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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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対話

「私が空っぽなんて、失礼ですね、神様」


「でも、本当のことだろう? 君の人生を僕も見せてもらったけどさ、君も僕と同じで心を大きく動かしたことなんてなかったよね。周囲からはクールなんて言われていたけれど、実際はただ虚無がまとわりついていただけだ。感情を溜め込まない心臓、内から湧き出ることのない愛情、欲求の無い生活はさぞつまらなかったことだろう」


 神様の言葉を聞いて、犬井は何となく自分の心臓の上あたりに手を置いた。

 そして、少し考え込んでからフルフルと首を横に振った。


「私と貴方は違う。私は別に、ちゃんと人間になりたいとか思ったこと無い。それに、父も母も好き。ご飯食べるのも、眠るのも好き。ちゃんと人間」


 身に覚えのある感情と頭に浮かんだ親しい人を頼りに主張するが、神様はヘラリと笑って犬井を否定した。


「違うよ、犬井真緒さん。だって、僕にも何個かはうっすい感情があるもの。漠然と世界が好きなのもそうだ。でも、空虚を掻き消してくれたり、心を満たしてくれたりするほどの何かじゃない。何かが足りなくて、違っている。僕たちは確かに欠落しているんだよ。君は人間だからソレを取り戻せるだけだ」


「いや、私は」


「僕はね、君を見てピンときたんだ。ああ、今までの誰よりも僕に似ているこの子なら、今度こそ僕に人の心を持つ方法を教えてくれるって。ものすごく嬉しくなってさ、僕は今、ほんの少し高揚感を覚えている。僕は、早く君が人間らしい心を持って生の喜びに満たされる姿を見たいんだよ」


 再度、否定の言葉を投げかけようとする犬井の方へズイッと身を乗り出して、神様は自信満々に語る。


 張り付いた笑顔には、ほんのりと興奮が混じっていて、もはや犬井が何を言っても無駄だろうことが察せられた。


 イタチごっこになりそうな予感に面倒くささを覚えて、結局、彼女は「そうですか」と曖昧に肯定した。


 神様は嬉しそうに微笑んで、「そうだよ」と頷いている。


「僕はね、自分の世界に君たちを送る時、いくつか要望を聞いているんだ。例えば若返りたいとか、貴族に生まれたいとか、そういうのだ。満ち足りた人生を明け渡すのに役立つし、ただ転生、転移させるだけじゃつまらないからね。でも、僕に近すぎる君は、ちょっとした欲求すらもなさそうだな。どうしようか」


「どうしようかと言われても……だいたい、私にも要望くらいある。屈強な体が欲しい。クマに噛まれても平気でいられるくらい、強い体」


 淡々と言葉を述べると、悩ましげな表情を浮かべていた彼は驚いたように目を見開いて彼女を見つめた。


「意外だね。もしかして、君はあの時、死にたくなかったのかい?」


「意外って。そりゃあ、生きたいか死にたいかで聞かれたら、多分、生きたいと思うけど」


「多分、ね。良かった。僕の予想より感情や欲を持っていたわけじゃなさそうだ。それにしても、クマに襲われても無傷な体ね。もちろん可能だけれど、生への執着、未練が激しいわけじゃないなら、どうしてそんなものが欲しいと思ったんだい?」


 クマに負けない体というのは、要望を問われた犬井が何となく頭に浮かべただけのもので大した意味はない。

 そのため、神様に問いを重ねられて犬井は困ってしまった。


「しいて言うなら、強い体で動物を堪能したい。昔から動物は結構好き。モフモフ柔らかな毛並みとか、つぶらで愛らしい瞳とか」


「なるほどね、いいんじゃないかな。アニマルセラピーなんてのもあるくらいだし、もしかしたら動物が君の心を癒して感情を得るきっかけをくれるかもしれない。でも、そうだな、それなら君は今回、獣人になってみないかい?」


「獣人?」


「そう、獣人だ。君の世界にはいなかったみたいだけれど、僕の世界にはいるんだよ。全身モフモフで異常に強い力を持つ人間が。君は犬井さんだし、犬系の獣人にでもしてあげようか。ピョコンと生えた大きな耳にふわふわの尻尾、全身がモフモフで包まれたボディは愛くるしいよ。どうかな?」


