無害な水たまり
「奏さん、今回もとてもおもしろかったです!」
私はその感想をみて、承認欲求が満たされたのを感じた。
教室の隅でガッツポーズをしている私は、他の生徒から奇異な目で見られていたかもしれない。
でも、仕方がないだろう。趣味で書いた小説に感想がつくことは稀なのだから。
そして、教室の中央で雑談している陽キャたちに見られているような存在でないこともわかっているのだから。
◇ ◇ ◇
最初に気づいたのは、中央に座っている陽キャだった。
「あれ、なんか水溜まってない〜?」
指を指しているところを見ると、たしかに水たまりのようなものができていた。
「今日、雨降ってるからじゃない?誰かが濡れた靴で入ったんだよ、きっと」
その日は、それでみんな納得した。
次の日は、快晴だった。
それなのに、水たまりはできていた。それも昨日とは違う場所に。
その次の日も、水たまりはできていた。違う場所で、少し大きくなって。
その次の日も、そのまた次の日も。
「ねぇ、靴下ぬれちゃった〜、変えないと」
「やばっ、カバン濡れてる!参考書入ってるのに……」
やがて、水たまりは実害を伴うようになっていった。
けれど、誰一人として危険視している人はいなかった。
◇ ◇ ◇
「……ねぇ、このクラスって、元々何人だったっけ?」
そんな声が教室のどこかから聞こえた。
それは、奏も思っていたことだった。
どう考えても人が少ないのだ。
他クラスの人は教室が狭いと嘆いているのに、奏のクラスはひろびろとしていて、印象からして全く違う。
自分の机の中に、「蓮」という人の教科書が紛れていた。
でも、このクラスにいない。
それどころか学年にもいない。
「陽菜、いるか?」
先生が健康観察でそう言った。
でも、そんな名前の生徒はクラスにはいない。
「誰ですか?」
「お、おぉ。去年のクラスにいたから間違えたよ、すまんすまん」
先生はそう言ったが、声には拭えないひっかかりがあった。
明らかに少ない生徒に囲まれ、水たまりの水面は嬉しそうにたぷん、と揺れた。
◇ ◇ ◇
思い出した。
このクラスには、蓮がいた。それだけでなく、陽菜も悠馬も、他の人も。
でも、ある日を境にいなくなった。
まるで元から存在しなかったかのように。
――つまるところ、あの水たまりに沈んだのだろう。
水たまりはその者たちの無念や恨みをその体に取り込み、物理的な勢力を広げていったのだろう。
いなくなる前日、その人達はそろってどこかおかしかった。
取り乱したり、自暴自棄になったり。
それは、今の私のように全てがわかったからかもしれない。
水たまりは、私の足元へと迫っていた。
お読みいただきありがとうございました。