表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/20

第9話 荒んだ街で

農村地帯を離れ、北へ数日──。

隼人たちが辿り着いたのは、王国北方最大の交易都市ザハル

部族国家との最前線に位置するこの街は、

活気と混沌が入り交じった“闇市の中心”とも呼ばれる場所だった。

石畳は土埃にまみれ、通りには獣臭と香辛料の匂いが入り交じっている。


傭兵、野盗上がりの冒険者、素性の知れない商人、夜の女たちが行き交い、

通りの陰では手に刃物を持った少年が賭博に興じていた。


「……物騒だな。 だが変装した俺たちが紛れるには、ちょうどいいか」


隼人がモスロを引きながら呟く。

通りの喧噪に目を細めるナヤナが、うっすらと笑みを浮かべた。


『確かに……怪しげな者が多すぎて、私たちなど目立ちませんね』


彼らの変装は、農民風の粗末な衣服。

所持品も、シャーリーからの謝礼金を元に一部更新し、

地味な冒険者風に整えていた。

カレンは情報収集のため、先に一人で宿を出ていた。

隼人とナヤナは、街の雑貨店に向かっていた。


「……約束してただろ。ブレスレット、ちゃんと買い直すって」


『ええ。 嬉しいしいです……けれど』


そのとき──。


「おらあ! 遅ぇぞこのクソガキがッ!」


怒声とともに、何かが殴られる鈍い音がした。

振り返ると、街道沿いにある防壁の修復現場で、

ひとりの少年が倒れていた。

少年は痩せ細った体で、大人でも担げぬ石材を肩に乗せていた。

腕や背中、脇腹には、古傷と新たな傷跡。

むき出しの背中に、鞭の痕が赤く走る。


『……っ……!』


ナヤナが苦悶のような顔をして、口元を抑えた。


「ナヤナ?」


『……痛みが……あの子の念が、飛んできています……』


彼女の視線の先、石材の下で呻く少年に、

現場監督と思しき男が棒を振り上げる──。

隼人は、無意識に駆け出していた。


バシッ!


