小心者なお嬢様と毛玉
とある昼下がり。
犬井はいつもの魔獣小屋でゴルダやユニコーンにブラシをかけていた。
それだけならよくある光景なのだが、珍しいのは、その傍らにミモザがいることだ。
「ミモザ様、ここにいる子は誰も貴方を害さないです。だから、そんなに緊張しないで。貴方がそんなに怯えていたら、皆もつられて不安になる」
縦にも横にも自分の二倍以上も大きいゴルダの体は酷く筋肉質で、一目で圧倒的な生物的強者なのだと分かる。
普段、自分を取り囲む生き物は人間のみ。
執務室に閉じこもって書類仕事ばかりしているミモザにとって、ゴルダは未知の脅威だ。
彼女は目の縁に涙をため、カタカタと小刻みに体を震わせた。
「む、無理よ。だって、あんな化け物……」
魔獣たちにとって、自分やトレーを虐げてきたベリア家の主であるミモザへの心象は決してよくない。
化け物呼ばわりという不名誉にゴルダが低く唸り、ユニコーンが威嚇するようにカッカと蹄を鳴らして鼻を鳴らすと、ミモザは小さく悲鳴を上げ、一歩、後退った。
「ミモザ様、悪口は駄目。皆も落ち着いて。ミモザ様は身も心もちっちゃいんだ。あんまりおどかしたら可哀想」
ゴルダたちとミモザの間に割って入った犬井が静かに彼らをなだめる。
すると、魔獣側は一旦落ち着いたのだが、今度は犬井の背後で、
「誰がチビの小心者よ!」
と、ミモザが喚いた。
しかし、ポコポコと怒る彼女に対して犬井は無表情な冷静さを貫いている。
「本当のことでしょ。肝も器もちっちゃくて怖がりなのに、無理していばったりして。弱いから強い言葉や悪い言葉を使うんですよね」
「うぐっ!」
淡白な言葉は鋭く短い毒矢だ。
ミモザの心臓に真っ直ぐ突き刺さり、彼女はじわじわとダメージを受けた。
「むぐぐ」と唸りながら、悔しそうに歯ぎしりをしている。
「全く、貴方が呼び出すからわざわざきたな……掃除等改善の余地のある小屋に来てあげたのに、無礼よ!」
「だって、ミモザ様がいるとトレーが私に悪い事しないし、それに、そろそろミモザ様も部屋で魔獣に慣れるには、とか言ってないで、直接ふれあうべきです。多分、魔獣は生き物なんだ、かわいいんだって、そういうのを知るのには、直接かかわるのが一番」
「それは、そうね。いい加減、怖がってばかりでいるのもやめるわ」
「その調子。でも、私も悪かったです。いきなりゴルダは、普通の人には厳しいから。私も、今の強い体になる前はクマと触れあったりできなかったし。というか、死因はクマだし」
「そうよ! いきなり凶悪そうなのと関わらせようとするなんて……そうなの!? でも、え!? あれ!? そ、それなら貴方、クマに対してトラウマとかないのかしら!? どうして平然とゴルダと戦闘ができるの!?」
ギョッと目を見開くミモザが驚愕した勢いで矢継ぎ早に質問を重ねる。
犬井はうるさそうにパタパタと耳を振った。
「別に、戦ってないですよ。アレはただの訓練。確かに死んだばかりの頃はクマを思い出すと少し怖かったけど、でも、私の世界にいたクマとゴルダは全然違う見た目をしてるから。それに私の体、神様から貰っただけあってすごく頑丈ですし。ちょっとやそっとじゃ壊れないから、平気です」
犬井は元々動物が好きだ。
だからこそ、噛まれたり引っ掛かれたりして怪我をする心配なく魔獣のお世話をしたり、彼らとじゃれ合ったりすることができる現在の体を気に入っている。
犬井の話を聞いてポカンとするミモザを尻目に、彼女は静かに立ち上がると奥の方からウサギの魔獣を一体、連れてきた。
「これは?」
「この子はウサギ魔獣のメティ。黄金の粒を生み出すことができる魔獣です。ウサギの魔獣は気性が荒い事が多いけど、この子は心が優しくて、ミモザ様が高慢な態度をとっても唯一足踏みをしない子だから、連れてきました」
犬井はメティをミモザの膝の上に乗せると、それから、ブラシを一本手渡した。
メティはミモザの膝の上でモゾモゾと体を動かすと、やがて落ち着く体勢を見つけたのか、その場で寝転がるように座り込む。
つぶらな瞳をミモザに向け、キュルンと小首を傾げた。
「かっ、かわい……くないわ、こんな毛玉」
一瞬、ほわりと表情を和らげたミモザだったが、すぐにツンと顔を背けて毒を吐く。
犬井が呆れたように彼女を見た。
「今の、相手がメティじゃなくて他のウサギ魔獣だったら、ミモザ様、足を蹴られてましたよ」
「こわっ! やっぱり、魔獣なんて理性の無いケダモノじゃない」
「逆でしょ。魔獣たちにはみんな、知性がある。だから、馬鹿にされたら怒るんです。傷つけられたら困るプライドがある。だいたい、メティはミモザ様のこと蹴ってませんよ。ちゃんと理性も優しい心も持っています」
犬井がたしなめれば、ミモザは少し悔しそうな表情で「そうね」と呟いた。
それからは黙々とブラシをかけていき、二人で大きな毛の塊を作り上げていく。
「小さいくせに随分と抜け毛を溜め込んでるのね」
「そうですね。私も最初、意外でした。でも、これも貴重な資源」
「へえ、この小汚い毛の塊が何かに使えるってこと?」
「そうです。耐火性に優れているから、例え抜け毛でも欲しがる人はいるみたい。綺麗に洗って加工して、毛織物に混ぜ込むらしいですよ」
「あ! それなら分かるかも! 確か、カーペットになったり、衣服になったりするのよね。へえ、材料はコレだったんだ」
名家を背負うものとして、ミモザは日々、勉強をしている。
仕事が関われば少しは魔獣の話をすることもできて、彼女は嬉しそうに目を輝かせた。




