干渉不可の理由
『やっと行ったか』
扉の前から人の気配が消えて、トレーはようやく落ち着くことができた。
発症して以来、体温の上がり続ける体からほんの少し力を抜く。
緊張が解けて、いくらか安心することができた。
トレーは、けして犬井が嫌いではない。
むしろ、かわいらしい顔つきやふっくらと肉付きの良い体はトレーの好みだ。
トレーは性格上、疑い深かったから素直でわかりやすい性格も好ましかったし、元気に働く姿を遠くから眺めるのも楽しかった。
無欲なわりに自分を求めてハグやブラッシングを強請ってくるのも、明確に他者から必要とされているのを感じられて気分が良い。
転生者という高位の身分で、自分以外にはロクに懐いていないことを知っているから優越感も通常より膨れた。
加えて、トレーが屋敷で唯一、獣人の扱いに長けているからではなく、自分という人間を選んで魔獣小屋に住み着いたのが嬉しかった。
一緒に生活していると、今まで胸にぽっかりと空いていた何かが満たされた気がした。
今だって、甘えられるのならば犬井に甘えて、生まれて初めてまともに人間から看病されてみたかった。
だが、それは叶わない。
何故なら、トレーを襲っているのは恐ろしい病などではなく、発情期だからだ。
発情対象は、トレーが性的に、かつ好意的に見ている異性ならば誰でも良かったが、現実的に考えれば犬井ただ一人になる。
『アイツ、前に俺のこと好きだって言ってたよな。それなら襲っても』
異性のことなど考えていなくても、常に全身は熱を帯びて脳が欲で支配されている。
発情期によって強制的に「可能性のある女性」へと意識が打ち付けられる。
身近な異性が存在してしまったトレーの発情期はこれまで以上に苛烈で、自分で処理をするのではとても追いつけないほどになっていた。
それこそ、つい、気を抜けば犬井を襲ってしまいそうになるほどに。
『やめろ! 考えるな! それだけは駄目だ!』
犬井の姿を思い浮かべた瞬間、マグマのようにせり上がった熱と欲求を力強くベッドを殴ることで打ち消す。
『あと三日か四日、どんなに苦しくても時間が経過すれば発情期は終わる。それまでの辛抱だ』
トレーは乱暴に枕元を漁って紙袋からいくつか錠剤を取り出すと、それをいっぺんに口に放り込んだ。
その中には睡眠を誘発する物も含まれている。
『そんな目で、そんな目で見てくるな、このクソ野郎が! お前のせいで俺の人生は最悪だ!』
医者が持ち込んだ紙袋には、トレーの種族を示唆する動物のイラストが描かれている。
紙袋に書かれた動物はつぶらで無垢な瞳をしている。
トレーは目が合うなり舌打ちをすると、袋をグシャグシャに潰して丸め、床へと投げた。
憤るトレーは涙を流していた。
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