 犬井は自身の両手のひらをジッと見つめて、自分が獣人になった姿を想像した。


 今はツルツルな肌も転生後にはモフモフの毛皮に包まれて、指紋のある指先には肉球が生えるのだろう。

 爪も今のような薄く張り付いた形状ではなく、分厚く尖ったものになるのだろう。


「モフモフな姿も悪くなさそうだけど、でも、私は長く今の姿で生きてきたから、いきなりそういう生き物になったら不便そう。それに……」


「それに、どうしたんだい? 次の人生への不安は少ない方がいい。何でも言ってごらん。可能な限り対応してあげるから」


 促されて、犬井はつぐみかけた口を開いた。


「いや、私の恋愛対象はモフモフじゃない、私の世界によくいたタイプの人間だから、配偶者がモフモフになるのはちょっと……動物は好きだけれど、そういう好きじゃないし」


 生前、好きな人すらおらず恋愛にもロクに興味の無かった犬井だが、それでも今後できるかもしれない恋人の存在は気になるらしい。


 犬井は気まずそうに、あるいは恥ずかしそうに言葉を述べている。


 具体的な相手すら見込めない机上の空論的な心配事を神様にクスクスと笑われ、犬井はムッとしたように唇を尖らせた。


「笑い事じゃないよ。そりゃあ、私は好きな人なんていたこと無いけど、でも、今後も可能性はゼロじゃない。私はモフモフとは恋できない。恋愛の可能性が消えるのは死活問題」


 不満そうに言葉を募らせる犬井に、神様は「違う、違う」と首を横に振った。


「君の杞憂を笑ったわけじゃないよ。ただ僕は、やっぱり君は僕と同じ欲求を持ってるんだって知って、嬉しくなっただけさ。大丈夫、大丈夫。獣人は獣人同士でも恋に落ちるし、君の言う普通の人間とも恋をする。人間という存在にモフモフか否かは関係ないんだよ。まあ、個人の思想の関係で獣人を、あるいはモフモフでない人間を忌み嫌う人もいるけれどね。ただそれは、君たちの世界で言う人種に近いものさ。差別する人もいるけど、そうじゃない人もいるって、それだけだよ」


 加えて、神様は全身がモフモフとした獣に近い姿の獣人だけでなく、獣の耳や尻尾、それに獣人特有の怪力や異常に高い身体能力だけを持つ人間、今の犬井の姿に近い獣人にすることもできるのだと話した。


「モフモフの耳と尻尾だけなら、いいかも。やっぱり、全身モフになって抜け毛とか体の扱いの心配をするのも面倒だし、私は今の姿に近い獣人になりたい」


 ハッキリと述べれば、神様は「分かったよ」と頷いて、それから彼女を真っ白な光で包み込んだ。


「これから君は光に溶け込んで新しい体に作り替えられる。そして、そのまま、僕の世界のどこかに飛ばされるんだ」


「どこかって、場所は分からないの?」


「うん。この光は優秀でね、世界のシステムと繋がっている。だから、一度君を分解する過程で光が君のデータを読み込んで、最適な君の在り方、居場所を割り出し、そこへ自動的に送るんだよ。その結果は完了するまで僕にも分からないけれど、でも、光は君の欲求や心を見抜いて転生、転移を実行してくれるから、安心して身を委ねていいよ」


「へえ。なんか凄いんだね。でも、あれ?」


 ふと感じた違和感に首をひねる。

 すると、神様は苦笑いを浮かべた。


「今さ、もしかして、光があるなら僕との対話はいらなかったんじゃないかって思わなかった? 確かにそうなんだけれど、でも、いいじゃないか。僕だって、これからの観察対象とお話くらいしたいんだよ。少しくらい時間をくれたって構わないじゃないか。光は一人の人間に対して一度だけ時間をさかのぼれるんだから、君は絶対に求める時代の求める場所まで行けるしさ」


 不貞腐れたように言葉を出す神様だが、犬井の感じた違和感はソレではない。


「違う。私が思ったのは」


「あ! 光の解析が終わったみたいだ。君は一瞬だけ眠りについて、次の場所につく。おやすみ、いってらっしゃい。どうか、君の人生に幸あらんことを」


 自身を包む光がひときわ強くなって、犬井の思考が大きく揺さぶられ、鈍る。

 酷く眠たい気がして瞼がトロンと落ちる。


 ヘラリと手を振る神様に犬井が問いたかった不安は、

「自分が本当は生きたいと思っていなかったらどうなるのか」

 ということだった。


 犬井は淡く怯えたまま眠りについた。

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