瞳に映る僕
大抵、どのクラスにもボッチが一人はいる。
どのグループにも属せない惨めな人種。
それが僕等。
このクラスにはボッチが二人いる。
それが僕と君。
僕が席を立てば、君も席を立つ。
君が弁当を広げれば、僕も弁当を広げる。
移動教室の最後尾にはいつも僕等がいる。
僕等はボッチだ。
会話などなく、時折目線を交差するだけ。
それだけで十分だった。
僕等は孤立しているが孤独ではない。
その距離感が、その関係が僕等には適温だった。
その日は大粒の雨が降る日だった。
薄暗い教室の中はいつもより賑わっていた。
僕等はというと読書をして時間をつぶしていた。
読書はそれほど好きでもないが君を真似て仕方なく・・・。
そんな僕のもとに彼がやってきた。君じゃない。
本を閉じて必要以上に俯いた顔を上げる。
彼は微笑んで顔を近づける。
それは僕達の関係を周りに気付かれないための配慮。
いつものは耳元で囁いてくるが、今日は教室が騒がしいからだろうか、少し距離がある。
「部活休みになったから一緒に帰ろ」
そう呟いては返事を待たずしてグループの中に消えていった。
僕と彼の会合は誰の目にも気にも止まらない。
君一人を除いて。
視線を本に向けてはいるがその動揺は隠せていない。
僕には分かる。
いつもよりページをめくるのが早い。
君がしているのは文字列を目でなぞるだけの読書の振り。
僕がいつもしていることだ。だから分かる。
内心、こいつよりはマシだと見下していた相手に先を越されたとあれば、僕も同じ気持ちになっていただろう。
立場が違ったら、僕だったら、この関係を続けられない。
だから、きっと僕と君の関係はこれで終わりなんだ。
ホームルームが終わって、掃除が終わって、放課後。
駐輪場にて彼を待つ。
彼の名前はアオイ。
僕の唯一の親友。
容姿端麗、頭脳明晰、みんなに慕われる人気者。
それ故に放課後は引っ張りだこでいつも遅れてくる。
既に20分、まぁいつのもことだ。
雨音にでも耳を傾けて時間をつぶす。
今日はいつにもまして遅い。
その辺の石ころを転がしたり、タイヤの空気をチェックしたり、暇つぶしのレパートリーもなくなってきた。
重いし熱いし動き辛くなるから後回しにしていたが、しかたなく合羽を着始める。
邪魔なフードを一度外すと、目の前に君がいた。
あぁ、予想外の出来事に声が漏れる。
こうして向かい合ったのは初めてかもしれない。
ほんの数舜、たしかに目を見合わせて、互いに目を逸らす。
気にも留めていなかった雨音が今になってやけにうるさく感じる。
君の考えていることはよく分かるよ。
僕も同じことを考えていたから。
君は俯いたまま、次の一歩を踏み出せないでいる。
それは何故か、歩み縋ることは恥だから、歩み方が分からないから、それもある。
でも結局のところ怖いから。
声にして、行動にして、意思を示して、それが拒否されたら、拒絶されるのがどうしようもなく怖い。
だから僕等はこうして落ちぶれている。
僕と君の想いは一緒なんだ。だから恐れる必要はないはずなのに、それでも僕は動けない。
どれだけ時間が過ぎただろう。
会話もなく無言で向き合っている謎の二人はさぞ不気味に見えるだろう。
何の進展もないままタイムリミットは訪れる。
アオイが来た。
君には目もくれず、僕のもとに忍び寄る。
まるで君から僕を奪うと宣告しているように。
ごめんごめん、と適当な謝罪を済ませて、じゃあいこっか、と僕を攫っていく。
僕はまた導かれた道しか歩めない。
僕は心で囁く悪魔の声に惑わされる。
一歩また一歩、君と言う光から遠のいていく。
君から離れるほど、胸が痛くなる。
淀んで曇った僕の心に一筋の光がさす。
それはまるで天使の囁きのように
「まっ、待って。待ってッ」
君の声が聞こえた。
言葉に詰まって、声が裏返って、息をあげて、必死に縋って
「ボクのッ、ボクと友達に、、、友達に・・・なってください」
嬉しいよ。恥も恐怖も振り払って、勇気を出した君を尊敬するよ。
なのにどうして僕はそれに応えることすらできないんだろう。
たった一言、返事をするだけ。それだけなのに、僕はたまらなく怖い。
分からない。自分の気持ちが分からない。
分からない。どうすればいいのか分からない。
分からない。分からないのが怖い。
ああ、みっともない。
君と同じだと思っていたことが恥ずかしい。
君もそう思うだろ。
怖いのに君の顔を覗いてしまう。
それがせめてもの戒めだと思うから。
どうしてかな、失敗するのが怖いのに、不幸を受け入れてしまうのは
・・・
どうして、君が泣いているんだ。
君は目の端に涙をためて、祈るように僕だけを見つめていた。
違った。僕が間違っていた。
僕が弱くて、君が強いんだと思っていた。
だから仕方ないって、それで諦められたのに。
きっと僕が思っていたより、君も弱いんだ。
僕と・・・同じなんだ。
僕は君の元に駆け出していた。
君の手を取って、君の目を見て
「僕もよ、よろしく」
何一つ加減が分からなかった。
きっと走る必要もないし、手を握る必要もない。
でもそれでいい。それはこれから知ることだ。
「う、うん、こちらこそ」
君の唇が震えていた。
何秒、目を合わせただろう。
知らなかった。君の瞳の奥に小さく僕がいる。
君を見るほど僕が見える。
そんなの恥ずかしくて見てられないな。
二人同時、目線を逸らす。
やっぱり僕等は同じ。
君はちょっと笑って、僕はなんだか安心して。
そして「また明日」
「うん、また明日」
振り向くと遠くでアオイが待っていた。
急いで戻って、自転車に跨る。
そうしたらアオイが口を開いて
「まぁ、取り敢えずそれ脱いだら」
どうやら梅雨が終わったらしい。