小悪魔侵入者
『全く、アイツらはいつまでも俺を子ども扱いしやがって』
ユニコーンが魔獣小屋の方へ戻っても、変わらず魔獣たちは心配そうに自分を見つめている。
その様子に、トレーは思わず苦笑いを溢した。
しかし、困ったような態度とは裏腹に孤独だったトレーの心には優しさが満ちている。
トレーにとって、魔獣は絶対に裏切らない自分だけの味方だ。
身体的な苦痛は相変わらずだったが、彼らの姿を見て、いたわりの心を知るだけで、幾分か発情期がマシになった錯覚さえ覚えた。
『もう少し頑張るか。アイツらのためにも、俺のためにも、それに、マオのためにも』
少し回復した心で決心をする。
だが、そんな優しさに満ちた決意もすぐに崩れ落ちる。
破壊したのは、犬井だった。
「トレー、これは一体?」
自分のすぐ隣でトレーと魔獣たちを交互に見て、困惑の表情を浮かべる。
犬井は普段と同じ薄いキャミソールのワンピースを着て、キョトンと無防備に首をかしげていた。
「マオ、お前、何でここに!」
トレーが絶叫に近い悲鳴を上げる。
すると、犬井は困ったように眉を下げて申し訳なさそうに目線を下にやった。
「ごめん。来ちゃいけないことは分かってたんだけど、でも、トレー、ものすごくうなされて暴れてるし、おまけに今日は大きな物音がしたから、流石に心配になって」
壁の破壊音に目を覚ましたのは、何もトレーだけではない。
リビングのソファベッドで眠っていた犬井もまた、轟音に叩き起こされた一人だった。
トレーを襲う驚異など想像もできなかったが、彼が危険にさらされていると考えれば立ち止まっている暇などない。
犬井は大急ぎでドアをこじ開けて、トレーの様子を見に来ていた。
「えっと、ゴルダが壁を割って、ユニコーンがトレーの苦しいを治したのか。あ、そうなんだ。ちゃんと治しきれたわけじゃないのか。え!? それは本当なの!?」
「お、おい、マオ、さっきから何をブツブツ言ってるんだ」
魔獣たちの瞳を見つめ、ブツブツと何かを呟いている犬井が不気味だ。
トレーが狼狽えていると、犬井の視線が魔獣たちの方から彼へと移った。
美しい黒の瞳が怯えたこげ茶の瞳を捉えて柔らかく微笑む。
「前から、魔獣たちの瞳を見ると何となく皆の言いたいことが伝わってきてた。でも、今日は言葉で話すみたいにハッキリと心が伝わった。それで、どうして皆がトレーの部屋にいたのか分かったんだ。どうすれば、トレーを治せるのかも」
「は!? 俺を治すってどういう!」
動揺するトレーを押し倒し、あおむけに寝かせる。
ギシリとベッドを鳴らして、犬井はトレーの上に覆いかぶさった。
「あのね、詳細はトレーに教えてもらいなさいって、ユニコーンに言われちゃった。でも、トレーが大好きならできることだって。ねえ、トレー、私、トレーが好きだよ。あの、その、愛してる」
フニフニと柔らかく美味しそうな唇が、トレーへの愛を語って誘う。
恥ずかしそうに上気する頬は桃色。
声音は酷く甘えているが真剣だ。
愛の言葉が特にトレーの性欲を掻き立てる。
理性をグラつかせた。
「や、やめろ、待て! お前、本当に分かってないのか!? 俺がどうやったら治るか、想像できないのか。ユニコーンは何も言わなかったのか?!」
パニックになった口が、脳に浮かんだ困惑を滅茶苦茶に吐きだす。
自分が何を問おうとしているのか、トレーは自分自身でも半分くらい理解できていなかった。
ただ、押し倒されたまま犬井を襲うことが無いよう、必死にこらえ、シーツを握り締めている。
「えっと……」
トレーの質問に答えようとする犬井は妙に恥ずかしげだ。
モジモジと目線を変え、それから、ゆっくりとトレーに体重を預けると、彼の耳元に自身の口を近づけた。
「間違ってたら恥ずかしいんだけど」
ボソボソと小さな声で正解を告げる。
トレーはギョッと目を丸くして、犬井の顔を見つめた。
「合ってた?」
「いや、その……」
「合ってた? それなら、覚悟はできてるから。あの、トレー、最初はキスがいいな」
トレーのカサついた唇をジッと見つめて、熱心に強請る。
「馬鹿、やめろ! ユニコーン、ゴルダ!」
いよいよ我慢の効かなくなってきたトレーは、物理的に犬井を引き剥がしてもらおうと魔獣に助けを求める。
しかし、ユニコーンは慈愛の瞳を二人へ向けると、小さく頭を振ってトレーへ背を向けた。
他に彼を手助けしてくれそうな魔獣もおらず、ゴルダに至っては木の板を使って簡易的に大穴を防ぎ始めている。
「待てゴルダ、お前、壁直せたのか!? だったら常日頃から……いや、違う、そう言う話じゃなくて」
あっという間に作り出される二人きりの空間。
ユニコーンが癒しの光を使って空間を消臭したから、漂うのは家畜小屋の匂いではなく犬井の発する花のような香りばかりだ。
加えて、部屋の異常を確認するためにつけたベッドランプが間接照明のような働きをして、部屋をやたらとムーディーな空間に作り替えている。
しかも、本来逃げるべき犬井は、
「トレー、あの、早く」
と、いじらしくトレーを誘っている始末だ。
むちむちと柔らかく豊満な胸を押し付け、キスを強請り、モゾモゾと動いて肢体をトレーへ絡ませる姿は痴女と称されても仕方がない。
トレーは段々と脳が痺れて欲に支配され、どうして犬井を襲ってはいけないのか、分からなくなり始めていた。




