意外な羞恥心
ベルテが帰宅した夜、犬井はいつものようにトレーのソファに潜り込んで彼に引っ付いた。
「お前は毎回のように引っ付いてくるんじゃない。ったく、マオは女で俺は男だって何回も言ってるだろ」
「それは知ってる。でも、一緒に寝るのに関係ない話」
「一番関係あるだろ! このバカ!」
トレーが犬井を軽く小突くと彼女はプクッと頬を膨らませてジトッと彼を睨んだ。
毎晩、こりもせず自分の元へやってくる彼女の姿にトレーは呆れてため息をつく。
そして、同時にふと小さな好奇心が頭をよぎった。
『そういえばコイツ、ベルテ様にちょっかいをかけられても全然平気だったよな。感覚が転生前のまんまだったからって言ってたけど、でも、ベルテ様はかなりのイケメンだぞ。メイドの中にもベルテ様には見惚れるやつがいるくらいだし。それなのに少しも心を動かないってことは、もしかしてコイツ、本当に男に興味がねーのかな』
男性にまるで興味がなく、思考もほとんど性的なことに向かないとなると、ひょっとして犬井は自分のことを男というより喋る湯たんぽとして見ているのではないか。
そんな考えがトレーの頭によぎった。
『男全般にまるで興味がないのか、じゃなきゃ俺単体を舐め腐ってるのか、ちょっと気になるな』
浮かぶ好奇心のままに、トレーはてこでも動かないと頑なになる犬井の片手を持ち上げ、ベルテのように手の甲にキスをした。
『よく考えてみたら、男に興味がなくても、あるいは俺を湯たんぽとしか思っていなくても反応は同じか。なんも分かんねーな』
キョトンとしたいつもの無表情を想像して犬井の顔を覗き込む。
すると、トレーの予想に反して犬井は真っ赤になり、パキリと固まっていた。
少し開いた唇はわなわなと震え、明らかに動揺し、恥ずかしがっている。
「お前、羞恥心とかあったんだ」
目を丸くしたトレーがそう言うと、犬井は更に体を熱くし「うう~」と呻いて彼の上に溶けた。
「重いって。溶けるなよ」
「だって、動けなくなった。トレーがキスするから、動けなくなった」
グデッと体を熱く溶かしたまま、トレーに体重をかける。
真っ赤に潤んだ瞳が甘えてトレーの瞳を見つめる。
柔らかな肢体が自身に絡みついて強制的にトレーの体温をあげていく。
汗ばむ肌が妙に綺麗で、空いた胸元が普段よりも艶やかに映った。
『かわいい』
珍しく女性らしい反応をする犬井が愛らしくて、弱っているから襲いたくなる。
トレーは危機を察知するとすぐに立ち上がり、足早にベッドのある元自分の寝室へ向かった。
「あれ!? トレー、どこ行くの!?」
「どこってベッドだよ」
「私も行く!」
「俺のせいで動けなくなったんだろ。じゃあ、今日はそこで寝てな」
「動ける! やっぱ動けるようになった!」
「適当なこと言ってんな」
必死に対抗する犬井に対し、トレーは素早く部屋に入り込むと内側から鍵をかけた。
「籠城された! ねえ、トレー、開けて。今日も一緒に寝たい」
「駄目だ」
「だって、トレー温かい。一緒に寝るの好き! モグモグしてもいいから!!」
「その話題をいま出すな! 本当に襲うぞ! 俺が自分の意志で鍵かけてるうちにさっさと寝ろ!」
壊さぬようにこじ開けようとドアと格闘する犬井に対し、トレーも人知れず自分の中で激しい戦いを繰り広げている。
トレーは分厚い木の板越しに犬井を叱ると、それからさっさとベッドに潜り込んで眠ろうと苦心した。
時が経ち、トレーが決してドアを開けぬことを悟ると犬井も諦めてソファーに戻り、眠る。
そして翌朝、寂しかったとトレーに抱き着いて彼を困らせた。




