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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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居心地のいい場所

「そういえば、ベルテさんはどうしてここにいるの?」


「どうしてって、なにが?」


 質問の意図がくみ取れず、ベルテは不思議そうに首を傾げた。


「とても偉い人なら、普通、こんなところに顔を出さないでしょ」


 訓練所や魔獣の飼育小屋は犬井とトレーの仕事場であり、とくに彼にとっては幼少期からの大切ない場所だ。


 だが、それらはどんなに清掃しようとも魔獣の匂いが染みついており臭く、抜け毛や砂埃が待っており汚い。


 特に魔獣や獣人に対して強い忌避感情を持っているベリア家の客人が訪れるような場所には思えなかった。


 そう素直に口にするとベルテは苦笑いを浮かべ、トレーは困ったような表情で頭を掻いて目線を逸らした。


「なんというか、ね。ねえ、マオちゃん、僕は何に見える?」


「何って、狼獣人」


「ベリア家は何が嫌いだっけ?」


「それは、魔獣と獣人。だけど、ベルテさんは偉い人なんでしょ? いくらベルテさんが獣人だからって、変なことはされないと思うけど」


 犬井がコテンと首を傾げると、やがてベルテはプッと噴き出し、それから楽しそうに笑い始めた。


 犬井を誘った時のわざとらしく怪しい雰囲気や、先ほどまでの回りくどく犬井を誘導する演技じみた姿。


 それらに比べ、現在のベルテは素直に笑う無垢で純粋な青年に見えた。


「ツボっちゃった」


「まあ、ベルテ様は変人なところがあるし」


「そうなの?」


「ああ。何でかは知らねーけど、ここが居心地いいんだってよ。屋敷で悠々自適に過ごすより、俺の仕事を適当に眺めて、俺と喋って帰るのが一番いいんだってさ」


「ベルテさん、トレーのこと好きか」


 むっと頬を膨らませた犬井がトレーを奪われまいと彼の腕に抱き着き、ジトッとベルテを睨みつける。


 犬井は変なことを言い出すなよと苦く笑って、軽く犬井の頭を小突いた。


 ベルテがベリア家の屋敷ではなくトレーの仕事場へ顔を出したがる理由は概ね犬井のものと同じだ。


 犬井が受けた扱いと同じで露骨に嫌がらせはされないものの常に無視をされているような感覚がまとわりつくベリア家。


 高級で清潔な空間に高品質な材料がたっぷりと使われた菓子や紅茶は絶品だが、不愉快な空間で食しても無味、又はマズいだけだ。


 それよりも、お喋りを楽しんで自分を一人の人間として扱ってくれるトレーの下へ顔を出した方がよほど有意義で楽しい時間を過ごせた。


 ベルテにとってトレーはベリア家における数少ない友人であり、味方だったのだ。


「それに、ベリア家の一大産業である魔獣の飼育がどうなっているのか、キチンと自分の目で確認したかったから。()()ベリア家の人間が担ってるんじゃ不安だったけど、トレーが適切に管理していると知って安心したよ」


 まだ目尻に目を浮かべたまま、柔らかく微笑むベルテにトレーは苦く笑って目を逸らした。


「いや、全然っすよ。特にコイツがここに来てから実感しました。俺は自分で勉強して、ちゃんとアイツらを育ててたつもりだったけど全然足りなかった。力も時間も余裕も。ようやく清潔にしてやれるようになった小屋、運動不足とストレス不足を解消できるようになった戦闘型魔獣、今までやれてなかったことがボロボロと零れてきて……」


 トレーが小さくため息をつく。


 犬井が来て以来、静かに感じていた劣等感と後悔を吐きだし、落ち込むトレーの肩をベルテがポンと叩いた。


「それでも、君はよくやってくれたよ。出会った頃の君は今よりもずっと幼かったのに、あの激務と責任を一身に背負わされて今日までやり遂げてきたんだから」


「まあ、あの頃は仕事ができなきゃ追い出されて死ぬしかなかったっすから。きっかけをくれたアイツらにも恩返ししたかったですし。てか、俺と出会ったばっかの頃のベルテ様だって、まだ小っちゃかったっすよね。俺より年下のくせに、何言ってんすか」


 トレーが肘でベルテを軽く押し返す。


 悪戯っ子のような表情を浮かべる彼は古くからの友達に接するようで、酷く楽しげだ。


 犬井はトレーに気を許せる友人がいたことに喜びを覚えると同時に、少しベルテが羨ましくなった。


 気が付けば犬井はトレーの服の裾をキュッと握っていた。


「マオ? どうかしたか?」


 不思議そうな表情のトレーが犬井の顔を覗き込んだ。


 犬井はハッとすると顔を横に振って何でもないと呟いた。


「そっか、それならいいけど」


「うん。それより、もう少し二人の話聞きたい」


「僕たちの?」


「うん。トレーがちっちゃい頃の話、知りたい」


 不思議そうなベルテに犬井がコクコクと頷く。


 すると、彼は納得がいったように「なるほどね」と笑った。


「小さいっつっても、俺がベルテ様に会ったのはベルテ様が四歳で、俺が十一か二の頃だからな。そこまで小さくもねーぞ。あと、俺らはその頃はまだそんなに交流がなかったから、別に話すような思い出話も無い」


「そうだね。その頃は僕よりもミモザとたくさん接していたはずだ。まだ優しくて天真爛漫だった頃の彼女とね。ミモザの話は僕も聞きたいな」


「いや、ミモザ様との話も別にそんなにねーっすけど」


「聞きたいな」


 正面からはベルテのシッカリとした圧を、すぐ隣からは犬井の絡みつくような圧を同時に受け、トレーの体がじっとりと汗ばむ。


「いや、ほんと別に、面白い話とかなんも無いですって。話してほしけりゃ話しますけど、ガッカリしないでくださいよ」


「ああ。分かったよ。そうしたら近日中に来るから、シッカリ思い出しておいてね」


「なんか怖いっす。というか今日じゃないんですね」


「うん。今日は予定が入っていてね。僕としても、もう少しのんびりしたいんだけれど、まあ、あとは愛しのミモザの顔でも見て帰るさ」


「そうですね」


 軽い調子のベルテに対し、トレーは妙に真面目な表情で頷いた。


 トレーの態度を見て、ベルテがふわりと嬉しそうに笑う。


「君くらいだよ、僕がミモザの話をしてもそんな風にしてくれるのはさ。だから僕はここに来てしまう。この屋敷で唯一美しくて居心地の良い場所に」


 ベルテは「またね」と二人に手を振って去って行った。


 その尻尾は機嫌よく揺れていて、妙に犬井の中に残った。

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