすると、真っ黒な髪は艶が出てサラサラに、暴れて毛玉を作ってばかりの尻尾も毛並みの揃ったモフモフの塊へと美しく整えられた。


 この時点で犬井は気持ちが良くて堪らなくなり、大きな丸い目をウトウトと細めていたのだが、加えて耳までマッサージされると、トロンと蕩けてしまった。


「マオは俺に触られるの好きだな」


 すっかり脱力して自分へ寄りかかる犬井に対し、トレーはどこか満足げだ。


 どこか含みのあるようなヤラシイ雰囲気の言葉に彼女は小さく首を横に振った。


「ブラシされるのが好き」


「いや、触られるのも好きだろ。マオは甘えん坊だもんな」


 鼻歌でも歌うように機嫌よく言葉を述べて、トレーはスルリと手のひらを犬井の体の上で滑らせた。


 ごく自然に犬井の豊かな柔らかさに触れ、それを緩く揉みまわす。


 すっかり眠たくなっていた犬井もトレーの動きに気が付くと目を見開き、ポンッと頬を染めた。


「トレー、どこを触ってるの。駄目だよ」


 彼を見つめる瞳は非難めいているが同時に甘えていて、尻尾はソワソワ、モジモジと忙しなく揺れている。


 トレーの嗜虐心が少しだけ疼いた。


 犬井を背後から抱き締めたまま、ゆっくりと重心を移し自分ごと彼女の体を横に傾けていく。


「駄目じゃないだろ。昨日もこうやって遊んだんだから」


「昨日も、ちゃんと駄目って言った。トレーがきかなかっただけ」


「でも、マオも途中からかなりノリ気になってただろ。あんな格好でぺったり俺に張り付いてきて、誘ってるようにしか見えなかったぞ、発情狼」


「うっ! い、いや、でも、だってあれは……」


 バツが悪そうに目を逸らす犬井は弱り気味だ。


 トレーは畳みかけるように犬井を押し倒すと、その上に覆いかぶさった。


「きゃっ! トレー!」


 文句を紡ごうとする犬井の唇に触れる。


 犬井は目を大きく見開いたまま、大人しく固まった。


 まるで良い子とでも褒めるようにトレーの瞳が柔らかく歪む。


「マオ、俺はマオに触るのが好きだ。もっと触れたい。抱きしめたい」


「ん」


「ほら、マオ」


「ん、んぅ」


 否定とも肯定ともとれる、小さな唸り声のような返事を繰り返す。


 犬井はトレーに甘い。


 直接の対象が自分でなくても、「好き」と言う言葉にはどうにも弱ってしまう。


 気を抜けば抱き返し、甘い触れ合いを許可してしまいそうになる。


 犬井はキュッと自分自身を抱き締めると身を固くして防御の姿勢をとった。


 すると、焦れたトレーが犬井の頬や額にキスを繰り返す。


 それから、犬井の口に自分の唇を押し付けると舌で彼女の唇を割り、歯をなぞって中に入れて欲しいと強請った。


 吸ってみたり、歯茎を柔く押してみたり、可能な限り犬井の開かない口内をもみくちゃにしてみた。


 しかし、犬井は涙目で小さく首を横に振り、決してトレーを中に入れない。


 十数秒後、諦めたトレーが犬井から口を放した。


「なんかマオ、今日はガードが固くねーか?」


「昨日は、食べられかけちゃった、から。頑張らないと、また、食べられちゃう」


 キスを拒んでいる間、犬井は荒い鼻呼吸を繰り返していたのだが、慌てていたせいかうまく空気を取り込めていなかったらしい。


 口呼吸に切り替えた今も酸欠のような状態になり、途切れ途切れに声を出している。


 犬井の言葉にトレーが不満げな表情を浮かべた。


「ちょっと前までは食っていいって言ってたのに。キスもハグも添い寝も、マオの方がしたがって強請ってきてたし」


「前は前、今は今だから」


「ふぅん」


「トレーがもしも、億が一、私のこと好きになってくれたら、毎日あまあまする」


「あまあまって何だよ」


「イチャイチャ。いっぱい食べていいよ」


「億が一って、なんでそんなに可能性低いんだよ。自己肯定感、低いのか?」


「いや、ただ、何となく。トレーは最初に食べた日以外、私に『好き』も『愛してる』も言わないから、トレーが私を好きになってくれるイメージがわかない。トレーが私に甘えたがってイチャつきあがる理由も可愛くないし」