男の腕が振り下ろされる寸前、隼人がその棒をがっちりと掴んで止めた。


「やめろ」


「なんだてめぇ……! 部外者がでしゃばんな!」


「この国じゃ、奴隷は禁止されてるだろう。

 まして、子供にこんな仕打ち……!」


「チッ、なに寝ぼけたこと……こいつぁ戦利品よ。

 部族国家との戦で拾ったんだ。 人間じゃねぇ、家畜だ家畜」


隼人の顔に、怒りが滲む。

ナヤナが傍に寄り、少年の様子を見守っている。


『この子は……人間です。 明確に、心があります』


「……分かった。 金で解決してやるよ。 この少年、いくらだ」


「へっ……そうこなくちゃな。 三枚銀貨──いや、五枚だ。

 最近こいつ、サボるんでね。 損失分ってことでよ」


欲の皮が突っ張ったその目には、明らかに足元を見ている算段があった。

隼人は黙って腰の財布を外すと、地面に叩きつけた。

がしゃ、と音を立てて、革袋の口が開く。

中から金貨数枚、銀貨、銅貨がバラバラと地に転がった。


「……全部持ってけ。 代わりに、この子は連れていく」


男は一瞬目を丸くしたが、すぐにニタリと笑い、

しゃがみ込んで硬貨をかき集め始めた。


「へっ、まあいいだろう。 好きにしな」


その姿を、隼人とナヤナは冷ややかな眼差しで見下ろしていた。

隼人は少年の手枷と首輪に手を伸ばし、力任せに外す。

金属の輪が地に落ちる音が、やけに響いた。


「ナヤナ……悪い。 買い物、台無しにしちまったな」


『いえ。 ……ブレスレットは、いつでも買えますから』


ナヤナは微笑みながらそう言い、少年の肩にそっと手を置いた。


***


その直後、隼人は少年の首輪と腕輪を拾い上げ、

ごみ置き場の箱へと向かった。

錆びかけた金属の枷を、思い切り放り投げる。


「こんなもん、二度と誰にも付けさせねぇ」


少年の目が、怯えから驚きへ、そして安堵へと変わっていく。

ナヤナが優しく微笑むと、少年の口元も微かに緩んだ。


「……ありがとう……お兄ちゃん」


「名は?」


「ビャッコ。 みんながそう呼ぶから」


「そっか。 よし、じゃあビャッコ。 うちの宿で、ちょっと休もうか」


宿に戻ると、カレンが出迎えた。


「おかえ……って、なにしてんの、あんたら?」


隼人が苦笑いを浮かべ、後頭部を掻く。


「いやあ……つい、やっちまった」


『ごめんね。 私も、応援しちゃいました』


傍らで、痩せた少年が戸口の影に身をすくめていた。

びくびくと視線を泳がせ、誰の顔も正面から見ようとしない。

両腕はまだ微かに震えている。


「まったく……で、これ誰?」


「ビャッコ。 ちょっと事情があって、今夜からうちの客人だ」


カレンはため息をつきつつも、すぐに魔法でビャッコの傷を軽回復させてやった。

軽く光が彼の身体を包み、腫れや裂傷がみるみる引いていく。

清潔な布で身体を拭いてやると、少年は何度も首をすくめ、

触れられるたびに怯えていたが、やがて小さな声で呟いた。


「……ありがとう」


その顔には、ほんの少しだけ安堵の色が浮かんでいた。


***


食事の時間。


テーブルには、パンとスープ、簡素な肉料理が並べられていた。

ビャッコは一歩引いた場所から、それを見つめていた。


「どうした、座れよ。 遠慮すんな」


隼人にうながされ、おそるおそる席に着くと、

少年はがつがつとスープをすすり始めた。

パンを口に詰めこみ、スープを飲み、手を止めずに肉をかじる。

その目に、ぽろぽろと涙が浮かんでいた。


「こんな美味いもん……久しぶりだ……」


『慌てなくていいよ、ビャッコ。 しっかり食べて』


ナヤナが微笑みながら言う。


「ほら、これも食っていいぞ」


隼人は自分の皿を差し出した。


「えっ、カイトまで!?」


カレンが目を丸くする。


「すごい食べっぷりだね。 見てて気持ちいいくらい」


ビャッコはしばらく無言で食べ続け、

やがて少し落ち着いた様子でスプーンを置いた。


「……おいら、こんなに腹いっぱいなの初めてだ」


***


簡単な食事の後、三人はビャッコから事情を聞いた。

彼は、国境近くの村に住む部族の出身。

両親は人間だったが、先祖に亜人の血を持つとされていた。

ある日、王国と部族国家の小競り合いが勃発。

村は巻き込まれ、両親を失い、彼は“戦利品”としてこの街に連れられてきた。


「人間と同じに見えるけど、……“亜人の血”ってのは?」


「……よく分かんない。 でも、体が強いのと、

 魔法の力をちょっと感じるって、前に誰かが言ってた」


確かに、少年にしては驚くほど筋肉がついていた。

五年もの重労働が、身体を極限まで鍛えてしまったのだろう。

隼人は、拳を握る。


「……さて、どうしたものか」


ナヤナがビャッコの頭を撫で、微笑んだ。


『……少なくとも、今日の夜は、ここで眠らせてあげましょう。 ね?』


カレンは少し離れたところで、ふう……と長く息を吐いていた。


「……まあ、予想はしてたけどさ……案の定だよね。

 拾った子は、きっとうちの一員になるんでしょ……」


彼女は頭をぽりぽり掻きながら、苦笑を漏らした。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。

星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)


そしてよろしければ、ブックマーク登録もお願いします。

更新時に通知が届くので、続きもすぐ追えます!


今後の展開にもどうぞご期待ください。

感想も大歓迎です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