滲む色
翌日金曜日、クラス旗の一回目の集まりが開催された。
「下書きはボクがするんだけど、何か案があれば聞きたいんだけど、何かあります、、か」
挨拶もなしに単刀直入・開口一番に君がみんなに尋ねた。
もじもじして、文法がおかしくて、言葉に詰まって、最後に僕の方を見るから誰に語り掛けているのか傍から分かり難かったことだろう。
少しの沈黙の後、男子の一人が特にな~しと言って。
もう一人の男子も俺も~と便乗する。
僕と君が最後に残った女子に視線を向ける。
彼女は焦った様子で、わ、私もと言って、結局、誰も案なし。
「じゃあ、これでいいかな。・・・いいですか」
君はポケットから1枚の紙を取り出して彼らに見せた。
そこには優雅に翼を広げ、獲物を掴み取る寸前の、獰猛で凛々しい黄金の鷹の絵が描かれていた。
彼らは「すごっ」とか「かっこよ」とか言って、男子の一人がこれでいいじゃんと言って、もう一人が賛成と言って、最後に残った彼女も頷いて賛同していた。
想定以上の好評。君は少し照れた様子だった。
「じゃあ、来週の月曜日の放課後から色塗り始めるので、絵の具とか持ってきてください」
今度はもじもじが多少改善されて、文法は普通で、言葉に詰まることもなく、言い切っていた。
いろいろ心配していたが意外と問題なさそうだなと思いなおすのだった。
そうやって解散の流れになると男子一人が手をあげて
「わりぃ放課後は部活あるから無理だわ」
もう一人も入ってきて
「大会が近くてさ」
それだけ言い残して、恐らく部活へ行ってしまった。
まぁ、いい。人は少ない方がやり易い。
それから10日が過ぎて、クラス旗も半分ほど完成していた。
これまでの集まりで彼ら男子二人の参加回数はゼロ。
しかし、問題ではない。このペースなら充分余裕をもって終われる。
僕等と彼女の3人でいつも作業をしている。
ずっと静かで会話も殆どない。必要最低限の会話だけで作業が進んで、傍から見れば面白くないだろう。
でも、僕等はそれが好きだった。
隣で作業するクラス展示係を横目に、口数の多さだけが空気の良さではないとつくづく思う。
最近は君と話す時間が長くて、少し忘れていたのかもしれない。
時折気が付くと、真剣に楽しそうにしている君を眺めていた。
それは少し意外だったから、もの珍しいものに目を引かれていただけだから。
更に1週間後。文化祭が近づいてきたこともあって、授業の時間を準備の時間にしてくれる先生が増えた。
とは言ってもクラス旗はもう殆ど完成している。
あまり早く終わらせると別の係に派遣させられえるから、との理由で最近はゆっくり丁寧にを突き詰めている。
教室の中は実質授業がつぶれた喜びで賑わっている。
クラス旗係の例の男子二人も例外でなく、はしゃいでいる。
5人同時に色塗りは狭いし、締め切りまで余裕はあるしで、別にイラつきなどしない。
そう思っていた矢先、事件は起きる。
彼らが遊んでいたクラス展示で使うサッカーボール、それが僕等の絵の具用の水を入れた紙コップに当たってしまう。
僕はとっさに倒れるのを防ごうとするも、手を伸ばすよりも先にコップは倒れ、絵と旗に水が滲む。
君は急いで旗を持ち上げ、そばにあった雑巾で小さく声を漏らして必死に拭き始めた。
僕と彼女も協力して、あらかたの水分は拭きとれた。
水量はそれほど多くなく、被害は一部分だけ。締め切りまで余裕はある。
不幸中の幸い、修復は問題なくできる。
でも、だけれど、きっとそんな単純な問題ではない。
僕は君の顔を見れずにただ、君の汚れたワイシャツだけを見ている。
君の息が、漏れた声が、耳に残って離れない。
静かな教室の中に、君の悲しみが滲んでいる。