 トレーが犬井を襲いたがる理由は複数あるが、その最たるものは、


「主観的にも客観的にも責任を取る理由を強化し、自分と犬井の状況を八方塞がりに追い込んでいきたいから」


 だった。


 意識すら危うかった例の夜と違い、ある程度は理性の効く現在のトレーが犬井を襲えば逃れはできない。


 強情な犬井も、次第に自分と付き合うしかないことに気が付くだろう、あるいは、屋敷が状況に気が付けば、自分たちの関係に何らかの強制力をもたらしてくるだろう。


 トレーはそのように考え、行動していた。


 だが、トレー自身も、どうしてこんなにも必死になって責任を取ろうとするのか、まるで分っていなかった。


『ベルテ様にも呆れられたっけ』


 いつかのベルテとの会話を思い出す。


 ここ最近、犬井がトレーを避けている現状を見て、二人を心配したベルテが「何かあったの?」とさりげなく彼に問いかけたのだ。


 やたらと潔癖で自分を目の敵にしてくるミモザに例の話をすれば面倒になると踏んで、彼女には黙っていたが、ベルテには犬井とのことを隠す理由がない。


 そのため、素直に事情を話せば、ベルテには、


「ちょっと最低な話かもしれないけれど、普通に食い逃げしちゃうんじゃ駄目なの? マオちゃんだって、ヤリ捨てしてくださいって言ってるようなものだし、そのまま放っておけばいいんじゃないの?」


 と、聞かれたし、


「そんなに付き合いたいなら、嘘でも好きって言ったらいいと思うけど。マオちゃんは、トレーが自分を好きなら付き合うって明言してるんでしょ。あの子にトレーの言葉を疑うような力があるようには見えないよ」


 とも言われた。


 どちらの理屈も理解できる。


 しかし、トレーは、その両方とも選ぶ気にはなれなかった。


『好きかは分かんねーけど、一緒にいたい。マオのこと、好きなように触れるのもいいし、俺だけに向けられる感情も嫌いじゃない。手放したくない。でも、マオに好きだって言うのも嫌だ。騙すのが嫌って言うより、なんか、単純にしたくない』


 犬井を好ましく思うトレーだが、彼女に対してもっているのは純粋な好意というより歪な独占欲だ。


 ベルテの提案に首を振り、思ったことを告げれば、


「僕も相当だろうけれど、君もかなり拗れているんだね」


 と、呆れた苦笑いをされてしまった。


 以来、トレーは犬井との関係や自分の感情に悩み、定期的に思いを馳せて悶々としていた。


『なんか、考え事をしたら疲れた。甘えたい』


 トレーは基本的に犬井を「その気」にさせるためにアプローチをかけているわけだが、その中には自分が癒されたくて彼女に甘えている時もある。


 今は犬井のふわふわと柔らかくムチムチな体に包まれて安心しながら眠りたい気分だ。


 しかし、トレーは犬井に癒されることを諦めると彼女の上から降り、そのまま隣で寝ころんだ。


 背中は犬井に向けられている。


『どうせ、俺の気分なんてマオには伝わらねーよな。今日はもう警戒されてるし、大人しく寝るか』


 しつこくして嫌われてしまうのも困る。


「おやすみ、マオ」


 トレーは意外にもあっさり犬井とのじゃれ合いを終えると、睡眠前の挨拶だけをして瞳を閉じた。


「んえ!? う、うん、おやすみ」


 何故か同様がちな犬井が挨拶を返す。


 それから犬井もトレーに背を向け、瞳を閉じたわけなのだが、数分後、彼は自分の背後に違和感を覚えるとまどろみから抜け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